第10話

「疲れたな。興味深いヒトではあった」

「ウィル様、お疲れ様です」


 重力制御下の部屋でナインズからボトルドリンクを受け取って、ぼくは一息に飲み干した。


「結構、今回はコールの時と違って渡り合えていたんじゃないの」


 エイプリルが小さく手元でぱちぱちと拍手をしている。


「どうだろう。考えればいろいろと他にやりようはあったんだと思うけど」

「いずれにせよ、反省会は現在に戻ってからです。あと数時間で結び目が解けます」


 ナインズの言葉にぼくとエイプリルは頷いて、各自がコントロールデッキに上がる。結び目が解ける際には、内規としてコントロールデッキに座り、シートをつけることになっているのだ。

 コントロールデッキに上がるエレベーターの中でエイプリルから話しかけらる。


「ああ、そうそう。ウィル。ビーコン付きで、要望されたデータを射出しておいたよ」

「エイプリル、ありがとう。あとはこの行いが、どうでるかな」

「あんまり自信なさそうじゃん」


 エイプリルに無邪気に言われた言葉は、正鵠を射ていた。自分の取った行動への自信は正直なところぼくにはなかった。けれど、どこか冷静な熱のようなものが全身に満ちていた。

 きっとこの取引を後悔はしないだろうという確信もある。


 ほどなくしてエレベーターはコントロールデッキに到着し、それぞれが所定の位置につく。


 しばらくして、時間の揺り戻しが始まった。



 白い世界。ただただ真っ白な雪のような何かが渦巻く。ぷつんとそれが途切れ、目を閉じて開けるだけの瞬きの間に世界は変化する。


 見慣れたハンガーデッキだ。アエバ家のドックの船舶管理者が通信を入れてくるので、応じる。


「こちら、ポート・ステート・コントロール。ウィル坊ちゃん、エイプリルお嬢、ナインズの嬢ちゃん。それぞれ無事かい?」


 最近とみにお世話になっている無駄に声のいいおじさんの通信に、なんとか無事に帰ってきましたとだけ応答して、手をだらんと下げた。


「やれやれ」


 とにかく疲労がたまっていた。すぐにシャワーを浴びて寝たいものの、これから検疫処理やらメディカルチェックやら、ステート・レポートの提出が待っているのだ。



 過去の時間枝から戻って数週間後。

 ぼくとエイプリル、それにナインズは再び宇宙区間にいた。


「ナインズちゃん。もっと休みたかったよ」

「我々の住むコロニーから、ホームアースまでは数か月程度かかりますからね。念のためです」


 シルヴァン・クロウ号ではなく、コロニー内の大型宇宙港から出る定期便に乗って地球を目指すことになった。

 他の手段でもよかったのだけれど、ぼくとエイプリルの物見遊山と社会勉強も兼ねてのことだ。


 割り当てられた客室はスリーベッドルームのジャパニーズクラシックスイートで、全員同じ部屋に泊まる。

 客室の中央部にある畳敷きの部屋に三人で集まり、これからのことについて再度確認を行う。


「ぼくたちが持ち帰ったことで、ピースはほぼ全部そろったんだよね」

「ええ。あと足りないのは2点。出町柳駅付近の『出町ふたば』の豆大福と、緑寿庵清水の金平糖です」


 ナインズからすらすらと出てくる用語に面食らう。ぼくもエイプリルも何度か確認してようやくそれが老舗の和菓子だと認識した。


「それが買えるのは、ホームアースの京都ってことだよね」

「ええ。誕生会までにそれを買いそろえて、持ち帰るのが私達の次なるミッションです」


 エイプリルの問いかけに淡々とナインズが応じる。会話の内容でふと気づいたことがあった。ぼくは疑問の声を上げる。


「金平糖はともかくとして、大福はあんまりもたないんでしょ」

「ええ。事前に視察して何個か購入してみて、予備として保存しつつ、当日も改めて買いに行く必要があるかと思われます」


 それからの数か月は、中断していた教育課程のコースをナインズ監督のもとエイプリルとともに進めたり、基礎運動訓練を行ったり、客船内のアクティビティに時折参加もした。

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