第6話 テレビ局 映像

「アレは確か、12月の初めだったと思います。入社して1年目の。

 その日僕はディレクターに頼まれて過去に放送された██さん(某人気歌手)のライブ映像を探しに保管室に行ってました。なんかその年の暮れに██さんの誕生日特番を放送する予定で、尺稼ぎに過去のライブ映像を振り返ろーってコーナーがあって。当時ADだった僕はコーナーの編集に使う映像を保管室に探しに行ったんです。」


 現在、██テレビでディレクターを務めるAさんは当時の状況を事細かに語ってくれた。彼は年末特番内の振り返りコーナーに使用される予定の映像を探しにテレビ局地下の保管室に向かったという。


「ウチのテレビ局ってそれなりに歴史が古くて、結構昔からここに社屋を構えて番組やってるんですよ。だから保管室にも創設当時からの映像資料が山積みになってて探すのには大分苦労しましたよ。」


『面倒で誰も整理しないもんだから、荒れ放題で。まずは片付けから始めましたね。』と彼は苦笑いを浮かべた。ADという立場上、ディレクターの頼みを断れるわけがなく、ましてや特番を潰すわけにも行かない。彼は整理されず荒れ果てた保管室を整理しつつ目的の映像を探した。

 そんな中でふと、ある映像資料に目が留まったという。


「探してる過程でふと手に取ったテープがあったんです。一昔前のVHSテープですよ。テレビ放送が始まって間もない頃に創設されたテレビ局ですから、VHSテープの映像資料があるのは特段不思議では無いんですけど。

 そのテープの背表紙には『高階』ってだけ書いてあったんです。他のVHSテープの背表紙には記録されてる番組名とそれが何年に撮られて何年に放送されたのかちゃんと記載されているんですが、そのテープには『高階』以外の記載はありませんでした。」


 不審に思ったAさんは目的の映像を見つけると、一緒にそのテープも持って当時のディレクターの下に向かった。ディレクターに目的の映像を渡しつつ、例のテープについて聞いてみると、彼はとても不思議そうな顔をしたという。


「ディレクターはそのテープを見て『個人のテープじゃないか』って言うんです。ここのテレビ局の社長ってこういう記録媒体の扱いに凄く気を遣う人で、何を記録していつ撮ったのかみたいな情報を必ず媒体に書かせたらしいんですよね。」


『まあ扱いに気を遣ってたんなら保管室の状況にも気を配って欲しかったですけど』と彼は愚痴にも似た言葉を漏らす。


「だからテープに詳細な情報が記載されてないなら少なくともテレビ局保有のテープでは無いらしくて。個人の、恐らく局員の誰かがプライベートで使ってたテープがひょんなことから保管室に紛れ込んだんじゃないかって事で、ディレクターはさっさと仕事に戻ってしまいました。結局僕の手元には不審なテープが残って、すぐ保管室に返してきてもいいんですけど、せっかくならこのテープの中身を見てやろうと思ったんです。」


 『高階』という意味不明な記載があるテープの中身に好奇心をくすぐられたAさんは局内の資料閲覧スペース(編集室とも)に駆け込み、唯一残っていたVHSの再生機にテープを差し込んだ。


「時代を感じさせる画面の荒さで再生されたのは・・・ニュース番組でした。かつて当社がお昼に放送していた10分程度の短いヤツです。ニュース内では地域で起こった事故とか、女子高生が自殺した件とか、天気予報とか。結構ありきたりな内容でしたね。んで、ニュースキャスターが頭を下げて番組が終わったんです。すると画面が砂嵐(スノーノイズとも)に包まれて、番組は終わったんだなと思って僕はVHSを取り出そうとしました。」


 なんてこと無いニュース番組を見届け、AさんはVHSテープを取り出そうとした。しかし次の瞬間、アナログテレビの画面に見慣れた光景が映る。


「砂嵐が突然明けて、またニュース番組が始まったんです。さっきと同じ当社が放送していたニュースが。でも、内容は同じじゃないんです。ニュースキャスターは先程と違いましたしニュースの内容も違う。番組は同じでも放送された日が違うものが流れてきました。」


 彼はVHSを取り出す手を止め、テレビに見入った。先程と同じく天気予報を終えるとキャスターが頭を下げ番組は終わる。そしてまた砂嵐が流れる。・・・しばらくして、Aさんが『もしや』と思った展開が訪れる。


「また砂嵐が明けて、ニュース番組が始まりました。同じ番組の違う日に撮られたものが。内容は違えど展開は同じ。ちょっと飽きが来てたんですが、ここで妙な違和感を感じたんです。この時点では違和感の正体に気づけていなかったんですが、案の定次の砂嵐明けに始まったニュース番組でその正体が見えてきました。」


 Aさんは4回目の放送を食い入るように見つめた。撮られたその日の出来事をキャスターが簡潔に紹介し、その中でも注目のニュースを映像を交えながら伝えている。その中で、テープを見始めてからこれで4回耳にした言葉が聞こえたという。


「『本日明朝、~の~で女子高生の高階唯さんが遺体で発見されました。』ってキャスターが言ったとき、違和感の正体はこれだって思いました。ここまで見た4回の放送で必ず、この『高階唯』って女子高生が自殺したニュースが必ず入るんです。それぞれ場所は違えど内容はほぼ同じ。『高階唯が明朝に遺体で発見された。死因は首吊り自殺。』、この内容が4回のニュースで4回とも紹介されたんです。おかしいですよね?」


 Aさんは最初、この不可解な映像に驚きと困惑しか無かったが、次第にそれは恐怖に変わっていったという。


「もう察してるとは思いますが、この撮影日の違うニュースはその後何回も続きました。4、5回ごとにキャスターが変わって背景とかも模様替えされていくんですけど、高階唯の自殺に関して取り上げているのは同じで、僕が途中で止める20回目くらいまでニュースは続きました。恐らくもっと続きがあるんでしょうが、何度も自殺が報じられる高階唯という存在が、そしてその高階唯の死が報じられたニュース番組を何十回以上にわたって記録していたテープの持ち主がとても恐ろしく感じて、これ以上見るのが怖くて半ば強引にテープを抜き取りました。」


 その後テープを持っていること自体怖くなったAさんは元々あった保管室の奥の奥に隠すようにしてテープを置いてきたという。


「僕みたいに過去の映像を探してる最中に誰かがあのテープを見つけて、もしかしたら僕の下に聞きに来ることもあるかも知れませんが・・・。

 もし聞かれても、『知らない』って突っぱねようと思ってるんです。『個人の忘れ物じゃない?』ってはぐらかすのも良いですね。

 僕はもうあのテープに、高階唯っていう存在に、関わりたくはないですから。」


 現在のテープの所在・現状は共に不明だが、今もそのテープはAさんが勤めるテレビ局の地下で見つけられることを待ち望んでいるのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る