第57話 未来

 第一任務部隊にあった五隻の戦艦それに七隻の巡洋艦は、第一艦隊がすべてこれを海底へと叩き込んだ。

 駆逐艦のほうは砲雷撃戦によってその半数を沈め、残る半数は潰走した。


 東へと避退を図っていた残る半数の米駆逐艦だが、こちらは第一航空艦隊と第二航空艦隊それに第三航空艦隊がその始末をつけた。

 九九艦爆それに九七艦攻の稼働機は危険なまでにその数が減っていたものの、しかしその穴は零戦が補った。

 この戦いに投入された新型零戦は二五番であれば一発、六番であれば最大で六発を搭載できた。

 主力艦相手には威力不足が指摘される二五番や六番でも、装甲皆無の駆逐艦に対しては十分に有効打となった。


 米軍の洋上戦力が一掃された後、第一艦隊はオアフ島に対して艦砲射撃を実施した。

 オアフ島の航空基地それに砲台群は艦上機隊によってすでに使用不能にしていたから、第一艦隊の行く手を阻むものは何もなかった。


 艦砲射撃の効果は甚大だった。

 特に真珠湾の周囲を囲むように設置されていた燃料タンクへのそれが顕著だった。

 可燃物の燃料タンクを、しかも陸上にこれみよがしに据え付けているものだから、これをダミーではないかと見る向きもあった。

 しかし、実際にはそのようなことは無く、紛れもない本物だった。

 そして、本物であったがゆえに、真珠湾は炎の海と化した。


 「終わったな」


 オアフ島全体が燃えているのではないかと錯覚させるほどの猛煙。

 その壮絶な光景を見やりながら、山本長官は小さくつぶやく。


 この作戦の目的は太平洋艦隊の殲滅とそれにオアフ島にある軍事基地の撃滅だった。

 太平洋にある最大の艦隊戦力それに基地戦力を同時に葬ることで、日本への恐怖心を米国民の間に惹起させる。

 ただ、これは表向きの理由だった。

 本当の目的は、日本それにドイツに対して頑なな態度を崩さないルーズベルトを大統領の座から引きずり降ろすことだった。

 ルーズベルトが大統領の椅子に座っている限り、日本と米国の講和はあり得ない。

 だからこそ彼を失脚させる。


 これまで、ルーズベルトはマーシャル沖海戦それに珊瑚海海戦の二度にわたる大敗の責任を問われていた。

 これ以外にも、フィリピンやグアムといった米国にとっての要地を守ることにもまた失敗している。

 開戦以降の相次ぐ失策によってルーズベルトの支持率は危険水準と言われるそれを遥かに下回っていた。

 そして、今回の惨敗だ。

 間違いなく彼の政治生命はその終焉を迎えることになるだろう。

 あとは、ルーズベルトを失脚させるようにもちかけてきた英国それにソ連の手腕に期待するだけだ。

 貴方任せもいいところだが、しかし日本政府の政治や外交に期待ができない以上、他に選択肢は無かった。


 (他力本願で始まり、そして他力本願で終わるのか)


 大勝利の後なのにもかかわらず、苦々しい思いが山本長官の心中に渦巻いている。

 日本が米国と戦争を始めたとき、その終結のための具体的なプランは誰一人として持ち合わせていなかった。

 ただ、日本が米国を相手に粘っている間にドイツが欧州を平定するはずだから、そうなれば米国もまた戦争から手を引かざるを得なくなるといった話があった程度だ。

 何の根拠もない、ただの願望が国家の戦争方針それに戦争終結プランの拠り所となっていた。

 このような現実に、山本長官としてはただただ呆れるしかない。

 そして、日本が米国との戦争から降りることが出来るか否かは英国とソ連の働き次第だ。

 こちらもまた、山本長官としては忸怩たる思いがあった。

 ただ、一方でこれまでの戦いについては、山本長官としては満足とまでは言えないまでもそれなりに納得はしていた。


 (やはり大きかったのは海軍甲事件だな)


 帝国海軍を揺るがせた誤情報事件は、その後の戦備にも大きな影響を与えた。

 マル三計画において六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかし七八〇〇〇トンというさらなる巨艦としてその産声を上げた。

 一方で、造修施設や予算の兼ね合いから、二隻の整備が予定されていた「大和」型戦艦については、これが「大和」一隻となってしまった。

 逆に、同計画で二隻の建造が予定されていた「翔鶴」型空母については、こちらは三隻に増えている。

 もし、「翔鶴」型空母が当初計画の二隻であったならば、マーシャル沖海戦で圧勝することは難しかっただろう。

 また、「大和」が七八〇〇〇トンではなく六四〇〇〇トンで建造されていれば、あるいは米新型戦艦の猛撃に耐えられず、場合によっては不覚を取っていたかもしれない。


 それと、海軍甲事件によって情報重視の機運が高まったことで、通信や索敵といったそれまで傍流だったはずの部門あるいは技術が脚光を浴びた。

 もし、同事件が無かったならば、情報軽視の文化がはびこっていた帝国海軍はそれこそ電探無しで戦争に臨んでいたかもしれない。


 (あるいは帝国海軍は、もっと言えば日本は海軍甲事件によって救われたのかもしれん)


 帝国海軍最大の汚点とも言うべき誤謬が、しかも国家を救うことなどあり得ない。

 突然のように湧いた想念に、山本長官は胸中で苦笑した。



 (終)



 いささかばかり出オチ感の強い作品でしたが、それでも最後までお読みいただきありがとうございました。

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超克の艦隊 蒼 飛雲 @souhiun

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