第20話 ありえない

 奴隷商人をいったん下がらせる。

 メロは自分とほぼ同じ年代の女の子の奴隷に興味津々で、エリシアと一緒に奴隷とおしゃべりに行った。

 族長の執務室、ここにいるのはおじさんと俺。

 そして、バルバディア王国の貴族、サルデア・ガル・クインターノと名乗った男とその従者たち。

 サルデアはひげをたくわえた壮年の男で、腰にはサーベルのようなものも下げている。

 ふんぞり返っているサルデアの前でおじさんは親書を開く。

 その内容。

 それは……。


「……とうてい受け入れられない」


 おじさんはそう言った。

 

「シャイニングドラゴンクリスタルを渡せと!? 我がダイバクローナ族の統一の象徴だぞ!? まったくありえん!」


 俺もそう思う。

 ありえない。

 ありえない。

 あってはならない。

 この事件が起こるまであと二年半近くの時間がまだあったはずだ。

 王は健在で王太子はまだ実権を握っていない。

 なんでこのタイミングでこのイベントが起きるんだ?

 

 そう、これもバタフライエフェクトであった。

 俺たちがジャイアントインプを倒した件は、古代ドラゴンを倒して莫大な経済力を手に入れた、という話にすりかわって世間の噂となっていた。

 それを聞いた王太子が俺たちダイバクローナ族が脅威として成長する前にシャイニングドラゴンクリスタルを手に入れようと前倒しで動いたのだ。


 だけど、ある意味チャンスでもあるんじゃないか?

 なぜなら、今現在まだ王太子は人間の王国の権力をすべて手に入れたわけじゃない。

 王太子と拮抗した勢力を持つ王女と立場は対等で、そこをつつけばなんとか……?


 だがそんな悠長な工作をしている暇はなさそうだった。

 親書を持ってきたサルデアはおじさんや俺たちを見下すような視線でこう言った。


「今、この場で引き渡せ。王太子殿下のご命令であるぞ」

「我々は人間の王国に臣従しているわけではない。『命令』とやらに応じる義理はないぞ」

「その通り。お前らはわが王国の民ではない。ただの辺境の魔族に過ぎない。討伐対象であるぞ」

「我々を討伐しようというのか? 周辺のほかの魔族も黙ってはいないぞ」

「すべて蹂躙してくれるわ」


 やばいやばい、これ俺たちの一族が虐殺されるルートに入ってるぞ。

 一触即発の雰囲気。



「魔族の本拠地にたった五人で乗り込んで、あまり大きな口を叩くものではないぞ」


 おじさんもほとんどやる気モードだ。

 そりゃそうだ、日本でいえば三種の神器を渡せって言われているようなもんだからな。

 たかだか二千人の一族とはいえ、その象徴をこんな無礼な言い方で引き渡しを要求されたらこういう返答にもなるだろう。


 と、そのとき、従者がなにかをサルデアに耳打ちした。

 サルデアは目を細め、自分のヒゲを撫でながらおじさんの背後にある壁を眺める。


「……そこにあるのがシャイニングドラゴンクリスタルではないか?」

「答える義務はない」

「いますぐそれを引き渡せ。私も手ぶらでは王太子殿下のもとには帰れぬ」

「お引き取りを。金品による貢物をささげよというのなら考えても良いが、シャイニングドラゴンクリスタルだけは渡せぬ」

「そうか、ならば……。おい」


 サルデアが顎をクイッと曲げて従者に何かを命じる。

 その直後、従者が魔法の詠唱をはじめた。


「我が王の名のもとに神のお言葉を拝す。神はおっしゃった、地の底より力を集め、王のために働けと。召喚サモン!」


 ドォーーーン! という轟音が鳴り響く。

 この広いともいえぬ執務室の中に、身長二メートルを超そうかという石像のようなものが現れでた。

 上級魔法である召喚術で呼び出せる人間の下僕、ゴーレムだ。


「貴様、たった五人で我ら一族を相手にする気か!」


 おじさんが壁に飾ってあった剣を手に取る。

 俺も腰に下げていたボロボロの剣を抜いた。


「見たところ衛兵もいないではないか。ここでお前とそこのガキを殺し、クリスタルを持って帰るだけの仕事だ。それだけで私は所領を増やせるのだ。私をただの下級貴族と思うなよ。お前の前に立っているのは何度も実戦を経験したナイト号を持つ騎士である!」


 サルデアもサーベルを抜き、俺たちにその剣先を向けた。




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ゲーム世界で未来の大魔王の叔父に悪役転生したんだが、大魔王になるはずの姪っ子が中二病すぎてつらい件。 羽黒 楓 @jisitsu-keeper

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