ーGirl's Sideー

 人生は選択の連続だ。

 そして、答えが決まっていなくても否応なく選ぶ事を求められる。


 中3の私は悩みに悩んでいた。

 先生にも、親にも、友人にも彼氏にも相談した。

 なんならAIにも訊いたし、MBTIっていうの? あの心理テストみたいなやつを使って向いている職業から進路を考えたりもした。


—— 聖アリエラ女子高等学校かぁ。


 私の成績だと入れてしまう。

 普通科の進学校。

 うちの地域じゃ一番偏差値の高い学校で、昔からア女生は一目置かれる存在だ。

 そして、何故か周りのみんな私はそこに入るものだと思い込んでいる。


 でも当の私はしっくりきていない。


 小さい頃から好きなアニメの影響で、宇宙・ロボットと聞くとテンションが上がる私は機械工学系の進路に進みたい。

 宇宙工学システム、宇宙ロボティクスについて勉強出来たら最高! なんて夢見てしまう。

 となると、進学校の理系クラスっていうのが無難な進路なのだけれど、ア女も別の進学校もどうにもワクワクしない。


「だんだん決めなきゃいけないのに、どうしよう……」


 ある日、コンバインの整備をするじいちゃんを手伝いながらボヤいた。


「理由なんて何でも良い。ただし他人の意見ではなく『栞がこうだ』と思うものを見つけて選びなさい」


 私のため息まじりの愚痴に、じいちゃんは淡々と作業をしながら答えた。


 「私がこうだ」と思うものかぁ。残された時間で見つけられるかなぁ。



▽▽▽ ▽▽▽ ▽▽▽



 私には小学生の時から付き合っている彼氏がいる。

 空手のスポ少で出会った彼は2歳年上。 

 すごっく強くて、少し不器用だけれど優しい男の子。

 空手の話もアニメの話も一緒にしていて楽しくて、大好きになって。

 それはやがて淡い想いになり、初恋に進化して……私は彼が中学生になった時に一大決心をして告白した。


 彼は、その時驚いて、少し考えた様子で、でも最後は笑顔で私の手を取ってくれた。


 今思い返しても、当時の私グッジョブ! と褒めてあげたい。

 彼は強さも優しさもちょっと不器用な所もいい意味でそのままで。どんどん格好良くなっていくんだもの。

 私は、何度も恋に落とされてますます好きになった。


 彼は私より2年先に高校生になっている。

 そして、ソフトウェア開発を担う情報工学に興味があるみたいで工業高校の電気情報システム科に進んでいた。


 だから、私は工業高校の学園祭を見に行くことになった。


 工業の学祭は専門技術を駆使した展示が多い。

 建築科の3D−CADの図面や模型の展示、工業化学科の化学実験、機械科のソーラーロボット操作体験! どれも楽しくて胸が躍った。

 彼のいる電気情報システム科2年のクラスの展示は「手作りプラネタリウム」。

 電気系と情報系の生徒が知恵を出し合った大作で、高校の教室に学園祭とは思えないクオリティの星空が広がっていて私は大興奮だった。


 けれど、更なる興奮はその後にやってきた。


「お、栞、どうだった?」


「怜央!」


 彼の声に振り向いて、胸がズキュンとなった。

 私服でもない、道着でもない、制服でもない、ネイビーの作業服姿の彼は超カッコ良かった。

 きちんと感のある職人っぽさと、ほんのりとした野生味が高バランス。

 ひと捲りした袖からのぞく前腕の筋肉がまた良い。


 また一つ、恋に落ちた気がする。

 怜央のこの姿が時々見れるんだと、いっそのこと工業に来ちゃおうかな。

 

 なんて、一瞬「冗談」でそう思った。

 でも、よくよく考えてみると意外と悪くないんじゃないかと思えてきた。

 

