第35話 終局
契約の仕事の期限まで後二週間。
継続のオファーが来ないのでクソTを突いてみる。
「後二週間で約束の期限ですが継続しますか?」
クソTはこちらをジロリと睨むだけで何も言わない。
「では引き継ぐ相手を指示してください」
さらに睨むだけで何も言わない。
どうせ何かロクでもないことを考えているのだろう。
プロジェクトで受けた以上は被雇用側では途中で契約を切ることはできないというのが基本理念だ。だが雇用側で切って来るならば話は別だ。
実はほっとした。それなりに金にはなったし、これでクソTの顔を見ないですむならそれがよい。何よりこのままここに居ては胃に大きな穴が開く。
仕事をするための金は貰っているが、クソTの腐った性癖をぶつけられるだけの金は貰っていない。体を壊してまで仕事をする意味はない。
残り一日。初めてクソTから話しかけて来た。
「契約を継続する気はありますか?」
あるわけないだろう。バカが。
その思いは外には見せない。
「いえ。もう次が決まっていますので」
そう答えた。もちろん次なんか決まっていない。
この機種の問題点はファームだけではなく、ハードにもあった。
新機軸として異なる二種類の無線周波数で動作させるという目標を持っていたが、いざ作ってみるとこれが電波干渉を起こして動かないのである。
元々がそういうものだからどこも手を出していなかったのに、何の特殊な技能も持たないこの会社がいきなりやってもうまく行くわけがない。適当に集めた無線屋が問題を解決できる保証などどこにもないのだ。
クソTはそこの所が分かっていなくて、人を雇って進捗だけ報告させていれば何でもできると思っている。
このような新機軸を行う場合にはまずパイロットプランを走らせて、実現のめどが立ってから動かねばならないのだが、それをクソTに言っても無駄である。
彼はいつでも完璧なのだから。妄想と現実がぶつかれば現実を無視することで方をつける。それでさらに問題が拡大すれば『新天地』を求めて旅立ってしまう。
こんな地雷をCEOに雇う会社がこれほどたくさんあるとは実に驚くべき話である。
最後に帰る間際、クソTがクレームをつけてきた。
「この部分が途中のままです」
想定通りだ。
「ではその部分を直すためにもう二週間だけ働きましょう」
もちろんタダ働きだ。
お礼奉公をさせられるとは予想していた。この人はとくにそれがひどい。クレームをつけ続ければ人を延々とタダ働きさせることができると思っている。
渋々さらに二週間を出勤する。
「〇〇くん。ちょっと」クソTが声を掛けてくる。
「これをやってくれ」
おいおい、そりゃ別の仕事だろ?
タダ働きを増やすんじゃねえぞ。そう思いながらも大人しく仕事する。もちろん考え有ってのことである。
ついに最後の日が終わった。もうすぐ退社時間だ。
クソTはまた海外出張である。
変だなと思った。クソTの精神構造ならば、私を辞めさせる原因は以前に私がバカヤロと言ったからだと、私に向けて伝えるはずなのだ。そうでなければ彼の膨らんだエゴが満足するはずがない。彼の精神は幼児と一緒なのだ。
このまま済ませるはずがない。
そう思っていたら、電話がかかってきた。
「今日で最後です。お世話になりました」
一応そう言っておく。大人なのだから礼儀は大事だ。例え相手が馬のクソであってもだ。
「最後にあなたに教えておくことがあります」
ほら、おいでなさった。
「興味ありません。では失礼します」
「まあ聞きなさい。あなたのためになることなんですよ」
いいえ、そんなことはありません。それはあなたのエゴを癒したいだけなんですよね。
「以前にあなたがバカヤ・・」
その場で電話を切った。
はい、終わり。実に分かりやすいバカだね、あんたは。今まで色々な人間を見て来たけど、あなたのように自制が効かないバカは初めてだったよ。
「では、みなさん。長い間ありがとうございました」
礼を述べてから退社した。
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