カーネーション・リンカーネーション
棚霧書生
カーネーション・リンカーネーション
『生まれ変わる体験をあなたに! カーネーション・リンカーネーション』
カーネーションの花束を胸に掲げた綺麗な女の人がこちらに微笑みかけている。花びらが弾けるように舞い上がるのとともに、しっとりとしたハープの音色が流れ出す。
「最近、リンカーネーション流行ってんのかな、CM回数エグくない?」
“カーネーション・リンカーネーション”は輪廻転生をビジネスとして行っている会社だ。今ある肉体を捨てて、新しい肉体に移ることができるのがウリで今までの記憶を残すかどうかはオプション選択できるらしい。倫理的にどうなんだろーね、って言われて昔は結構風当たりが強かったらしいが、最近は気にする人が減ってる。実際に生まれ変わりをした人数が増えてきたから悪く言いにくいみたいなのがあるらしい。時の流れ、強し。
大画面から目をそらさないまま、隣でだらけているタマキになんとなく話を振った。特に深い意図はない。
俺たちは大学の期末考査期間で講義がないのをいいことに勉強もせずにYouTubeのおもしろ動画を垂れ流していた。タマキの家のデカい液晶画面とソファ、それにコーラとポップコーンを揃えれば、怠惰を極めるのには最強の環境だった。
「ユズハはああいうの興味あるの?」
「あーね、どうだろ。わかんね、まだ大学生だし。タマキはどうよ?」
「僕は、割といいと思う。生まれ変わり」
「マ? なんか、怖くね。CMでは明るくて爽やかな感じにしてっけども、リンカーネーションするのって……行き詰まった果てみたいな?」
人生リセットしたいからって理由でリンカーネーションする人がいて、でも、リセットが癖になって何度もリンカーネーションしてしまう人の話を特集で見たことがある。死なない安楽死みたいなヤバさを感じた。
「実際そういう人もいるだろうね」
タマキが人生を知り尽くしたベテランのようなシリアスな声音でそう言ったものだから、俺は笑ってしまった。
「今のセリフ、ちょっとくたびれたおじさんみたいだったよ、んははッ」
「まあね、僕はユズハよりはおじさんだから」
「同い年だろうが」
「違うかもよ?」
「ハハッ、ハハハ……!」
俺はタマキが冗談を飛ばしたのだと思った。けれど、じっと俺を見つめてくるその目は笑っていなかった。タマキは俺がどう出てくるか見ている。なにかを見定めようとしているみたいだった。
「あのさ……タマキとは小学校からずっと一緒だったじゃん」
「それ考えると付き合い長いよね」
「え、ちょっと待ってくれる?」
「シンキングタイム? いいよ。動画も一旦止めとこうか」
タマキが動画の再生を停止させた。リンカーネーションの宣伝動画はとっくに終わっていて、画面には人気アニメキャラの雑なコスプレをしたユーチューバーが変な表情のまま固まっている。今、俺が感じてる張り詰めた雰囲気とまったくあってなくて、間抜け度が増している気がする。俺は生まれ変わってもネタ系ユーチューバーには絶対にならないだろうなと薄っすら頭の片隅で思った。
「タマキは生まれ変わりを……リンカーネーションをしてるってこと、だったり、なんだったり、しちゃったりする?」
ふざけた聞き方にしたのは真剣になりたくなかったから。いつもみたい遊びでじゃれてるテンションでいきたかった。タマキ相手に今更、身構えるのはなんか違う気がした。
真顔で見合って見合って、あっぷっぷ状態で十秒くらいしたあと、堪えきれずに噴き出したのはタマキだった。
「…………ふふっ、はっ!」
「なんだよ!! はっきりしろよ! お前、リンカーネーショナーなんだろ、そうなんだろ!」
「いやぁ、そうだけどさぁ」
「俺の推理、ちゃんとあってんじゃん!! 笑うとこないって!」
「もうちょい、シリアスめな空気を想像してたからさ」
「今から、重めにしてやってもいいんだぞ! お前ッ……この俺に生まれ変わりのことを一言も話してくれていなかっただなんて、ありえなくってよ! 精神的ダメージを負いましたわッ慰謝料をお支払いなさぁい!!」
「なんで途中からお嬢様口調入ってるんだよ、意味わからないって」
「当たり屋お嬢、ブンブンブーン!」
俺はバイクをふかす真似をしながら、頭からタマキに体当りする。ソファが二人分の体重を受けてバフゥと鳴った。
「うわっ、ちょっ…………それ暴走族も入ってない?」
「暴走族当たり屋お嬢?」
「キャラが渋滞してるって」
「お謝りなさーい、でないとはね飛ばしますわよぉ!!」
「物騒だな」
タマキを押し倒した格好のまま、ケラケラ笑う。俺の耳にはタマキの笑い声もダイレクトに届いている。俺はタマキの一番、近くにいる。
「で、タマキは俺になんか言いたいことあんの?」
「ん~……特にはないかな」
「ないのかよ!!」
「ないねぇ。まあ、精神年齢が実はユズハよりだいぶ上なのは言っておこうかなと思っただけ。生まれ変わりの話を振られたし、ちょうどいいタイミングかなって」
「ええ……そうなんかぁ……」
「そうなんよぉ……ごめんね、経験値豊富で。僕のほうが年上だってわかったことだし、敬ってくれてもいいんだよ?」
「精神年齢とか知らね。タメだろうが」
「本当にそう思う?」
タマキが自然な仕草で俺の頭を撫でる。もしかしたら、生まれ変わる前のタマキには子どもがいたのかもしれないと感じる触り方だった。
俺なんてまだ女とも付き合ったことがないのに、タマキは結婚してたかもしれないし、子どもがいて……孫もいたかもしれない……。
「なんでリンカーネーションしたんだ……?」
ただ単純に死にたくなかったとか別の人生を歩んでみたかったとか思いつく理由はいくつかあるけど、俺にはどれもピンとこなかった。
「それはね……」
「それは……なんだよ?」
タマキがやけに言葉をためるものだから、俺は我慢できずに先を促した。
タマキが口元に手を当てて内緒話をするポーズをとる。どうせ部屋には二人きりなのにな、と思いながらも俺は耳を貸した。
「ユズハに出会うためだよ」
バッと慌てて体を離すと喜色満面の笑みを湛えたタマキの顔がそこにあった。
終わり
カーネーション・リンカーネーション 棚霧書生 @katagiri_8
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