夕方五時の
大隅 スミヲ
第1話
学校からの宿題で、父の仕事についての話を作文に書くこととなった。
いつも忙しそうにしている父の仕事について、きちんと話を聞いたことがなかったので、わたしは少し緊張していた。
父の帰宅を待ち、父が缶ビール片手に食卓へ座ったところで話を聞くことにした。
父はスーパーなどに商品を棚卸しする仕事をやっている。普段はあまり話さない父が、今日は珍しく話をしてくれた。
これは、あるスーパーでの出来事の一部始終だ。
※ ※ ※ ※
「ほら来たよ、あの人だ」
警備員室のモニターを見つめながら年配の警備員が言った。モノクロの画面には、生鮮食品売り場の様子が映し出されており、そこには一人の若い女性が映し出されていた。
「間違いないですね、彼女だ」
警備員の隣りにいたワイシャツ、ネクタイ、スラックスといった姿の上にエプロンを付けた男性が、手に持った1枚の写真と映像を見比べながら言う。彼はこの店を仕切る店長だ。エプロンの胸には『店長・児島』という名札がついている。
「いま何時だ?」
「えーと、4時50分です」
店長の問いかけにパート従業員である三田村頼子が答えた。頼子は髪の毛を後ろで一つにまとめて団子状にした黒縁メガネが印象的な女性だった。歳は四十代前半といったところだろうか。家に帰れば、中学生の娘と小学生の息子が待っている。
「時間があまりないな。よし、高井さんに足止めをしてもらおう」
そう言って店長は小型のレシーバーを手に取る。
「高井さん、高井さん。試食品のウインナーを出してくれるかな。そう、例の女性がちょうど生鮮食品コーナーにいるんだ。そこでもう少し足止めをしたい。ああ、そうですね。お願いします」
店長が無線を机の上に置くと、モニターの端の方に高井の姿が現れた。
高井は大柄で縦にも横にも大きな身体をした従業員のひとりだった。彼の受け持ちは精肉担当で、きょうは特売のウインナーの試食をしてもらうためのコーナーを受け持つ事になっていた。
ウインナーはまず軽く下茹でをしてから、ホットプレートの上で焼く。これが一番おいしいウインナーの焼き方だと高井は言っていた。
高井が生鮮食品売り場に現れたことで、人が集まってきた。高井の試食は人気があるのだ。
店長の読み通り、彼女も高井の試食コーナーで足を止めている。
調理が終わり、爪楊枝を刺したウインナーを高井は彼女に手渡す。
「どうです、おいしいでしょう。調理はひと手間加えるだけでこんなに変わるんですよ。さっと沸騰したお湯にくぐらせるだけです。お湯にくぐらせることで、ウインナー全体が温まって、焼いたときに熱が全体に行き渡りやすくなるんです。ね、パリッという感触とジューシーな肉汁が出てきて美味しいでしょう。お子様のお弁当なんかにも使えますよ」
その巨体と少し甲高い声と丁寧な口調。それが人々の目と耳を刺激する。高井が試食品コーナーをはじめると、その商品の売上が倍増するのだ。彼は生鮮食品売り場のエースでもあり、店長である児島が信頼しているひとりでもあった。
「5分前になりました」
タイムキーパーを務める三田村頼子が店長の児島に告げる。
「よし、全員配置につけ。大丈夫だ、キミたちならできる」
店長はそう無線機で指示を送ると、自分も現場に出るために警備員室を後にした。
夕方五時。
突然、店内に音楽が流れ始める。
リズムに乗って従業員たちは生鮮食品売り場へと集まってくる。
従業員たちは指をパチパチとスナップさせて、リズムを刻みながら次々と集まってきていた。
店内にいた客たちは、何事かといった表情で集まってきた従業員たちを見つめる。
従業員たちは、ターゲットである彼女を取り囲むようにした。
「え? え? え?」
取り囲まれた女性は、何がなんだかわからないといった表情を浮かべた。
そして、生鮮食品売り場の電気が一部消えて、彼女の上にだけライトの光が当てられる。
リズムに合わせて従業員たちは踊る。
フラッシュモブだ。
彼女は目をパチクリとさせながら、踊る従業員たちのことを見ている。
するとそこへひとりのタキシードを着た男性が現れた。
男性は、女性の前にひざまずき、ポケットから取り出した小さな箱を開けてみせた。
「僕と結婚してください」
その言葉に彼女は目を大きく見開き、顔を真赤に染め上げた。
そして、彼女は目に涙を溜め、コクリと頷く。
店内に拍手喝采が響き渡る。
※ ※ ※ ※
――――と、いうのがうちの両親のプロポーズらしい。
こんな話を作文に書けるか。仕事の話だって言ったじゃないか。
わたしは父から聞いた話を下書きしたA4サイズの紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へと放り込んだ。
夕方五時の 大隅 スミヲ @smee
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