第9話 右ストレート一閃
あいとエーリルは商業区内にある宿屋から冒険者ギルドへと比較的短い距離を道草を食べながらてくてくと歩き、ようやくギルドに到着したのだった。
「たのもー!」
「もー!」
「あんだと?!」
「煩い喚くな」
あい達は大きな木製のドアを引いて開け元気よく挨拶をしながら中に入ったが、しかしその声はさらに大きな怒声にかき消されてしまった。
確か最初は受付に行くんだよね。
先程エーリルに教えて貰っており、冒険者登録手続きは受付で出来ることを知っているのだ。
辺りを見回し受付カウンターの様な場所を見つけたあいは小走りでカウンター前までやって来た。
受付カウンターの前には二人並んでいるが、どうやらその二人は先程から口喧嘩をしている様子。
一人はイカつい顔したスキンヘッド重装甲のプレイヤーだ。先程から一番大きな声を出している。相当頭に血が上っているようだ。
ネームプレートは見えない、どうやら非表示の様だ。
非表示に出来ることは菜々子に教わった。
あいも今は非表示である。
もう一人は、横顔を見るに先のプレイヤーとは違い甘い顔した金髪のイケメンさんで、目元の泣きぼくろが印象的だ。軽装甲であり動きやすさ重視な装いで背中には大きな緋色のマントがある。こちらはネームプレートがあり、名前はシエルさんでNPCだ。
周りをきょろきょろ見回してみたら周りの人々は、茶化したり興味が無かったりとこの喧嘩を止める気は無いみたい。
この二人の奥にあるのが多分受付カウンターだし、ここで喧嘩してたら他の人が使えないよね。
そう思い、二人に一つ聞いてみる事にした。
「あのー取り込み中ごめんなさい、ギルドの受付ってここで合ってますか?」
私みたいな部外者が変に喧嘩を止めても火に油を注ぐことになる事だろう。
それは小学生の時に男子同士が喧嘩になっている所を止めに入って更にヒートアップしたのを経験した事があるからだ。
だから止める言葉では無く質問をしてみた。
「ああ、すまない。受付はここだ。今この煩い奴を退かすから待っていてく……れ…………か、か、かか、かわい…………………」
振り返ったシエルさんはそのイケメン顔が勿体ないくらいの惚け顔で固まってしまった。
私の顔に何か付いてるかな?
「んだぁ?どうした聖剣様よぉ?……なんだこのちんちくりんは、俺様の邪魔するんじゃねえぞ」
「はっ………失礼、突然で申し訳無いが、お名前を伺ってもよろしいか?」
直ぐに復活したシエルさんが少し屈みながら私と目線を合わして名前を聞いてきた。
「ふぇ、名前ですか?アイちゃんです!」
勢い良く右手を挙げ元気に挨拶した。
「か、かわ………こほん、私の名はシエルだ、よろしく頼む」
「かわ?」
「いや何でもない。ん?口元に何か付いてるぞ?」
「ふぇ?あ、さっき食べた串焼きのタレかな」
「ふふ、おっちょこちょいだな。どれ私が拭いてやろう」
「わーありがとうございます!」
「おい俺様を無視するんぶひゃっ!!!」
私の口元を拭こうとしたシエルさんの肩に手を掛けようとしたスキンヘッドさんを、シエルさんは目にも止まらぬスピードで振り返りながら躱し横顔に全体重が乗った強烈な右ストレートが入った。
スキンヘッドさんは面白いほどに吹っ飛んでいき十メートル先の壁に頭から激突した。
街の中だとプレイヤーはダメージは受けない。
しかし、その衝撃は凄まじいものだったのだろう、ピクリとも動かなくなった。
「ふぇ?」
一秒にも満たない一瞬の出来事をあいは理解出来ていなかった。
その一連の流れで口元のタレも綺麗に拭き取られている事さえも。
「煩くしてすまなかったな、アイちゃん殿。お詫びと言ってはなんだが何か困った時は私に相談してくれ。この様に腕っ節には自信がある、力になれるであろう」
「え、シエルさんが今のやったんですか?」
「ああそうだ、もうちょっとゆっくり、分かりやすくやるべきだったか?」
「全然見えなかった…!シエルさんは強いんですね、かっこいい!」
「かっこいい、か……………ふひ」
シエルさん表情は変わってないがとても嬉しそう、変な笑い方してる。
「そうだ、フレンド登録をしておこう。アイちゃん殿よいか?」