 工業高校は就職に強いが、彼が目指すように進学の道だってある。

 むしろ工業系の学校には強い。

 資格も色々取れるし、実習も楽しそう。

 空手部は強いし、そこには怜央がいる。

 一緒に帰れる日も多いんじゃないかな。

 ふふ、何だかとてもワクワクしてきた。



▽▽▽ ▽▽▽ ▽▽▽



 それから半年後。


 私は、県立妻川工業高等学校の機械科に入学した。

 今日も黒黒黒……の昭和感漂う学ランの群れに交じって、シンプルな校門を通り抜け、グレーの無骨な校舎に吸い込まれる。


 今年の機械科80名のうち女子は私一人……これは流石に想定外だった。

 例年は3人ずつくらいいるんだよ機械科女子……まあ、いいや。今更言っても仕方ない。

 普段から女子トークできる相手がいないのは寂しいけれど、長年空手をやってきているから、ゴツい男子に囲まれてもそんなに苦ではないのは幸いだと思うことにしよう。

 

 しかし女子一人ということで、クラスメイトにとても気を使わせてしまっているのが申し訳ない。少しずつ、もっと雑な扱いで構わないと分かってもらわないと……。

 それに、気のせいでなければ、何というか……下心的なものも感じるのもちょっと居心地が悪い。


 ここは一刻も早く、3年生に彼氏がいることを知ってもらわなくちゃならないんだけど、ここで大きな問題がある。


 実は怜央に、妻工に入学したことを伝えていないのだ。

 ア女の制服姿をとても楽しみにしていたみたいだったから、言いづらくて、つい言いそびれてしまった。

 入学式でバレるかな? と思っていたのに、気づかれなかった。


 空手部の入部見学の前には、いや、今夜にでも伝えなくちゃ。


 

 なんで思っていたのに。

 その瞬間はいきなり訪れた。

 初めての実習を終えてクラスメイトと渡り廊下を通っている時。


「栞!」


 大きな声で怜央がこっちに駆けてくる。

 彼も実習だったみたいで、あの濃紺の実習着姿だ。

 やっぱりカッコいい……なんて見惚れている場合じゃない。

 あの顔はマズイ。

 

「う、あぁ……。これは……サプライズ〜! …………って怒ってる?」


 おどけて言ってみたが、通用していないようだ。

 身長178センチ、長年空手で鍛えた筋肉を纏った彼が怒りを顕に睨みつける様は、リアル鬼な迫力だ。

 彼は私に向かって手を差し出した。場所を変えて話し合おうということだろう。

 そうだよね、ここであーだこーだ言うのはみんなに迷惑になる。

 私は怜央の手を取ろうとしたが、クラスメイトの一人が彼の手を払い除けた。


「せ、先輩、急に何ですか、海辺さんが怖がっています」


 えっ。なんて事するの⁈

 私は慌てて彼の元に行こうとしたのだけれど、なぜか他のクラスメイト達もワラワラと私の前に出てきて行手を阻んだ。


「栞、一体これはどういう事何なんだ!」


 怜央がさらに声を荒げる。まずい、早く説明しないと。


「先輩こそ何のつもりですか、いきなり大声出して。先生呼びますよ」


 クラスメイトは何と、怜央に喧嘩を売りかけている。

 待って、あなた達が巻き込まれる筋合いの話じゃないの。

 しかも、なんか怜央が悪者みたいな流れに……。


「なんで……」


 苦しそうな声、寂しそうな瞳。

 ああ、やっぱりもっと早く伝えるべきだった。


「どうしても工業に来たくて」


「……なんで、ここなんだ……栞ならもっと」


「ここが良いと思ったの。理由は色々あるけど……1年間でも怜央と一緒に通いたかったし。黙ってて本当にごめんね」


「はぁ」


 彼は額を抑えている。


「えーっと、つまり一体二人はどういう関係な訳?」


 怜央を追いかけてきた三年生が首を傾げている。


「それは……」


 改めて聞かれた怜央が、一瞬照れた様子を見せたので、私は思わずが彼の袖を引いた。

 咄嗟のことで、よろけた彼を受け止めた私は


「こういう関係です」


 と宣言して


—— 彼の唇に恋人のキスをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

工業高校のお姫様 碧月 葉 @momobeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説