第19話 親書

「うーん、奴隷か……私たちの部族では奴隷はあまり使わんのだが……」


 おじさんは渋い顔をしてそう言い、おばさんも、


「私たち魔族が人間の奴隷を持つなど……。奴隷なんてかわいそうで見てられないわよ」


 なんてことを言う。


 まあそうだなあ、俺たち魔族にはもともとそういう文化はないし、金貨25枚っていったら日本円で500万円。

 まだ15歳の俺はもちろん、族長であるおじさんにとっても気軽に買える値段じゃないし。


「まああれだな、お引き取り願おうかな」


 おじさんがそういうと、じいさん商人は慌てた様子で、


「いやいやいやいや! せっかく旅費をかけてここまできたのに……。そうじゃ! レンタル! レンタルではどうですかいのう」

「レンタル?」

「はい、一か月だけ銀貨二枚でいかがですじゃ?」


 ちなみにこの世界、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚分の価値がある。

 銅貨1枚で200円、銀貨1枚で20000円、金貨1枚で20万円分くらい、と思えばまあざっくりあっている感覚だ。


「うーん、そうはいってもうちの部族は奴隷を使わんし……」

「それは奴隷の便利さを知らないからですじゃ! なんとしてでも私はこの部族に奴隷のよさを伝えたい……。というか、今はこの子だけですが、これからも十人単位で奴隷を発注して次から次へとこの村にくる手配をしてしまってるのです。ここで商売できなかったら破産ですじゃ……。せっかく奴隷がいきわたっていない部族と聞いたからビジネスチャンスと思ったのに……」


 なるほど、奴隷が使う風習がないから商売できない、と考えるのではなく、奴隷の風習を広めれば大儲けできるブルーオーシャンだと思ってこいつらここにきたのか。

 まあ商売人としてはアグレッシブでいいけどさ。


 しかし、俺としてもこの子を今ここで手に入れておきたい。

 なぜなら、この子がおそらくこのゲームの主人公で、キーマンなのだ。

 ジャイアントインプを倒して報奨金をもらったことが噂となって、本来ならここに来なかったはずの主人公が俺の目の前にいる。

 偶然が起こしてくれた奇跡的な出会いである。


 この世界で大魔王メロルラーナを倒せる唯一の存在、それがこの子だ。

 いまのうちに仲間に引き入れちゃえばさ、今後の展開にもちろん有利になる。


 どういっておじさんを説得しようか?


 俺みたいな15歳の若造がこんな美少女を奴隷にしたいとかいったら変な勘繰りをされて保護者たるおじさんやおばさんが絶対に許さないよなあ……。


「じゃあこうしましょう! お試しで! お試しで、銀貨二枚で半年レンタルいたしますぞ! どうです、ありえないほどのお得感ですぞ? そのかわり、この村での商売を許していただきたい」

「うーん……」

「ただし処女であるところは売りのひとつでありますのでレンタル期間のあいだはそこだけは守っていただきたい。どうです? 半年で銀貨二枚ならばもうただみたいなものです。そのかわり、どうか、どうかこの村での商売を……!」


 まあある意味でのワイロみたいなもんになっちゃってるな。

 こういうのは古今東西どこでも聞くけどさ。


 そのあいだにも、メロはその子にいろいろ話しかけてる。


「くっくっく……我は次期ダイバクローナ族族長にしてダークネスドラゴンファイヤーデストロイヤー騎士団騎士団長、メロルラーナ・コラトピ・ダイバクローナであるぞ! で、主の名前は?」


「トリィ……、です」


 トリィと名乗った銀髪の奴隷少女は、緊張して震えている声で答える。


「トリィ! いい名前じゃ、我が部下にふさわしい! で、お主の得意な技はなんだ?」

「技……? よくわかりませんが、お料理はみなさんに褒められます」

「……お料理……! ……お菓子とかは?」

「もともとお菓子屋さんで奴隷をしていたので……。ケーキを焼くのは本職です」


 メロはその場でピョコン、と飛び跳ねると、


「我が偉大なる父上……じゃなかった、パパァ!」


 ずるいやつだなあ、パパと呼んだ方がおじさんが喜ぶのを知っていてこういうときに甘えた声を出すのだ、メロってやつは。

 将来大魔王になられるのも困るが、男を騙す悪女になられるのもいやだなあ。


「ね、ね、パパ、あたしこの子と友達になりたい! ね、ね、ね、いいでしょパパ?」

「うーん、どうしようかなあ」


 おじさんが迷っているときだった。

 突然、別の客人が俺たちの家を訪ねてきたのだ。

 客人?

 そうは見えない、鎧と槍で完全武装した兵士が守る立派な馬車が一台。

 その中には下級貴族と見えるおっさんが偉そうに降りてきた。


 それを見た瞬間、奴隷商人のじいさんとトリィはその場にひざまずく。


 俺たち魔族は人間たちのプロトコルとは関係ない、というか族長としては人間のバルバディア王国の王とは対等だという建前を持っているので、おじさんはよりいっそう胸を張ってその貴族に問うた。


「なんだ? われわれは今商談中だ。要があるならあとにしてもらおうか」

「ダイバクローナ族の族長、ゲドルド・プロン・ダイバクローナだな? 我が国の王太子からの親書を持ってきた。うやうやしく受け取れ」





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