ロリな小説の神様とアマチュア小説家のボク

馬場 芥

第1話 われの名はロリポップ・ノベル・キャンディー

 身ぐるみを剥がされたコタツ机で、いつの間にかボクは居眠りをしていたようだ。カーテンの隙間からのぞく東の空はしらみ始めていた。差し込む光にボクは起こされる。腕を枕にして寝ていたせいか腕が痺れた。うつらうつらと顔を上げると、腕に溜まった血流は待ってましたと言わんばかりに全身を駆け巡った。


 机の上には、乱雑に置かれた空の缶ビールのロング缶数個と、コンビニで買ったつまみのパック。それとゴミに囲まれたノートパソコンが一台あった。その画面には執筆中の小説が淡い光に浮かび上がっている。それを見ていると自分の文才のなさが恨めしく思った。執筆中の小説を写すディスプレイはまるで自分を否定するかのように周囲を青白く冷たい光で染め、直接瞳に入ってくる光は嫌に眩しい。直視できなくて閉じようとする――――その時だった。


 画面が強烈な光を放った。軽くめまいを感じるほどの光量が、まぶたの裏にパチパチと散らばった。とっさに目を覆う。思いッ切り殴られたように頭が真っ白になったボクは、先ほどまでこの部屋にいなかった者の存在に気づく余裕はなかった。ふっと部屋が薄暗さを取戻す。網膜もうまくの裏に焼きつく白さにまぶたを震わせつつ、目をすがめると、


「なんじゃあお主の部屋のあり様は。どこもかしこもゴミだらけではないか。それほどまでの杜撰ずさんさでは最適な執筆環境とは言えんのう」


 机の上にはロリがいた。腰まで伸びた艶やかな黒髪におかっぱ頭のロリっ子は、恥ずかしげもなくスカートの中身をひけらかし、蠱惑的こわくてきな笑みを口角に湛えつつ、仁王立ちでボクを見下ろしていた。


 不可抗力パンツの弾ちきれんばかりの純白さに目を奪われていると、ロリに空の缶ビールを投げつけられた。


「こやつ! われに欲情する暇があるなら、まずは客人をもてなす環境を整えぬか!」


 雪崩のように押し寄せる怒涛の展開に頭の整理が追いつかないというのに、ロリは部屋の掃除を要求する。そもそも勝手に来たのはアイツじゃないか。戸惑っていると傲慢ごうまんにも地団駄じだんだを踏んで急がせてくる。それでもぼーっとしていると、今度は「のろま!」とののしってきた。これ以上うるさくされると同じ階の住民に迷惑なので、渋々重い腰を上げて掃除に取りかかった。ついでバイト先の先輩に「めいが突然あそびに来たんでシフト変わってもらえませんか」とメールを送った。





「われの名はロリポップ・ノベル・キャンディー。小説の神である」


 ボクが差し上げたアイスクリームをちろちろと舐めながら頬っぺたを緩ませていたロリ神様――便宜上これまで『ロリ』と本作で記してきたが、名前を知ったところで大きな変化はなかった。したがってこれからはロリ神様と呼ぶことにする――は、とつぜん思いだしたかのように立ちあがってボクに名乗った。名前的にキャンディーの神様と言われた方がしっくりくる。そもそも巫女みたいな服装で名前がカタカナとはいったいなんだ。ちぐはぐさに頭が痛くなる。そんなボクを尻目に、ロリ神様は机をペちんと叩いた。


「お前がノロノロと掃除をしている間に小説の下書きを読ませてもらったが……あれはいったいなんじゃ! 小学生でももっとましな文章が書けるぞ!」


「神様。少しお静かに……」


「うるさいわ! まずはその負け犬根性から叩き直して……」


 言葉を遮るように、「ドン」と隣の壁を叩く音が聞こえた。ロリ神様は「きゃん!」と飛び跳ね鳴いたかと思うと、今度は目尻に涙を浮かばせていた。びくびくと怯えなから小さな声で言った。


