わたしのきもち
奈那美
第1話
図書室のドアを開けて中にはいる。
司書さん──永田さんがカウンターにいるだけで、室内には誰もいない。
でも、なんて聞いたらいいんだろう?
「あ、あの、永田さん。ちょっと聞いてもいいですか?本のこと、なんですけど。あのレファレストとかいわれてたやつ……」
「あら、さっそく私を使ってくれるの?」
永田さんはにっこり笑って、そう言った。
「どういう本を探しているの?」
「えっと、私がさっき返した本があるじゃないですか。ああいった感じのことが書いてある本って、他にありますか?」
「そうねえ……。えっと、あなたはお名前は?」
「あ、安藤といいます」
「安藤さんは、LGBTQのことを理解したいの?それともLGBTQに関連することが知りたいの?……たとえばさっきの本のように当事者の話とか」
あ……どっちなんだろう?
「あの、自分でもどっちが知りたいのかよくわかってなくて。でも、LGBTQがどういうものかは、ぼんやりとだけどあの本でわかったような気がします。だからどっちかといえば当事者の話が知りたいのかも」
「性的マイノリティの人たちの恋愛感が知りたい?」
……それも、なんだか違う。
私は、なにを知りたいんだろう?
改めて考えてしまう。
私の性別は戸籍上は女性だし、自分でもそうだと理解も認識もしている。
でも、今の私は同性である有紀が好きで。
そういう気持ちって、アリなんだろうか。
世の中にはいろんな性の人がいて、それぞれに合った性の人を好きになるんだということは知った。
だけど、やっぱり大多数の人は異性を好きになっていて。
私のように異性を好きになっていないことってヘンなことなのだろうか。
そんなことが頭の中をぐるぐる巡ってしまって、私は永田さんに答えを返せずにいた。
そんな私を見かねたのか、永田さんが違う問いを口にしてくれた。
「じゃあ、質問を変えるね。安藤さんが借りたあの本、どうして借りようという気になったの?」
「それ……は」
私の想いを打ち明けたら、この人はどういう反応をするんだろう?
「あ、興味本位というわけではないから、安心してね」
永田さんが言ってくれる。
質問に質問で返すようだけど……。
「あの、変なことを聞くようですけど。永田さんは、あの本の著者さんに対してどういう感情を持たれましたか?」
「著者さんに対して?」
「はい。女性で、だけど彼女がいますってカミングアウトしていることについて」
「それはそれで、いいんじゃないの?」
「著者さんは女性ですよね。そして彼女がいるって言っていることについて、変だなとか……そういうことは思われないんですか?」
「どうして、『変』なんていう言葉が出てくるのかな?」
「実はあの本、クラスの子がタイトルだけ見て面白半分で借りてて。『女性なのに彼女とかキモい』みたいに茶化してたんです。それってひどくない?って思ったから、私は『恋愛はふたりのものだよ』って言ったんです。そうしたら彼女たち、私のことKYって言って図書室に返しに行って。中味見せてもらう前だったから、内容が知りたくなって借りてみたんだけど、同性の恋人がいることに対して、私以外の人はどう考えているんだろうと思って」
「そうね。世間の多くの人はあなたのクラスメイトのような考えでしょうね。でも私は安藤さんの意見に賛同するわね」
永田さんが言ってくれた言葉に、私はほっと安心した。
「安藤さんは、だれか好きな人がいたりするのかな?」
「え?」
もしかして永田さんも、気づいてる?……遠藤君みたいに。
私が驚いた顔をしていたのだろう。
永田さんはにっこり笑って言った。
「ああ、安藤さんの恋愛を詮索するわけじゃないわ。ただ、誰かの恋愛話が気になる時って、自分も恋愛しているときが多いからね」
そういうもの、なんだろうか。
「……好きな人というか、気になる人はいます。だけど、この気持ちが恋愛かどうか、なんかよくわからなくて」
有紀のことは、好き。
でも、あの本を読んでみて自分の感情がどういったものかが、わからなくなっていたのも事実だ。
「そっか……う~ん。ごめん、即答できないなんてレファレンス失格だけど。明日でいいなら、何かないか探しておくわね。もう閉館時間だし」
「あ、明日で全然大丈夫です。お願いします」
私はカバンを教室に置いてきたことを思い出して、取りに戻るために図書室のドアを開けた。
「あ!」
ドアを開けたところに、遠藤君が所在なさげに立っていた。
そういえば永田さんに本のこと聞かなきゃって、遠藤君を踊り場に放置してきちゃってたんだっけ。
悪い事、しちゃったかな……あれ?でもなんで図書室に?
「さっきは、ごめんね。でも、どうしてまた図書室に?」
「さっき、あわてて出てきたから、本もカバンも置いたままだったんだ。だから取りに来たんだけど……安藤さんと永田さんが何か話しているようだったから、邪魔しちゃ悪いかなって」
……ダブルで悪い事しちゃったかな。
「ごめんね、気にせず入ってきてくれてよかったのに。はい、どうぞ」
私はドアを出て遠藤君に道を譲る。
「さっきは、あつもり教えてくれてありがとうね」
バイバイと遠藤君に手を振って、私は教室への廊下を小走りで進んだ。
後ろで遠藤君がなにか言ってようだけど……。
あとで何か用事だったか、メールででも聞いてみようかな。
明日──永田さんはどんな本を紹介してくれるんだろう?
わたしのきもち 奈那美 @mike7691
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