第52話 お嬢様は証が欲しい
お盆明けは各所で大騒ぎだった。特に楠グループ内ではパワハラの告発が相次ぎ、経営陣の責任が追及された。その結果、会長をはじめとした役員やパワハラに関わった者たちは、重さに違いはあれどことごとく処分された。
楠側は補償と改善を約束して立て直そうとしてはいるが、退職者も続出し楠グループは深刻なダメージを受けて世間をざわつかせている。
会長であった勝一郎氏から直接電話があって謝罪されたが俺に謝られても困る。美雨に口出ししないこと、サラたち護衛や使用人に対して謝罪と補償と退職金を払うようにお勧めしておいた。
あんなに高圧的な態度だったのに、窮地に追い込まれた途端こんなに変わるのだから情けない。
「おーっす、玲央。まったく......お前の大胆な行動には驚かされるぜ」
「美雨、婚約おめでと~!」
「ありがとう麗香!」
涼たちにもメッセージで報告は入れておいたのだが、直接祝わせろということで押しかけて来た。
「そんな熱々なおふたりにはプレゼントをあげちゃいまーす!」
「......嫌な予感しかしないんだが?」
「にゅふふ~。じゃーん!婚姻届でーす!」
「......お前、そんなもんどっからくすねてきたんだよ」
「失礼ね~。今どきネットで簡単に印刷出来るのよ」
「そういうこった。ちなみに証人には俺たちの名前書いておいたぜ」
たしかに涼と麗香の名前が書いてあるが、これが婚姻届ってやつか......初めて見たぜ。
「すごいわ!これを出すと結婚出来るのね!」
「ま、証人は成年じゃないと駄目だし受理はされないけどな」
なるほど。俺も18になってないしまだ結婚は出来ない。だから婚約なんだけどな。
「いいじゃない。書くだけ書いて飾っておきなさいよ。美雨だってあったほうが嬉しいでしょ?」
「もちろんよ!玲央!早速書きましょ!」
おいこら、なにちゃっかり額縁まで持ってきてんだよ。ちくしょう......やりかえしたいが、同じことをしても喜ばれるだけだ。覚えてろよ......。
美雨は嬉々として自分の名前を記入していく。相変わらずの達筆だな。美雨って緊張とかしないのかな。
こいつぁやべぇな、手が震えてやがるぜ。実際に提出するわけじゃないけど緊張するなって方が無理だ。美雨にプロポーズした時より緊張するぜ。あの時は勢いというのもあったしな。
「玲央、失敗してもまた印刷して書き直せばいいんだから気楽に書けよ」
「そう簡単に言うなよな。せめて事前に言ってくれれば練習しておいたのに......」
自分の名前——というか字など読めればいいと思っているから、汚くはないが綺麗とも言えない。しかし直筆じゃなけりゃ意味ないし、諦めるしかないか。
ええい、せめて震えよ止まれ。よ、よし......書くぞ。
「——ふぅ、名前を書くだけなのに人生で1番緊張したぜ......」
「わぁ......これで結婚出来るのね!私、お嫁さんになるのね!」
「気が早いっての。これは飾る用だろ。本物は卒業まで待てよ」
「むぅ......仕方ないわね。じゃぁ、どこに飾りましょうか。やっぱり玄関かしら?」
「いや普通に部屋でいいだろ」
さすがに玄関は勘弁願いたい。外出時にも帰宅時にも目にすることになるし、誰かが来た時にも見られてしまう。わざわざ見せびらかすものでもない。大事に飾っておくべきだ。
「玲央、ちなみに指輪は無いの?」
「指輪?」
「婚約指輪よ。結婚はまだでも婚約の証として美雨にあげたら?美雨だって欲しいわよね?」
「欲しいわ!玲央との指輪!」
麗香め、また余計なことを......。美雨の目が輝いちまってるじゃねえか。こうなったら止めることは難しいんだぞ。しかし指輪ねぇ。
「玲央、男を見せる時だぞ。アルバイトしてるなら多少は金あるんだろ?」
「涼まで......。あるっていっても何十万もあるわけじゃねえよ」
「別に無理して高いの買わなくたっていいだろ。学生なんだし、俺たちみたいにペアリングでもいいんじゃないか?」
涼と麗香が右手の薬指につけたお揃いの指輪を見せつけてきて、美雨の瞳の輝きがさらに増してしまった。
「分かった分かった。じゃ、明日にでも見に行くか......」
「やった!ありがとう玲央!大好きよ!」
「あ、だから人前で抱き着くなって......」
まったく、くっつくならせめて2人が帰った後にしてくれよな。まぁ、俺ももう少し婚約者らしいことをしないとな。このくらいで動揺せずに堂々と受け入れる男になろう。
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お読みいただきありがとうございます!
これにて第1部・お嬢様編が完結となります。次回からはお嬢様を卒業した婚約者編です。
もっと楽しんでいただけるような作品にいたしますので、しばしお待ちいただけますと幸いです。
2024.7.28 もやしのひげ根
完璧と噂のお嬢様、プライベートは常識知らずのポンコツです。 もやしのひげ根 @j407m13
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