CR人生
孤独部
CR人生
おととい、父が死んだ。
もしかしたら、もっと前かもしれない。
わたしにはわからない。
近くに住んでいる兄が発見した。
父は一人暮らしだった。
母は何年も前に亡くなっている。
母が亡くなって、もうだいぶ経つような気がする。
とうとう父も、亡くなってしまった。
父とはあまり、仲がよくなかった。
別に仲が悪かったわけではないけど、あまり話さなかった。
父は、無口な人だった。
喪主は兄がつとめてくれて、ほとんど全部やってくれた。
2回目だから慣れた、と言っていた。
「こんなことは慣れたくないな」とも、言っていた。
だからわたしは、葬式が終わって早々に帰ってこられた。
明日からまた仕事なんだから、早く帰りなと言われた。
でもなんとなく帰りたくなくて、行くあてもなくて、おなかもすいてなくて。
それで、なんとなく、パチンコ屋に入ってみた。
わたしはパチンコを打ったことがない。
これまでの人生で一度も、パチンコを打ったことがなかった。
だからわたしは、店員のお姉さんに声をかけて、やり方を一通り教わった。
お姉さんは、喪服を着ている場違いなわたしにも、丁寧に教えてくれた。
声をかけたとき、一瞬ギョッとしたようだったけど、もしかしたら、気のせいだったかもしれない。
わたしは、いつもの財布からじゃなく、いざというときのためにキーケースに忍ばせてあった一万円札をひろげて、機械に入れた。
いざというときなんてめったになくて、何年も眠ったままになっていた一万円札だった。
ハンドルをすこしひねると、弱々しくパチンコの玉が飛び出てきた。
「右打ちしろ」と台に言われる。
思い切ってハンドルをぐっと回すと、いきおいよく、パチンコの玉が飛び出していく。
それからしばらく、次々に流れていくパチンコ玉を目で追っていた。
ハンドルを微調整しながら、入ったら当たりそうな穴めがけて玉が落ちていくようにしていく。ガシャンガシャンガシャンと、思ったよりハイペースで、次々に玉が打ち出されていく。玉は、穴に入ったり、入らなかったりしながら、次々に流れていく。
中央の画面では、数字を背負った海の生き物が、ずーっとぐるぐる回っている。
……なかなか当たらない。
***
父は仕事で帰りが遅くて、休みの日も、よく寝ていた。
わたしたちが母と一緒に買い物に行くときも、家で留守番をしているような、そんな人だった。
母とのお出かけはたくさんあったけど、父と出かけたことはほとんどなかった。
ときどき、ほんとうにときどき、兄を連れてどこかに釣りに行ったり、母のいない休みの日に、わたしたちのためにチャーハンをつくってくれたりした。
父がつくるチャーハンには、たくあんが入っている。小さく刻んだたくあんが具に入っていて、コリコリする。
当時は、なんでチャーハンにたくあん?って思ってたけど、おいしかった。
母のつくるチャーハンとは、違う味がした。
わたしたちが小さいころ、まだ物心ついたばかりくらいのころ。
ある日とつぜん、父がたくさんのお菓子をもって帰ってきた。
わたしたちは最初大喜びだったけど、母はものすごく、ものすごーく怒っていた。
後にも先にも、一番の夫婦ゲンカだったと思う。
父はギャンブルをやらなかった。
タバコも吸わなかったし、お酒もあまり飲まなかった。年末に宝くじだけは買っていた。
わたしたちが生まれる前は、どうだったか知らない。
母ももう亡くなっているから、確かめようもない。
あの日たぶん父は、パチンコに行ったんだと思う。
勝ったのか負けたのかわかんないけど、たぶん勝ったんだろう。
いや、負けたのかもしれない。
とつぜんパチンコに行こうと思う位、なにか嫌なことがあったのかもしれない。
今となってはもう、確かめようもない。
***
わたしのパチンコは、どうやらいつの間にか当たっていて、最初の持ち玉より、すこし増えていた。
だけどそこからまただんだん減ってきて、最初の持ち玉よりちょっと多い位の数字で、やめることにした。
外の換金所で換金すると、一万円と数百円になった。
わたしは一万円札をたたんで、またキーケースにしまった。
家に帰る途中、コンビニに寄って、そこまで握りしめていた数百円で、プリンを買った。
家に帰って冷蔵庫にプリンを入れるとき、そういえば、実家でもいつも冷蔵庫にプリン入ってたな、と思い出した。
あれは、父の好物だった。
食後いつも、父は一人、プリンを食べていた。
CR人生 孤独部 @kodokubu
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