第10話 まとめ 後
結果から先に言ってしまおう。
度重なる調査、現地に赴いての取材をして尚、『高階唯』についてはナニも分からなかった。
高校での取材では実に多くの情報が得られたが、そのどれもが『高階唯』に直接結びつくものではなく、確実性・真実性のあるものではなかった。
ただ、1つ。ある情報に私は興味を引かれた。が、それはおおよそ『高階唯』の核心に迫れるとは思えない、意味の分からない情報であることを前もって伝えておく。
これからその情報を開示する。その前に、これを読む読者諸君には以下の3つを念頭に置いてもらいたい。
・これから開示する情報が必ずしも『高階唯』に結びつくかは分からない。
・これから開示する情報は必ずしも『高階唯』の存在証明及び不在証明にはなり得ない。
・これから開示する情報によって『高階唯』という存在の正体が分かるわけではない。
・・・・・
「あれは確か、22,3年も前の事だったかな。当時この高校には私ともう1人、
それは高校での取材中偶然出会った、長年R高校に用務員として勤める佐々木(仮)さんとの会話で得られた情報だった。
「悠人は私の従兄弟の息子でね。精神的にこう、不安定な子だったから、なかなか社会に出られなくて。親御さんも困ってたらしいんだ」
高階悠人。彼は精神的に不安定、恐らくは知的・精神的障害を抱えていて社会に出て働くことに難があった。彼は自宅に籠もり、アニメやゲームに没頭する日々を過ごしていたという。
「流石に親御さんも『このままじゃダメだ』って事で、私に相談してきたんだよ。私も何だがその子が不憫に思えてね。丁度、用務員の枠が空いていたからやってみないかって誘ったの」
断られるかもと思っていたが、当の彼があっさり承諾。彼は晴れてR高校の用務員として働くこととなった。
「彼ね、コミュニケーションが苦手でほとんど喋らなかったけど、素直な子でね。言われたことはちゃんとやっていたよ」
社会的に未熟な彼は大きな一歩を踏み出し、用務員としての仕事を不器用ながらにこなしていた。そんな彼に転機が訪れたのは、仕事を始めて2年目の事だった。
「当時の生徒の親御さんからね。クレームが届いたんだよ。『ウチの娘をじろじろ見ながらノートに何か書いてる不審者がいる』って」
そのクレームの原因は何を隠そう高階悠人だった。彼は仕事の合間に気に入った女子高生を見つけ、その姿をノートにスケッチする事を日課にしていたのだった。
「彼、悠人君はさ、人とのコミュニケーションが苦手で女性となんか尚更喋れなかったの。当然のことながら女性経験もなくてさ。だから、その、彼にとって女性を観察してスケッチする事は一種の自慰行為、性欲を満たす手段だったのかも知れないね。まぁ、これはあくまで私の推測だけどね。彼は何も話してくれなかったし」
理由はどうあれ、彼が生徒に対し不審な行動を取っていたことに変わりは無い。高校は彼を解雇し、高階悠人はまた社会から遠ざかってしまう。
「私は彼を擁護したんだが、悠人君が許可なく生徒を観察してスケッチをしていたのは事実だからね。結局彼は高校を追い出されてしまった。・・・・今思えば、あの時もっと親身になって、彼を支えてあげれば良かった。そうすれば彼もあんなことには・・」
高校の用務員を解雇された数日後。彼は自宅近所の河原で首を吊って亡くなった。警察の調べによれば事件性は無く、自殺だろうとの事だった。
「そもそも用務員として誘ったのがいけなかったのかもね。彼の性格や、抱える心の問題に沿った職を、環境を整えてあげるべきだった。今になって、悔やんでいるよ」
佐々木さんは目を伏せた。私は「貴方のせいじゃありません」と言葉を掛けつつ、高階悠人に関する情報が他にはないかと伺った。
私の調べている『高階唯』と偶然名前の挙がった『高階悠人』。名字が同じ、高階唯が現われた時期と高階悠人が自殺した時期も同じ。とても偶然とは思えなかった。
「うーん・・・、あ、そういえば」
佐々木さんは用務員が常駐する用務員室の角に置かれた古ぼけた本棚から、一冊のノートを取ってきて私に手渡した。
