第56話 突撃の司令官
軽巡「神通」と「那珂」それに一六隻の「陽炎」型駆逐艦は二〇隻の米駆逐艦と睨み合っていた。
日米両指揮官ともに命令に忠実だった。
戦果を挙げることよりも、まずは敵駆逐艦を友軍戦艦に近づけさせないことを優先させていたのだ。
それでも、まったく動きが無かったわけでもない。
日本側はマーシャル沖海戦や珊瑚海海戦の時と同じように、先制の飽和魚雷攻撃を実施していた。
遠距離から放つ魚雷は命中率こそ低かったものの、それでも両海戦ではそれなりに戦果も挙がっていた。
二隻の軽巡とそれに一六隻の駆逐艦から発射された一三六本の魚雷は、だがしかし米駆逐艦を捉えることはなかった。
これまでの戦訓から米軍は、日本の艦艇が常識外れの長距離魚雷を装備していることを承知していたからだ。
米駆逐艦は適切なタイミングで艦を魚雷に正対させ、そして一触即爆の危機をやり過ごすことに成功したのだ。
このまま膠着状態が続くかと思われた軽快艦艇同士の戦いだが、そこに闖入者が現れる。
第四戦隊の「愛宕」と「高雄」だった。
砲雷撃戦で四隻の米重巡を仕留めた角田司令官は、まだ暴れ足りないとばかりに駆逐艦同士の戦いに首を突っ込んできたのだ。
それは一八対二〇の子どもの戦いに、二人の大人が殴り込んできたようなものだった。
零式水偵の爆撃で脚を衰えさせた三隻の米重巡については、第五戦隊とそれに第七戦隊にその始末を任せてきた。
六隻にものぼる味方の重巡が、深手を負った三隻の米重巡に後れを取ることはまずあり得ない。
心配は無用だった。
角田司令官は目を付けた米駆逐艦に猛速で接近、二〇センチ砲弾を叩き込んでいく。
戦艦や重巡といった大砲を主兵器とする大型艦は、本来であれば敵駆逐艦から距離を置いて戦おうとする。
魚雷を装備する駆逐艦に内懐に飛び込まれては、さすがの戦艦や重巡も破滅を覚悟しなければならないからだ。
だから、戦艦や重巡は砲撃力の有利を生かし、その大口径砲をもって敵駆逐艦をアウトレンジする。
だが、そのような常識は角田司令官には通用しなかった。
何せ、第四航空戦隊司令官時代には空母「龍驤」を敵監視艇に突撃させ、自身が搭載する高角砲でこれを沈めてしまった実績さえ持ち合わせているのだ。
空母で砲撃戦をやることを考えれば、重巡で駆逐艦に肉薄するのは彼にとっては常識の範疇でもあった。
だが、その一方で角田司令官は慎重だった。
多数の駆逐艦を相手取るということは、つまりは小口径砲弾の驟雨にさらされることを意味する。
だから、彼は被弾時における被害極限対策として魚雷の使用を命じていた。
艦上にある魚雷が誘爆すれば、それこそ目も当てられないからだ。
角田司令官の命令のもと、「愛宕」と「高雄」は残されていた魚雷のそのことごとくを砲撃前に米駆逐艦に向けて発射していた。
その数は両艦合わせて三二本にもおよんだ。
駆逐戦隊にとって、これは奇襲となった。
もちろん、米側は日本の重巡が魚雷を装備していることを事前につかんではいた。
それでも、重巡が二〇センチ砲を振りかざして急速に迫ってくれば、そのような知識などどこかに吹き飛んでしまう。
重巡の砲撃に注意を引かれている米駆逐艦、酸素魚雷がその足元を掬う。
命中したのはわずかに一本だけだった。
それでも、酸素魚雷の威力は絶大で、被雷した駆逐艦は船体を真っ二つに折って轟沈した。
互角の戦力で、しかも互いにかすり傷程度で済んでいた戦場だったのが、しかし「愛宕」と「高雄」によってその均衡が崩れた。
そのことで駆逐戦隊に混乱が生じる。
マーシャル沖海戦以降、実戦経験を積み上げてきた水雷戦隊はその隙を見逃さない。
「愛宕」それに「高雄」に遅れるなとばかりに突撃を開始する。
流れは一気に日本側へと傾いた。
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