原初の記憶【短編】

桜川ろに

原初の記憶


 ──人には誰しも『思い出してはいけない記憶』がある。これは開けてはならない"パンドラの箱"を開けてしまった、一人の少年のお話……



 ……それは僕が学校帰りに立ち寄った、奇妙な店での出来事だった。


 地元の商店街で不覚にも父の日のプレゼント選びに1時間近く費やしてしまった僕は、『中学生男子のお財布事情』と『父の喜びそうなもの』という需給曲線の交点を何とか導き出し、帰路に就こうとしていた。

 しかし商店街の片隅にふと見覚えのない店が出来ていることに気づき、興味本位でそこに入ってしまう。陰気な店である。店の壁にはこう書かれている。『眠っている貴方の運命を占います』……どうやらここは占い師の店らしい。

 何かが見えているのか、受付の人は一目見て僕を奥の特別な部屋へ案内した。そこには只者ではない雰囲気の占い師が、大きな水晶玉を前にして座っていた。


「人は誰しも忘れていくものです……大事な事も、そうでない事も。迷える子羊よ、貴方は気になりませんか? 自分自身が忘れてしまった記憶を……ここでは望むなら、自身の喪われた記憶を、再び忘却の帳から取り戻すことができます……どうです? 試して行きませんか?」


 『喪われた記憶』。そのワードに興味が湧いて来た僕は、占ってもらおうか悩む。「勿論、中学生相手に儲けは期待していませんよ」と特別に500円で占ってくれることになり、それならと僕はその占い師にお願いしてしまった。「見えるのは水晶玉に?」「いえ、実際に目にすることになるのです」


 ──そして僕は、『自分自身の記憶』をこの目で垣間見ることになる。



 …………



 それから1時間後。

 記憶を見終わった僕は、思わず占い師に訊ねていた。


「この記憶、消すことはできませんか?」




  *  *  *  *  * 




「おうカズキ、お帰り」

「……ただいま」

「なんだ今日は元気がないな」


 帰宅した僕は、優しく声を掛けてくる父とそんなやり取りを交わし、真っすぐ自室へ向かった。……ひょっとして、今のは少しぎこちなかっただろうか。今はちょっとした変化でさえ気取られたくなかった。特にには……そして僕はバタンと部屋のドアを閉めると、厳重に鍵を閉める。


 ──あの時見せられた占いの記憶、それは僕が赤ん坊の頃のものだった。




 生まれたばかりの僕を幸せそうに抱く両親の姿。だが……2

 



 ……赤ん坊の取り違え、そういうものがあるらしい。


 目の前にあるのは、『DNA検査の結果』と『父の日のプレゼント』。ああ……僕は頭を抱える。好奇心で覗いてしまった"パンドラの箱"、そのせいで僕の日常は一変してしまった。



 ──これから一体、僕はどうすればいい……?



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