第11話
そして、数か月後。
久しぶりに降り立ったホームの太平洋上の宇宙港は、様々に雑多な広告がまじりあいカオスになっている。広告は主に各種の観光地のものが多く、ちぐはぐな印象を受ける。
そこからは、空路で京都近辺の大阪へ移動し、陸路で京都に入った。
一時期は条例を迂回し、低中層マンションやホテルが立ち並んだ街並みだという。ただ現在は駅周辺のラグジュアリー、あるいはハイエンドクラスのホテルを除けばあまり背の高い建物はないように見受けられた。
個客の需要を満たす為、古い町屋を表現したものや、エリアを買い取って滞在型のホテルに変えることで景観を保っているらしい。
少しだけ京都駅から南に下り、街並みをそぞろ歩く。アンドロイドたちが店番を行っている。通行人にはアンドロイドと人が双方混じっているけれど、前者の方が多いように見受けられた。
やがて、商業エリアを抜けて大きな寺院の前までやってくる。
「左手にあるのが、東本願寺。本堂は七十メートルを越え、いまなお残る木造建築です」
ナインズの案内で本堂の中へ入る。静謐な空間だった。ほかの参拝者たちもいて、思い思いの格好で畳敷きの上に座り、あるいは座禅を組み皆同じ方向を見ている。
「これはこれで、独特な世界だね」
静かな声でナインズに話しかける。くすりとナインズは笑ってささやき返した。
「私の古い友人は、大学時代これから向かう木屋町のあたりで朝までのみ潰れた後よくここで寝ていたそうです」
「ナインズちゃん、結構なエリートのハズだけど、交友関係なぞいよね」
こっそり聞き耳を立てていたエイプリルが疑問符を浮かべる。ナインズはエイプリルの頭をなでて、いろいろあるんですよと応じた。
大きな通りと東本願寺のあったあたりから右に折れる。ナインズがいった木屋町通りにぶつかるまで、京都の街並みを三人でそぞろ歩いた。
人の姿はあまりみない、日常的に動いているのはアンドロイドのみのようだった。
「かつてあった、人間の活動をそのままトレースしているようです。朝起きて、井戸で水を汲みながら近所のアンドロイドと談笑し、やっちゃばで野菜を買い、煮炊きをする。豆腐屋へ桶を持って出かけ、七味がなくなったら調合してもらいにでかける」
そんな営みの繰り返しを各種XR空間ではなく、現実で再現することに意味があると考える旦那衆が現在もいるのだという。
「きっと、もっと栄えていたんだろうねぇ」
エイプリルもなにかしら感じ入るところがあるようで、あちらこちらを眺めながら風景を写真に収めたりしている。
木屋町はヒトがところによれば対岸まで飛び移れそうな一筋の川が流れている。その流れに沿って、柳の木がしゃらしゃらと風で揺れていた。
「ここからゆっくり北上していきます」
「町並みはおもしろいけど、わたしおなかがすいたなぁ」
エイプリルの言葉に安心してください、とナインズが応じる。
「おいしいお店があると聞いて、予約しております」
そのまま朝の散歩だとナインズに先導されるままに歩く。清水寺を皮切りにねねの道を通って、八坂神社に入る。そのまま裏手の公園のようになっているエリアを通って青蓮院まで行き、そこから南禅寺の水路閣までを歩きとおした。
全部で二時間くらいだろうか。おなかもすいてきたところで、ナインズに先導されて八坂神社のあたりまで戻ってからの言葉だった。
「祇園のあたりでいっとうおいしい朝餉が食べられるとのことです」
こじんまりとした店で十も入れば、満杯だろうか。朝ごはんをメインにやっているようで、予約でいつもいっぱいだという。
白みその濃厚な中にほろりと口の中でほどける大きな丸い切り株のような大根が浮かぶ。おいしい、というより満たされるという方が近いのかもしれない。椀物だけでなく、ごはん、魚、すべてに満足のいく一汁三菜だった。
満足げな顔をしてぼくとエイプリルがお店を出ると、先に出ていたナインズが宇治抹茶の最中をくれた。
口の中がさっぱりとして、満足度が一段と深まる心地がした。
「次は少し大事なお役目をこなさねばなりません」
真剣な表情で、ナインズに先導されるまま、ぼくたちはついていく。
そして、祇園の町家のひとつに案内された。そのまま二階ではなく、狭い中庭にナインズが出る。片膝をつくと、ぐっと力を入れて石畳を持ち上げた。
「わあ、ナインズちゃん力持ち」
エイプリルは感嘆の声を上げる。しかし、よく見ると石畳ではないようだった。地下室への扉になっている。
「こちらへ」
手短に話すナインズに先導されて、地下へ下る。そのまま、先に降りたナインズとエイプリルの後ろをついていく。地下の道は狭かったものの湿っぽいところもなく、明かりも等間隔に存在していた。
数分、あるいは十数分か。それだけ歩いた後、ナインズが地上へ上がる。すでに、地上側の出入り口は開いていた。
作務衣を着た柔和そうな顔の禿頭の男性が扉を持ち上げている。
三人とも上がると、その男性がこちらへどうぞとぼくたちを先導した。
あたりを見るとどこかのお寺らしい。おそらく寺院の奥まったエリアに出てきてから、さらに奥へと足早に移動する。
「こちらです」