「こ、この世界は野蛮人やばんじんしかおらぬのか。やはり母上の仰る言葉は正しかった……」


「あ、あのぉ」


「なん! ……じゃ」


「なぜ小説の神様がボクの部屋に?」


 ロリ神様は限界まであごを上に向けて見下すように、己の威厳を誇示するように言った。


「われは悩めるアマチュア小説家の前に現れ、教えさとし、プロの小説家へと導く存在。われは偉大でひじょーに慈悲深い神なのじゃ。崇めたたえよ!」


 ボクはパチパチと手を叩いておだてた。ロリ神様の頬はリンゴのように紅潮して、鼻は天井を貫きそうなほどである。さっきまでの泣き顔はなんだったんだ。一通り満足したのか、「むふぅ」と鼻を鳴らし座って言った。


「お主の悩みは小説を読んであらかたの把握はできた。お主、小説が上手くないからと弱腰になってはおらぬか」


 小学生ほどの幼女に痛い所を突かれた。両腕で心臓がキュッと締められるような感覚を覚える。長い間、自分を偽り続けた報いなのだろうか。偽りのプライドと実ることのない努力が、その一言によって、今まさに無意味にも崩落するのを感じた。


「……なぜそのように思ったんですか」


「未完成の原稿の数と、小説から滲みでる苦悶の念を見れば馬鹿でも分かるわ。お主には執筆に関して全く才能がない。それを人一倍悩んでいることもな」


 ロリ神様の無遠慮な言葉が、必要以上にボクを追い詰めた。心の痛みは次第に自己嫌悪へと姿を変える。どこかで自分の才を自覚すべきだったのだ。それなのに、ボクはひたすらに自分を騙してきた。ボクには才能があるのだと。今書いている小説は本来の力なのではないのだと。


 顔を伏せ、心の痛みに耐えるように拳を強く握りしめていると、ロリ神様は優しい口調で言った。


「言っておくが、文の才能と小説家としての素質そしつは何の関係もない。文章がたくいからといって読み手の心を震わせる、そんな小説が書ける訳ではないのじゃ。……ちょっと待っとれ」


 するとロリ神様は、その小柄と細身を活かしてベットの下に潜り込んだ。ボクはハッとわれに返る。ベットの下には男の夢が詰まっているのだ! それらを見られては自尊心がズタズタになってしまう。そうこうしている間にも、ロリ神様はベットの奥へとい込み、足だけを外に出してバタつかせていた。


「ロリ神様!」


 ボクはロリ神様の足首を掴んで、思いッ切り引っ張りだす。すると、ところてんのようにベットからにゅるりと引きずりだされた。ロリ神様は身体をひっくり返し、「ハレンチなやつめ!」とボクの手をはねのける。両腕には大事そうに抱えられたエロ本が。本を取り返そうと手を伸ばすも、その小柄な体格でぬるりとかわし、トタトタと素足で机の周りを駆け回る。


「待てロリ神!」


 机を軸に追いかけっこが始まった。ロリ神様はペン立てから祖父の万年筆をひったくると、軽く飛んで机の上に立った。何かしでかしそうな、そんな不敵な笑みをボクに向ける。


「な、なにをするつもりだ……」


「よいから黙って見ておれ」


 するとロリ神様は両手を突きだして本の中身を見せつけると、そこから数枚を引き千切った。


「ああぁああぁああ!」


 無残にも宙をひらひらと舞うエロ本。異性、それも幼女にエロ本の中身を見られ、ましてや破り捨てられるなんて。心理的ショックに打ちひしがれていると、ロリ神様は宙を舞う一枚掴み、凄まじい勢いで万年筆を走らせた。そして、「んっ!」と言って私にそれを突きだした。


『小説はパッションだ!』


 ヌード姿の女性の上書きするように『小説はパッションだ!』と大きく書かれた文字。この事件をきっかけに、ロリ神様とボクとの波乱万丈はらんばんじょうな小説家への道のりが始まるのだった。

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