第2話 多彩真

 ここらでボクの事を説明しておく。


 ボクの名前は多彩真たさいまこと弱冠じゃっかん二十歳のしがない大学生だ。生まれも育ちも福岡で、なに不自由のない生活を送ってきた。ただ一つ、他の家とは明らかな逸脱点があった。それは家系である。父方の祖父は歴史に名を連ねるほどの有名作家で、教科書に祖父の作品がるほどだ。同じく父方の祖母は幾度いくども個展を開き、名をはせた画家であった。


 その祖父母から生まれたボクの父も、当然のように文芸の道へと進み、周囲の期待を一身に受けつつ、若くして文学賞を受賞した。今では百万部を優に超える作品をいくつも抱える、文学界を牽引けんいんする存在となった。


 まるで文学のために生まれたような家系に生まれたボクも将来有望とされ、周囲の重圧を一身に背負ってきたものの――――期待を裏切った。父や祖父のような才能は、ボクにはなかったのだ。幼少期には父の書斎で、壁一体を埋め尽くす数々の小説に触れた。ボク自身、小説家になるものだと思っていたが、今に至るまで小説の才華が花開くことはなかった。


 幼少期の頃である。小学生の各々が休み時間に遊びに興じている間、ボク一人は頻繁に図書館に通って、文学の世界に触れた。しかし、それは純粋に読書を楽しむためでなく、ある種の義務感のためからだった。ボクの心には、マスコミの存在や、家族の期待が重くのしかかっていた。


 そんなある日、中学生になったボクは、偶然にも父と祖父が口論している場面を目撃してしまった。話はボクの将来についてで、祖父は何としてもボクに小説の道を歩んでほしいと願っていた。だが、父はそれに反対し、「どの道を進むのかは息子自身が決めることだ」と祖父を説得していた。その言葉を聞いた瞬間、ボクの心にはさらなる焦燥感が生まれた。自分の無力さを痛感し、将来への不安がつのっていった。


 高校生になる頃には、いくつもの新人賞に応募した。しかし、返ってくるのは『落選』の二文字。時が立つにつれ、明確になる才能の無さが歯がゆかった。学校の文学コンクールですら、小説を書き始めたばかりの生徒が拍手を浴びる中、ボクの作品はいつも佳作止まりで、悔しさに唇を噛んだ。

 

 高校生活も後半に入ってくると、大学受験のためだと自分を偽って執筆をめ、逃げるように勉学に打ち込んだ。大学は文学とは関係のない私立の経済学部に入学した。家族の期待や自分の才能から逃れるために。それでも、小説の魅力からは逃れられなかった。


 今では自堕落な生活と日夜バイトに追われる日々。その合間を見繕みつくろって何とか執筆を再開したものの、文才の無さに絶望する毎日。


 そんな行き詰まった中、自称『小説の神様』と名乗るロリポップ・ノベル・キャンディーが現れた。その奇妙な人物が現れてからボクは――――




 「はよぉ飯を用意せぬかぁ。飯じゃあ飯ぃ」


  ちんちくりんな神様にこき使われていた。


「はいはい。分かってるんで少し待ってくださいよ」


 ロリ神様がボクの部屋にやってきたその日、空腹に駄々をこねる彼女のために昼飯を作っていた。今日の献立は目玉焼きとウインナー。一人暮らしをしていても一向に自炊する習慣はつかなかった。ロリ神様の小言を右から左に聞き流しつつ、フライパンの上でぷっくりと膨らんだ目玉焼き二つと、ウインナー四つの様子をじっと見守っている。全体に軽く焦げ目がつくのを確認すると火を止めた。塩と胡椒こしょうで味つけし、慎重にフライパンから皿へと滑らせる。皿から立ちのぼる芳醇ほうじゅんな香りに、キッチンから見えるロリ神様の瞳もどことなく輝きを増している気がする。


「出来ましたよロリ神様」


「お主! ロリは止めよとさんざん言ったではないか! まるでわれが子供のようではないか!」


(……子供だろ)


 心の中で悪態をつきながら、ボクは二つの皿を持ったままロリ神様の方へと向かった。彼女がボクを視界に捉えるや否や、待ってましたと言わんばかりに目を爛々らんらんと輝かせた。しまいには両手を机に突いて前のめりに弾み始めた。


「座ってください。暴れられると料理が台無しになりますよ」


 じれったいといった風に正座した状態で身体を震わせるロリ神様を横目に、ボクは皿を机に置く。その途中でロリ神様のコップがないことに気がついた。今は一人暮らしでなおかつ友人関係も少ないために、自分用のコップ一つしか持っていなかったのだ。そのため、なかば大雑把な考えで神棚からお供え物用のコップを拝借すると、「まあ神様だしいいか」と、台所へと向かった。


 すすぎが終わって戻ってくると、皿から立ちのぼる湯気に顔をくぐらせ、ボクの到着を今か今かと待ちわびるロリ神様がいた。ボクの存在に気がつくと、彼女は瞬時に顔をこちらへと向け、「はよせぬか! 飯が冷めるであろう!」と怒号を飛ばす。彼女には神の尊厳などなく、だた口を一文字に結んでじっとこちらを睨みつける幼女がそこにはいた。べつにボクを待たなくてもいいのにと思いつつ、その律儀さに口角を緩ませた。


「はいはい今行きますから」と返しながら、ボクは机にコップを置き、並々に緑茶を注ぐ。ロリ神様はその様子を見守りながら、期待に満ちた目でボクの動作を追っていた。

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ロリな小説の神様とアマチュア小説家のボク 馬場 芥 @akuta2211

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