第18話 12歳の処女奴隷 認定書と鑑定書と登記簿付き
バタフライエフェクト、という言葉がある。
蝶がはばたいてできるごく小さな空気の動きが、遠く離れた異国の地の気象にまで影響を及ぼす、という言葉だ。
まさにこれはバタフライエフェクトだな、と俺は思った。
15歳の成人になったばかりの農耕魔族の若輩者と17歳の人間のメイドがジャイアントインプを討伐した件。
その話はごくごく軽い噂話として地域全体に広がり、そして人間の王国まで広がった。
娯楽のない中世世界では、噂話というのは今よりもはるかにエンターテイメントとしての側面が強く、こんな小さな事件でも人から人へと伝わっていくのだった。
それはこの大陸の人間に広く信じられているパルート教の少数派の一派、サリア派にも伝わり、モンスターは絶滅させるべしという強固な教えで教団の結束力を高めていたサリア派の教会から金一封が俺たちに贈られた。
銅貨10枚。
日本円になおすとせいぜい2000円ちょっと。
証書で送られてきたが、はっきり言って郵便料金(一応この世界では郵便という概念がある)の方が高いくらいだ。
おじさんはお小遣いとしてそのまま俺たちが使っていいと言ってくれたので、ちょっとしたお菓子を買ってメロとエリシアで三人で分けて食べた。
その話はこれでおしまい。
には、ならなかったのだった。
この銅貨10枚の話がまた噂となって広がるにつれ、面白おかしく語る人たちがでてきて噂話としてどんどんと大きくなっていったらしい。
噂というのは古今東西、広がるにつれ脚色され、大きく盛られていく。
インターネットどころかテレビもラジオもない時代、商業主義にまみれた新聞は噂をさらに大きく大げさに書き立てた。
古のドラゴンを魔族の若者が倒し、パルート教から多量の金貨が贈られた、なんとその数1000枚!
んなわけあるかぁ!!!!!!!!!!
おいおいおい、金貨1000枚を日本円にしてなおすと2億円以上になっちゃうぞ。
そんなにもらっていたらもっと豪遊していたわい!
そして、今度はその噂を聞きつけた商人たちが俺たちの村によくやってくるようになった。
俺たちにモノを売りつけて金貨1000枚のうち何枚かを儲けようという商人たちだ。
購買力のあるところに商人は集まるものなのだ。
もちろん、俺には商人からなにかを買うような経済力はないんだけど、それでも村は商人でにぎわい、村で出会った商人同士が取引を始める。
すると地域の経済活動が活発になって冬になるころにはただの農村だったうちの村にもいくつかの商店ができた。
なんでこんなことになるんだとは思うけど、ま、情報の伝わり方が現代日本とは全く違うからな。
そしてそんな商人たちの中には、とある品物を売る者たちがいた。
そいつは、やせっぽちで歯のかけたじいさんが率いる三人ばかりの商人グループだった。
「へへへへへ。これはこれは族長様、それにお嬢様に……こちらが噂の弟君様!」
弟君って。
そんなたいそうなあれじゃないぞ、俺たちの部族なんて。
「さらにはそこにいらっしゃるメイドさんがメイドギルドの将来のエース殿ですな! さすがお美しい」
「あらいやですわおほほほ」
エリシアもまんざらではない表情だ。
「うむ。お前は何の商人だ? 詐欺師のたぐいでないならばうちの村での商売を許すが……」
おじさんがおごそかにそう言う。
商人といっても玉石混交だからこうやって商売の許可はおじさんが出すことになったのだ。
「くっくっく、なんこういい感じにかっこいい魔導書などあるか? うう! 我が右腕が生贄を求めておる! 我のこの魔なる腕がその力を開放する前に魔導書を出すのだ!」
「メロ、お前は黙ってなさい」
おじさんに言われてシュンとするメロ。
いやそれマジな話なんだけど……。もちろん、おじさんには心配かけたくないから言わないけどさ。
「へっへっへ、仕入れの関係で今日は商品が一つしかありませんが、本当の極上品ですよ。外にありますから、ぜひ見てやってください」
俺たちが外に出てみると、そこに『陳列』してあったのは。
雪こそ積もらない地方だけど、冬の寒い空気の中。
そぐわない水色のワンピースを着せられたかわいらしい一人の少女だった。
銀髪の長いさらさらの髪。
青い瞳、白い肌。
まだ幼さが残っていて、メロよりちょっと年上くらいに見える、びっくりするほどの美少女だった。
ただし、清楚な少女ってだけではないことを示すかのように、その白い肌の首には、奴隷であることを示す革の首輪がつけられている。
「ちゃんと管理しておる極上の一品です。国の魔導印が押してある間違いない商品ですぞ! 12歳の処女です! 認定書と鑑定書と登記簿付きです。どうです、金貨25枚では?」
奴隷か。
奴隷……。
俺たち魔族といえど、奴隷を飼う風習は薄くて村人で奴隷を使っている家は一軒もないんだよなあ。
この世界においては奴隷はわりと高価な商品で、日本で言うなら新車を一台買えるくらいの値段はする。
なんというか、アメリカの黒人奴隷というよりは古代ローマの奴隷に近い感じかな。
奴隷にも財産の所有権があり、高い教育を受けさせられ、時には主人の家の家庭教師をつとめたり、家令をつとめてそれなりの権力を持つこともあった。
なんなら自分で自分を買う、という方法で奴隷の身分から解放されることも可能だ。
いや、でもそんなことより。
少女が首に着けている首輪に俺は見覚えがあった。
光沢のある黒い革の首輪、真ん中にはなにか魔石のようなものが埋め込まれている。
見覚えがありすぎるぞ、この首輪。
この首輪は彼女の親から受け継いだもののはずだ。
そして首輪の魔石はゴッドタイガーの左目でできている、世界の至宝である。
スパークリングタイガークリスタルと呼ばれる。
王太子から奪ったシャイニングドラゴンクリスタルと合わせると奇跡的な力を発揮するのだ。
そしてラスボス大魔王メロルラーナ戦において大魔王の究極破壊魔法を封じる役目を果たす――。
つまり。
まさか。
まさか!
この子が、このゲーム世界の主人公か!?
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