第12話

 これが桜流しか、とぼくは思う。さらさらと小川を流れていく桜色の花弁がいく筋も綺麗な線を引いていた。

 すでに時は、祖父との再会とされる日になっていた。

 けれどまだ、祖父が来訪する時間まで少しだけあるという。手持無沙汰のぼくは庭園を少し散策する。身の落ち着かせどころがないかを探すも、あまりベンチなどはなさそうだった。

 結局、祖母や姉たちの集まっている場所から少し離れたところにある小高い丘の上に寝そべって、空を流れる雲をぼくは眺めていた。

 ぼんやりとしていると、唐突にエイプリルの顔が視界いっぱいに広がる。


「ウィル。何してるの?」

「雲を眺めていたよ」


 おかしそうにくすくすとエイプリルは笑う。


「ウィルはいつも楽しそうだね」

「どうかな。自分でもわからないけど、日々を精一杯生きようとは思っているよ」


 エイプリルはぼくの言葉にわかったのか、わかっていないのかほほえみで返す。

 

「ウィル、再会の挨拶は決めた?」


 エイプリルはぼくの横にしゃがみ、同じく寝そべった。出発した頃からほんの少しだけ大人びたエイプリルは、少しだけ身長が伸びている。足をそろえて寝そべったけれど、エイプリルの方がこぶし一つ分くらい目線が上だった。

 お互いに苦笑いしながら、エイプリルが今度は頭の位置で寝そべる場所を変える。

 目線が同じになった。

 ぼくは先ほどから雲を眺めて考えていたことをエイプリルに話す。


「おじいさま。会うのは六年ぶりだからさ、何をどう話せばいいかわからないよ」


 エイプリルはそんなに悩むことかなぁと楽天的に答える。


「おかえりなさい、でいいんじゃない」

「そうだね、それがいいかもしれない」


 それきり言葉が途切れて、沈黙が満ちる。ただ、沈黙は苦痛ではなかった。ぼくは地球の風を浴びながら、ただただエイプリルと雲を眺める時間を壊したくないと思った。たぶんエイプリルもそうだったのだと思う。

 けれど、幾ばくかの穏やかな時間が過ぎた後、好奇心の塊であるエイプリルの問いにぼくは答え続ける羽目になった。


「ところでさ、あのヒトの話。どこまで本当なんだろうね」

「ああ、ウィアベルさんの件」

「いつのまにか名前呼びになってる!」

「梧葉さんからは、呼び捨てで構わないって言われたからさ」

「社交辞令じゃない? それに、こういう時だけかしこまっちゃって」

「社交辞令というのはそうかもだけど、おもしろいことを考えるヒトがいるなって思ったよ」


 ぼくの言葉に何がしか、エイプリルも思うところがあったのか黙り込む。ぼくはエイプリルの次の言葉を待った。


「宇宙のくじらってさ。たぶん可能性の象徴だよね」

「前後の文脈からもそうだろうね。丘の向こうとか、果ての海とかそういう類」

「ただありふれた日常の中にある非日常がわたしは好きだからさ、スケールが大きくてよくわからないや」


「どこか遠くの宇宙に魔法文明でも作りたいんだと思うよ」

「え、機械文明じゃないの? てっきり、外宇宙でロボット兵団でも作るのかなって」

「エイプリル的には、宇宙戦争勃発って感じのストーリーライン?」

「そう、かな。でもいまいちそういうロマン主義者でもない気がしていて、あんまり自信はないとこ」

「宇宙のくじらって、可能性の象徴でもあるけど、単に事実を言っているだけなのかもって思った」

「それは、男の子の感ってやつ?」

「うん。感といえば感だけど、親和性ってやつ」

「ああウィルの魔法伝承」

「そう。わりと近くにいれば、なんとなくのニュアンスで伝わるっていう余技があるんだよね」


 ぼくの魔法の主たるユースケースは、主に他の魔女の系譜たちの能力行使の精度・コントロールの向上になる。伝承では、『親和性』と銘打たれている。


「なんか、エッチィね」

「別に思考盗聴できるわけじゃないよ。ただ、こちらから仲良くしていて、向こうも仲良くしてくれると。なんとなく阿吽の呼吸というかさ、そこはかとない意思疎通がノンヴァ―ヴァルコミュニケーションとしてできるってだけで」

