工業高校のお姫様
碧月 葉
ーBoy's Sideー
「天使、いや、女神降臨って感じだった」
「見た見た、無茶苦茶可愛いよな」
「泥中の蓮、掃き溜めに鶴……」
「機械科に奇跡が!」
4月11日の昼休み。
電気情報システム科3年の教室はざわついていた。
なんでも1年に可愛い女子が入ったらしい。
それも、いつもなら女子っ気ゼロの機械科だという。
しかし、工業高校男子のいう「可愛い」の基準は、一般のものと比べると、ちょっと……いや、大分甘いのだ。
圧倒的に女子成分が不足しており「女の子がみんな可愛く見える」という魔法にかかっている奴が多い。
だから俺は全く期待していなかった。
「騒ぎすぎだろ、下らね」
「いや、
隣の席の
「大袈裟すぎ」
「ちげーって。あ、お前らも見たよな。コイツに教えてやってくれよ」
工業マジックにかかっているであろう雄司は、その勢いで近くにいた女子グループにもその話を振った。
馬鹿が、呆れられるのがオチ。と思ったら……。
「え、噂の機械科の子? ほんと可愛いかったよ。アイドルしててもおかしくないレベルでさ」
「うんうん。色白のマシュマロ肌に、クリンとした瞳。髪もサラサラで。綺麗な子だよね」
「小柄な所がまたいいバランスで、なんかもう、むぎゅーってしたくなる」
彼女たちもキャッキャと盛り上がった。
嘘だろ。
2年以上工業生をやっていると、女子の目もおかしくなってしまうのか。
まあ俺も彼女がいなかったら、こいつらと同じ目になっていたかも知れない。
俺には付き合って5年の彼女がいる。
小学生の時にスポ少で出会って、弟みたいに構っていたら懐かれて、告白され、付き合って今に至る。
2つ年下彼女は当時まだ小学生。
中1だった俺は正直、恋とか好きとか分からずに、いい奴だし断るのも悪い気がして、子どもの遊びに付き合うくらいのつもりで恋人になった。
最初は「恋人ごっこ」のようだった俺たちだったが、次第に、年相応に、彼氏、彼女らしくなり、今ではいい感じの恋人同士になっている。
そして、俺の彼女は可愛い。どんなアイドルよりも女優よりも。
大昔はヤンチャな少年みたいだったのに最近色んな所が急成長して……時々俺がハッとするくらい綺麗になった。
俺こそ恋は盲目? って感じで、何より強い魔法にかかっているのかもしれない。
けれど、そんな訳だから他の女の子に興味なんて全然なくて、機械科の「姫」はどこまで他人事だった。
この時までは。
▽▽▽ ▽▽▽ ▽▽▽
6時間目が終って電気実習室から教室に移動中のこと、昨夜のサッカー日本代表戦について熱く語っていた雄司が止まった。
そして俺の背中をバシバシと叩いた後、遠くを指差した。
「ほら、アレだよ! あの娘だよ。遠くから見てもかわっいー。機械科実習着でも霞まない美貌」
ザ、作業着って感じの青味がかった鼠色の実習着の集団が隣の校舎の渡り廊下を通っていく。
その中に小柄なポニーテールが一人。
……ん?
似てる……?
まさか。
心臓がドクンと跳ねた。
いや違うはずだ、彼女は私立の女子高の特進に合格したって喜んでいた。
こんな所にいる訳がない。
しかし、あの姿勢、あの歩き方は間違いなく……。
「嘘だ……」
呻くような声が漏れた。
「な、ほら見ろ。めちゃ可愛いだろ。いいなぁ機械科。あの子部活は何に入るんだろう。サッカー部のマネージャーに来ねーかな」
「…………ないな。空手部だろう……」
「おい〜、空手部長、願望を垂れ流さないの。それこそ無いっしょ」
ある。
彼女がここに居る理由はそれか?
例の女子高の空手部は弱小で、確かにそこは残念がっていたが、でも聞いていない。
真相を確かめるべく俺は隣の校舎目掛けて走り出した。
なんで?
どうして栞が工業にいるんだ。
聖アリエラ女子高の制服姿、楽しみにしていたのに!
いや、ソコじゃない。
よりによって何で機械科なんだ⁈
せめてうちの科や建築科だったなら女子が数名いるのに!
野獣みたいなやつらの中にひとり……奴らの下卑た妄想の犠牲になるような真似を……。
いや、ソコでもないか。
とにかく工業に来るなんて、俺は聞いていないぞ!
俺は全速力で彼女の元に走った。
「栞!」
「う、あぁ……。これは……サプライズ〜! …………って怒ってる?」
怒っているさ。
何で言ってくれなかったんだ。
彼女の手を掴んで連れ出そうとすると、周りの奴が俺の手を払った。
俺はソイツを睨みつけた。
「せ、先輩、急に何ですか、海辺さんが怖がっています」
親衛隊のつもりか。
数人が栞を背に庇う。
どいつもこいつも、変な目で栞のことを見やがって。
「栞、一体これはどういう事何なんだ!」
「先輩こそ何のつもりですか、いきなり大声出して。先生呼びますよ」
正義ぶって何なんだコイツは。
これまでの俺たちの関係も、今の俺の混乱も知らないくせに。
「なんで……」
「どうしても工業に来たくて」
「……なんで、ここなんだ……栞ならもっと」
「ここが良いと思ったの。理由は色々あるけど……1年間でも怜央と一緒に通いたかったし。黙ってって本当にごめんね」
その答えは狡いだろう。
「はぁ」
俺は額を抑えた。
「えーっと、つまり一体二人はどういう関係な訳?」
俺を追ってきた雄司が、ポカンとしている1年が聞きたいであろう事を訊いてきた。
「それは……」
ここはハッキリ言って、余計な虫が付かないようにしないと。
と思った時……
「こういう関係です」
栞が急にグイと俺の袖を引いた。
俺は不意打ちをくらってよろけ、彼女に抱き止められ……そのまま
—— 唇を奪われた。
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