わさんぼん
藤泉都理
わさんぼん
食べてもいないのに、甘い味がした。
目の前の人の上品で控えめな笑顔を見た瞬間。
己の不甲斐なさから生じる悲しみや怒りが、溶け落ちる音が、した。
和三盆糖。
竹糖という徳島県や香川県に生息する在来品種の砂糖黍が原料に作られる。
口溶けがよくきめ細かい、すっきりとして、まろやかで、優しい上品な味わいがある甘さが特徴。
この希少で高価な和三盆糖から作られた干菓子の事を、和三盆という。
河川敷にて。
長ラン、ハイウエストドカンという応援団部の制服で心身を引き締めた高校三年男子学生が二人居た。
東高校の応援団部主将である
制服の形状は同じであるが、真尋は黒の制服、心介は白の制服を着ていた。
互いにライバルだと認識している二人は自主練で走り込みをしており、真尋が向かってくる心介を認識しては、目を三角にしたのも束の間、ふと、天端をママチャリで走る或る人物を視界の端で捉えては、視界全てから心介を廃して、大きな声で名を呼んだ。
「真尋君。こんにちは」
「こんにちは」
真尋に名を呼ばれてママチャリを止めた人物、名を
白の作務衣を纏い、エアー地下足袋を履いている二十五歳の男性である。
和菓子屋で接客販売、ママチャリでの配達をしており、河川敷で走り込みをしている真尋は頭上の天端をママチャリで走る希和をよく目にしていた。
そしてそれは。
「心介君も。こんにちは」
「ちわっす」
心介も同じであった。
「二人とも。また自主練かな?」
「「はい」」
一瞬にして河川敷から天端に居る希和の元へと駆け上がった真尋と心介は、声を揃えて返事をしては、隣に立つ相手を睨みつけたい衝動に駆られたのだが、希和から目を離したくなかったので、グッと堪えた。
真尋も心介も、希和に恋をしていた。
日時は違えど、きっかけは、二人とも同じである。
それぞれ応援していた喧嘩部がそれぞれ負けてしまった帰り道。
己の不甲斐なさに、悲しみや怒りで心身共にどうにかなりそうになる中。
和菓子屋の前で試食を行っていた希和に、紫陽花の形をした和三盆を勧められた時だった。
結構ですと断ろうとして、希和を見た瞬間。
希和のその上品で控えめな笑顔を目にした瞬間。
己の不甲斐なさから生じる悲しみや怒りが、溶け落ちる音が、した。
溶け落ちては、変化して、身体中をやおら巡る音がした。
恋をした音がした。
味は和三盆の甘さだったのに。
激しい太鼓の音がした。
「今はまだ涼しいけど、明日からまた暑くなるみたいだから、身体には気を付けてね。水分と塩分補給はちゃんとしてる?休息も取らないとだめだよ」
「「はい。ちゃんとしてます」」
「うん。あ。ごめんね。配達の帰りなんだ。早く戻らないといけないからまたね」
「引き留めてごめんなさい」
真尋が謝ると、ううんと希和は首を横に振った。
「いつでも歓迎だよ。声をかけてくれて嬉しいし。僕、真尋君も心介君も河川敷とか高校とかで走っている姿や、応援している姿を見ると、すんごく元気が出るし。今度和菓子屋においで。お兄さんが奢るから」
「「ありがとうございます」」
「うん。待ってるから。じゃあね」
「「はい。お疲れ様です」」
(う~ん。真尋君は声をかけてくれるから、嫌われてはないんだろうけど。心介君は。どうなんだろう。真尋君と一緒なら、近づいてきてくれるけど。一人だったら、近づいてきてくれないからなあ。甘いの、嫌いだったかな。和菓子、嫌いだったかな。何度か誘ってるけど、二人とも、一回も来てくれないんだよなあ。う~ん。もう、誘わない方がいいかなあ。迷惑だったかも)
((応援している喧嘩部が勝ったら、絶対に和菓子屋に行きますので。待っていてください。希和さん!))
ママチャリを走らせて去って行く希和が見えなくなるまで見送った真尋と心介は、漸く互いに眼を飛ばしては、舌打ちをし、反対方向に走って行ったのであった。
((こいつより先に絶対、勝利を手に和菓子屋に行って告白しますから!!!))
(2024.6.6)
わさんぼん 藤泉都理 @fujitori
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