「これね、悠人君がスケッチに使ってたノート。仕事のメモとか、さっき言った生徒のスケッチとか。色々書かれてるから良かったら読んでみて」
「いいんですか?」と訪ねる私に佐々木さんは微笑んだ。
「悠人君の事を、私はよく理解できなかった。他の人もそうだったんだろう。悠人君は誰にも理解されず、孤独を抱えて死んでしまった。・・・・私はね、どんな理由であれ『悠人君を知りたい』と思ってくれる人がいることに感動してるんだ。私には分からなかったけど、君になら理解できるのかも知れない。それは君にあげるから、もし少しでも彼について分かったことがあれば、私にも教えてくれないか。今更かも知れないけど、彼を少しでも理解してあげることが彼の供養にも繋がると思うから」
佐々木さんの言葉を噛みしめつつ、私はノートを受け取って深々と頭を下げた。
佐々木さんと別れて、私は校舎南側にある屋根の付いた休憩スペースのベンチに腰掛け膝にノートを置いた。授業中の真っ昼間であるからか周りに人影はなく、小降りの雨音とベンチ横の自動販売機の音だけが響いている。
何となく緊張する心を落ち着かせ、私はノートを開いた。
最初の数ページは仕事に関するメモ。一日の業務の流れ。掃除場所、掃除用具の位置。用具の使い方が記載されている。拙い字ながら一生懸命に仕事を覚えようという真面目さが感じ取れる。
1ページ空けて、今度は10数ページに及んで女子生徒と思われる人物を描いたスケッチが続いた。ページ中央に女子生徒の全身図が拙いながらもスケッチされ、周りに名前、特徴、その時の状況がスケッチされている。
佐々木さんはこれを『高階悠人が性欲を満たす手段』であると考察していたが、私が見た限りでは性的な目で見ていたようには思えない。
思うに、これは『相手を理解するための手段』だったのではないだろうか。彼は女性経験に乏しかった。だから尚更これまで接してこなかった女性、特に自身とそこまで年の変わらない女子高生について知りたいと考えた。でも何も知らない自分がいきなり話しかけてもうまくはいかないだろう、そう考えてまずは相手を観察し知ることで理解を深めようとしたのではないか。
根底には確かに性に対する興味・関心があったのかも知れないが、彼の行っていた行為は決して邪なものと一概に呼べるものではなかった。少なくとも私はそう解釈した。
高階悠人については何となく分かったが、肝心の高階唯についての情報は見当たらない。気づけばスケッチが途絶え、以降白紙が続いている。
「(ただ名字と時期が一致しただけの偶然か・・・?)」
ようやく掴んだ手がかりだと大いに期待していた分、私は肩を落とす。一応最後まで見てみようと白紙のページをめくり続けると、一番最後のページにその名前があった。
『高階唯』
「あった!」
つい私は声を出してしまう。そのページの右端にはこれまで探し続けた名前がしっかりと刻まれている。
その下には彼女の特徴、その時の状況が記載されていた。
・黒髪のポニーテール、色白、大きな瞳、小さな口、細い手足
・南側の休憩所、こっちをみている、近い
記載の仕方はさっきのスケッチと同じ。しかし肝心の彼女のスケッチが、無い。
ページの中央はぽっかりと空いていて、まるで存在を消されたような、或いはどこかに抜け落ちてしまったような、不自然な空白がそこにはあった。
他に何かないかとページを隅々まで見回す。すると、ページの左端の下に小さく文字が書かれている。それは今まで見たスケッチには描かれていない言葉。
謎の核心を突くようで、逆に遠ざけるような、意味の分からない言葉だった。
『僕の恋人』
これまでの調査の結果、『高階唯』という人物がR高校、ひいてはこの日本に存在する・存在していた事を示す証拠や痕跡は一切見つかっていない。
高階唯 まとめ 吉太郎 @kititarou
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