「まあ、いいけどさ。結局、魔法文明ってなんだろうね。そこまでしてやりたいのかな。あれ、法律的にはブラックでしょ」

「あそこは警固屋守の施設だからね。ウィアベルさんが関係者なら、お咎めなしだろうし。外宇宙の開拓は禁止されていても、調査は禁止されてないから。そもそもダイソンライン関係の法規はまだ未策定なんじゃない」

「ああ、そういう感じのラインついてるんだ。あれからも、ウィルは結構調べているんだね」

「エイプリルは豆の木の世話もあったからね。できる範囲でコツコツと、やっていた感じだね」

「魔法文明って、具体的にどんな感じなの」

「魔女の系譜はさ、ぼくたちみたく伝承された魔法がある。これ、とはいっても血脈じゃないんだよね」

「習ったねぇ。結局、最新の研究だとわたしたちのこれってなんなんだっけ」

「未解明のネイティブ・ギフト」

「まあ、そうだよねぇ。わたしたちの身内でしか再現性ないもんね」

「ウィアベルさんは、その辺を変えたいんじゃないかな。別に魔法を当たり前にとかじゃなくてさ。朝起きたら、雨が降っている、じゃあ傘をさそうみたいな」

「なに、それ。へんてこなコト言うよね」

「雨が降るのは自然な現象だけどさ、コロニー内でも振るよね。各コロニーの気象局が管理しているじゃない」

「あー、そうだね。わたし、一応ピュアなストレートヘアだから影響ないけど、雨の日はくせっ毛の友達とか大変そうだもん」

「雨の日みたいな、そんな当たり前の日常の一つにしたいんだと思う。ただ、梧葉家の伝承魔法でそれが可能になるのかは分からないけどね」

「なるほどねぇ」


 エイプリルがなにか意味ありげな表情を浮かべる。ぼくは気になって聞いた。


「わたし、なんとなくだけど、ストーリーが見えたかな。ウィルはイエスタデイ-トゥデイ-トゥモローの花言葉って知ってる?」

「ううん」

「あの花の花言葉はね夢の名とか、幸運かな。夢の名は移り変わる色へ、自分の夢を叶えていく様を仮託するからだけど、浮気な人っていう花言葉もあるんだよね」

「プラスもマイナスもあるものなんじゃない。花言葉」

「まあね、ただあのヒト。結構匂わせ系見せ球多いからさ。映像ベースだけど、結構いろいろ確認したんだよね。そしたらね、たぶんあの花、イエスタデイ-トゥデイ-トゥモローじゃないよ。魔女の残り香がありそうだったし」


 魔女の残り香というのは、ぼくたちが能力を行使した際に残る何かだ。魔女の系譜同士ならば、なんとなく感知できる。伝承された魔法が使われたかどうかを。


「どういうこと?」

「この時代の種苗の伝承魔法者が協力している可能性があるってこと」


 セカイの種。


 種苗という伝承銘を持つ姉がいる。彼女は草木の取り扱いに長じるけれど、それは副産物にすぎない。本質は、『種子を作り出すこと』。


 釜飯やチーズトーストの出来上がる種子なんかも作ることができるし、スイーツのたねもできる。適切な栄養素を与えれば。

 そして、その真価は架空要素を花開かせる種子を作り出すことができたことにある。

 ちなみに今の時間軸では、アンバーが該当する。ぼくのはとこ、エイプリルの一つ上の姉。


「はは、なかなかの大物だね」

「笑いごとなのかなぁ」

「ぼくが初めて家の名で決めた投資案件だから、最後まで責任は持つよ」


 宗次さんに伏見稲荷で言われたのは、こういうことも含むのだろう。


「まあ、わたしも宇宙をおよぐくじらは見てみたいけどね」


 そのまま、二人で雲を見た。いつかきっと、違った場所で虹も見るだろう。くじらすら、見るかもしれないとぼくはおもった。


 いつのまにか遠く祖母のいる桜の大樹の下にスーツに身を包み山高帽を被った人物が立っている。

 景色の中に溶け込みながら、よく見たら確かな存在感でそこにいるようなヒトだ。それが久しぶりに遠目で祖父をみた印象だった。


「ウィル、行こう」


 先に駆け出したエイプリルから手を差し伸べられる。ぼくは頷いて、彼女の手をとった。


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魔女一族の若様 〜SF世界で魔法を伝承し続けた魔女達は企業経営の名家として暗躍しているようです〜 夕凪 霧葉 @yuunagikiriha

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