「はいっ!こちらこそよろしくお願いします!」
相手がSランク冒険者だとはつゆ知らず、あいはシエルをフレンド登録をするのだった。
☆☆☆
「おーい」
「はぁ〜、シエラ様カッコイイわぁ……」
「おーい、ジェイミーちゃんおーい!」
先程まであいの後ろで隠れてたエーリルは受付嬢のジェイミーとは面識がある様で、ここぞとばかりに出てきたのだが、当のジェイミーはクエスト達成報告を済ませ去っていったシエルにご執心のようで暫く心ここに在らずだった。
「あら、エーリルちゃん居たの?」
「さっきからずっと呼んでるよ!」
「初めましてジェイミーさん、私はアイちゃんです!」
「はい初めまして、うふふ、元気いっぱいね」
ジェイミーは一言でいうとお姉さんという感じ。
普段からおっとりしていて、そして滲み出る包容力は数多のプレイヤーをバブらせ『ママみのジェイミー』という異名までついた歴戦?の受付嬢だ。もちろんおっぱいはでかい。
「今日は冒険者登録とクエストを受けに来ました!」
「登録ね、では隣にある石版にてをかざしてちょうだい」
カウンター上のすぐ脇にある手のひらより少し大きめの長方形の石版に手をかざした。
すると白色の魔法陣が浮かび、二秒ほどで消えてしまった。
「はい、もう終わりよ。もう手を離してもらっていいわ」
「はやいっ」
「これが冒険者カードね」
「ありがとうございます!」
カードを受け取ったあいはメニューを開きアイテムボックスに入れた。
「そのカードは常に持っておく必要は無いけど、何かと使うからアイテムボックスの隅に忍ばせて持っておくのをオススメするわ、身分を証明するのに便利だから」
どうやらこのカードで身分証の役割も担っている様だ。
「そんな身分を証明するものが簡単に作れて大丈夫なんですか?」
「あら、うふふ、アイちゃんは賢いのね。さっきみたいに石版でスキャンした時にちゃんとチェックしてるから、よっぽど悪い事をしてない限りは大丈夫なの」
「悪い事?」
「そうよ、折角だからアイちゃんに教えてあげるわね。いい?この世界で一番悪い事はNPCを殺すことよ」
「NPCを?」
「ええ、プレイヤーとは違ってNPCは死んじゃうともう生き返ることはないし、この世界のNPCは簡単に死んじゃうの。不慮の事故だったりモンスターに襲われたり、殺人もその一つ。どんな理由があろうとも、当の本人がゲーム感覚だとしてもそれは殺人と一緒でしょ?何処からか湧いてくるゴブリンみたいなモンスターとは違う、私やエーリルちゃんみたいにちゃんと意志を持って生きているという事を覚えていて欲しいの」
「分かりました………あの、もし殺しちゃったらどうなるんですか?」
「それは相手にもよるけど……そうね、もしアイちゃんが善人のNPCを殺しちゃったら、冒険者資格の剥奪や公共の施設の利用が出来なくなったり、最悪はお尋ね者になっちゃうかもね」
「お尋ね者…!」
お尋ね者になんてなったら、菜々子とは遊べなくなるかもだしエーリルとだって一緒に居られなくなるかもしれない。
そんな悲しい事は嫌だし、この世界に生きる人々を手に掛ける様なことは絶対にしないと決意するあいだった。
「うふふ、こんな話をしても楽しくないでしょう?他の話をしましょう。そういえばアイちゃんはクエストを受けに来たのよね?」
「はっ、そうでした、ジェイミーさん私に合うクエストはありませんか?」
「んーそうねぇ、アイちゃんはまだちゃんとした武器は持ってないみたいだし、紹介出来るのは薬草採取かくらいかしらね」
「はい!私薬草採取得意です!」
「そうね、エーリルちゃんがいれば薬草採取は簡単よ」
「アイちゃん様、私にお任せ下さい!私にはパッシブスキル【薬草知識】がありますので見分けるのは朝飯前です!」
「おー!エーちゃん凄い!エーちゃんがいれば百人力だね!」
「そうです!エーリル百人です!」
そうして、あいとエーリルは街のすぐ側にある草原へと繰り出し薬草集めに奔走するのだった。
殺伐としたVRMMOで飼育係始めました! 屁理屈 @rikutsu
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