『おそいハシカ』

苺香

第1話 『おそいハシカ』

「これまでひとりでいてくれてありがとう」

と彼は言ってくれたのだ。


そんな彼が浮気などするはずがない。何か特別な事情があったに違いない。

…だって、私たちは本当の恋をしているんだもの。


私がこれまでひとりだったのは、ただたんに他に楽しいことがたくさんあって、それらに夢中になっていたらこの年齢になってしまっていただけなのだから。


彼が何か問題を抱えているのらなら、私にも責任があるのだ。

きっと、彼は変わってくれるはず。

私が愛することで、気が付くはずだから。


彼が夢を持っているのなら、全力で応援しなくっちゃ。

幸い私はこれまでずっと仕事を続けてきたのだから。


彼が悲しむと、私もかなしくなるんだもの。

彼が笑うと、私も楽しくなるんだもの。


彼のおうちはとても散らかっているから、私がお掃除してあげなくっちゃ。

彼が困ると可哀そうだから。


彼はお野菜が嫌いだから、お料理も気をつけなくっちゃ。

彼が辛いと可哀そうだから。


彼が、彼が、彼が…

私が彼を支えるんだ。


これまで、楽しかったことなんて、もうどうでもいいから。





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『おそいハシカ』 苺香 @mochabooks

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