隣の席の高辻さん①
わたしには推している人がいる。
それは初めての出会いの日。転びそうになったわたしの手を優しく引き上げ笑顔をくれた。
隣の席になってからは、授業中わからないことがあるとこっそり何度も助けてくれた。
ちらりと気づかれないように視線を送れば、艶のある黒髪がふわりと風になびいている。
頬杖をつき、物憂げに真っ直ぐ前を見据える
こういうのって小説の中なら運命的な出会いってやつで、もしもわたしが主人公だったらなにかしらの物語が始まっていたはずなんだ。
そう、例えば――。
「おーい
唐突にわたしの名前を呼ぶ声が聞こえ、ふっと妄想の世界が立ち消えるといつもの教室が広がっていく。
わたしと言えばいつもこう。外見は普通だし、勉強をやっても運動をやっても平均以下という目立ったところのない、いわゆる冴えないモブ生徒だ。
「なんだ
わたしは溜め息をついたあと、覗きこんできていた顔にひときわ低い声を掛ける。
玲奈とはクラスで初めて親しくなった。この子はさばさばとしたボーイッシュなタイプでだいたいは一緒に過ごしている。
「なんだとはなに? ほらほら、お昼の時間だっての!」
玲奈ははじめ心底不機嫌そうにしたあと、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「ここやっぱり誰もいないね」
「んなのいなくていいんだって。それにあんまりうるさいと昼寝もできないしさ?」
なんてあけすけに笑う玲奈を視界に入れながらお弁当箱を開ける。
この中庭のベンチがいつもの昼食スペースになっていて、人気の少ない落ち着いた穴場だ。
でも。ここからわたし達の教室が見えて、おまけに高辻さんが外の風景を眺めているのをわたしは知っている。
あの物憂げな瞳には一体なにが映っているんだろう。そればかりを考えながら、今日もお昼休みは過ぎていった。
「――はい、今日はこれまで。大事なところだからしっかり復習をしておくように」
授業終わりのチャイムが鳴ると教師は出ていく。
これで今日の予定はすべておしまい。
そうだ、帰りの本屋で新刊を買っていこう。
なんてうきうき気分のまま、机の中身のテキストを鞄にしまおうとした。
――バサッ
ついつい落としてしまった一冊の本。
それは誰にも見られてはいけない代物のはずなのに、なぜか鞄の中に紛れ込んでしまっていた。
すぐに拾わないとまずい!
わたしは咄嗟に屈んで手を伸ばした。
「
視界の外から聞こえた声と伸びた手に心臓は大きく跳ねあがる。
恐る恐る顔を向けるともちろん高辻さんの姿があった。
おまけに最悪なことに彼女はしっかりと本の表紙を見てしまっている。
「あ、あ……。それ兄! なぜか紛れこんでえっ!」
「そうなんだ。おにいさん、とってもいい趣味してるね?」
驚いた。こんなにもにっこりと笑う高辻さんは初めて見た。
って、そんなこと言ってる場合じゃない。
いもしない兄弟のせいにしてやりすごしそのまま本を受け取る。
『百合アンソロジー クラスメイトの子を好きになってしまった』
これがわたしのものなんて知られたらどんな噂が立つだろう。
うん、それを考えればできうる限りのリスク回避はできたはず。
「じゃ、じゃあ急ぐからっ!」
「ねえ――」
わたしは返事を待たずに教室を飛び出し学校をあとにした。
電車に飛び乗った今でも呼吸が収まらない。そのくらいの全力疾走をしたのは久しぶりだ。
ふらふらと空いている席に座り、気を取り直してスマートフォンのロック画面を解除する。
すると表示される大好きな百合アニメの壁紙に思わず頬が緩んでしまう。
何度迎えてもこの瞬間にたまらなく心癒されるのだ。
「すごく嬉しそう……。やっぱりそういうの好きなんじゃないの?」
「え?」
ぎぎぎと壊れたロボットのように首を向けると、隣の席にはやっぱり高辻さんがいた。
続く。
百合箱 ななみん。 @nanamin3
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