第34話 高熱
中国から帰って来てすぐに高熱が出た。
咳が止まらない。
それを理由として自宅作業をしていると、いきなりネット会議をすることになった。
恐らくクソTが虐める相手がいなくなって寂しくなったのだろう。
口を開くたびに止めようもなく咳が出る。呼吸が苦しい。熱も40度ある。もっと早く症状が出ていたら中国の病院で足止めだからその点だけは幸運だったと思う。
一度咳が出ると一分間は激しい咳が続く。
それを向こうはマイクで聞いている。他のメンバーはできるだけこちらには話題を振らないようにしているのが分かる中、クソTだけはやたらに質問をしてくる。
その度に答えようとして死にそうな咳が続く。
こいつ、人が苦しんでいるのを知って楽しんでやがる。そう思った。
仕事で仕方なく質問しているのだよという顔をして、聞いても仕方がないことをいつまでも聞き続ける。
まさにサディストのクソ野郎である。本当にこういう人間は世の中に存在するのだ。
今の私ならそのまま通信を切るが、当時はまだ人間を信じる真面目な男だ。
じきに仕事の発注元の会社へとクソTが海外出張へと出て行った。
現金なことに胃の痛みがすっかりと治まった。あの顔を見ることがこれほどのストレスになるとは。
F社時代のクソK課長よりも殺意を覚える相手が現れるとは予想もしなかった。
ところが彼はアメリカからネット会議でこちらを呼び出すようになった。
つまり発注元の連中が工程の遅れと内容の惨めさに激怒しており、クソTを責めているのだ。そして責められたストレスを私を呼び出してネチネチと嫌味を言うことで晴らしている。そういう構図だ。
元よりクソTが書いた無茶苦茶な仕様書を足りない時間でやりくりして修正しているのだ。抜けている部分は多々ある。突く部分には事欠かない。しかも悪いのはクソTだから、こちらは言い訳するための論理が構築できない。元の構成が悪いと唱えても、そんなことは無いでしょうと返って来るだけなのだ。
しつこい。実にしつこい。
ある日どうにも収まらなくて、小さく「バカヤロ」と呟いてしまった。
慌ててマイクを抑えたがもう遅い。
それまで得意げに謎論理を語っていたクソTが急に押し黙った。
エゴが極限にまで膨らんだ人間は自分への侮辱には異常なほど敏感だ。
しまったと思ったが同時にまあいいやとも思った。どのみち最後にはこうなるのだ。相手が我慢できなくなるまでサンドバックを殴り続けるのが間抜けなサディストというものである。
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