そういって障子の部屋の前で、男性は止まり膝をついてするすると障子を開ける。
「よくきていただきました」
中には白髪の僧侶が一人。ナインズは顔見知りのようで、目礼をした後部屋の中に入った。ぼくたちも同じようにしてから室内へ入る。全員が入ると、障子が音もなく閉じられた。
「この度は、お時間をとっていただきありがとうございます」
ナインズが正座をしたまま、両手をそろえ、額を畳の上につけて礼を言った。ぼくとエイプリルは戸惑いながら、頭を下げる。
「そう畏まらなくても。雛鳥たちが戸惑っておられますよ。この場のことは、まだ知らぬのでしょう」
「恐縮です。ウィル様、エイプリル様ともにこの場についてはまだ説明申し上げておりません」
そこから老人とナインズ双方から、この場の説明を受ける。まとめると、この寺院は時知らず基金の運用現場であり、資金の保管場所でもあるのだという。
「最低限、アエバの御家の方々が入るときには今使っていただいたようなルートを含め、接触を最小限にするようお願いしております」
老人は最後に付け加えた。
「ここには、ウィルが投資した件でナインズちゃん来たんでしょ?」
エイプリルがまさにぼくも気になっていた件を口にする。
「はい」
「事前にご連絡していただいた記録はたしかにございました。およそ百年前、希望の孤児たちに融資しております」
「そうなんだ。よかった」
どこか、ほっとした心地がしたのは否定できない。
それから、しばしお茶とお茶菓子をいただいた後、辞去しまた同じルートを通って、町家から出る。
◇
去り際に祇園の町家まで送り届けてくれた案内のお兄さんがそのまま、街中を少し案内してくれるというので、四人で伏見稲荷という多くの鳥居が集まる神社へと詣でる事になった。
お兄さんは宗次といい、寺社の中でもアエバの御家の担当だという。
自己紹介もすみそれなりに場も温まってきたところで、本殿へと向かう。
その途中、この山で神隠しに逢いかけたという話を宗次さんはぼくたちにしてくれた。
神隠し、あるいは呪いというのは伏見稲荷の御山を健常な青年なら二時間で登っておりてこられる山を、八時間かかったことだという。
「おれはおきつねさんの呪い、だって思ってる」
「呪いに心当たりでも?」
エイプリルがストレートに宗次さんに聞いた。
「ああ、あるよ。街中のアンドロイドたち、あれ夜間とか非番の時、どうしてると思う?」
宗次さんはどこか遠い目をした上で、逆にエイプリルとぼくに問いかけた。
「店舗内か、あるいは町家に帰るんじゃないの?」
「その辺の割合はだいたい三割いけばいい。ほかの町じゃよくあるのが、屋根と壁があって最低限の風雨をしのげる場所にぎっしりと詰め込みとかだな、あとは地下に詰め込みとか」
「でも、ここではそれほどのスペースないんじゃ?」
ぼくも思わず反応した。
「ああ、もちろん。流石に景観が悪いし、じゃあ商業フロアに詰め込んだりしても、人間とは違って百はくだらないウェイトだから、集中すれば床が抜ける懸念もあるんだよ」
「じゃあ地下保管てこと?」
今度はエイプリルが驚きながら確認する。
「この街は千年都市だ。地面の下はいろいろ埋まってるからここじゃほとんど掘れない。だから、山にいるんだ。山に祠みたいなものをいくつも用意してな」
「じゃあこの京都の四方を囲む山にアンドロイドたちは帰っていくんですか」
「ああ。別にアンドロイド愛好家でも、アンドロイド排外主義者でもないが、よくできた作戦だとは思うぜ」
「何か意味があるんですね」
「ああ。わかるか?」
「四方に置くなら壁にしているのだと判断します。何かからはわかりませんが」
「動物じゃない。野生動物の監視モニター代わりにするとか」
「どっちも半分正解。ゾーニング作戦だ。野生動物の警戒センサーがわりでもあり、ヒトの生きる街のエリアと、野生動物が暮らす山野、その間にはもっと多く人間がいた時代には利活用されてきた里山ってエリアがある。それぞれ重なり合っているからどこまでかっていうのは難しいが、廃村になった集落なんかには多く祠をおかせてもらってる」
「おかせてもらってるということは、祠は寺院勢力の主導なんですか」
「そうだな。こんな星の海に若者たちが漕ぎ出でる世の中でもさ、産まれた場から離れられない人間はいるんだ。だから、地域社会と協力してヒトの生活の場として整えている」
それから、宗次さんは動物の繁栄による人里への侵入被害の多発を語った。信仰の側面も確かにありつつ、生活面や危機管理面での対策でもあるということだった。
「でも、そういうのは御山の中でも許してくれるところと、くれないところがある。なんとなくそういう手触りが俺も最近はわかるようになったんだけどな」
宗次さんはどこか照れくさそうに笑った。それから、真剣な表情でぼくに言い聞かせる。
「若様も、感は鋭い方だろう。これから先、多分色々あるだろうけど気をつけてな」
宗次さんの言葉にぼくは静かに頷いた。
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