Under the Storm

下東 良雄

止まない嵐、病んでいく心

 防災無線。街のあちらこちらに設置されたスピーカーからは、役所や警察からのお知らせがたまに放送される。そんな防災無線から毎日放送されるのが、子どもの帰宅を促す『夕焼け小焼け』だ。日の長い春と夏は毎日午後五時に、日の短い秋と冬は毎日午後四時半に放送される。この街に住んでいる子どもたちは、この放送を毎日聴いている。


「ゆーやけこやけで ひがくれてー やーまのおてらの かねがなるー」


 夕方五時恒例の音楽とリズム。幼い私は、その放送に合わせて歌を歌いながら、夕焼け空の下でひとり住宅街を歩いている。歌を歌うのが楽しくて、毎日この夕方五時の放送を楽しみにしていた。


 街に流れる『夕焼け小焼け』。

 私はこの先ずっとひとりで聴き続けることになる。


 私の人生に暗雲が垂れ込め始めていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「うっわ、気持ち悪ぃ!」


 私は他の子と違っていた。

 幼い頃から薄々気付いていた。でも、はっきりとそれを認識したのは小学生になった時だった。みんな綺麗な顔をしている。私だけが汚いのだ。


 私の顔は、そばかすまみれだった。


 頬に少しあるとか、そんなレベルではなく、顔全体をそばかすが色濃く覆い尽くしている。

 みんな私を気持ち悪がった。友だちなんて出来なかった。小学校を卒業するまで、私は男子や一部の女子から『山田菌』と呼ばれ続けた。私に近づくと、ボツボツ病が伝染るのだそうだ。ある男子からは毎日執拗に罵声を浴びせられ、心はどんどん疲弊していった。


「山田さんだって、好きでこんなんじゃない!」


 私を庇う一部の女子。その言葉がさらに私を傷付けていく。私はひとから憐れまれる子なんだと。


 夕方五時、誰のいない小さな公園。

 いつもの音楽を今日もひとりで聴いていた。


「ゆーやけこやけで ひがくれてー やーばのおでらど…… うぅぅぅ」


 毎日ひとりで遊び、防災無線から流れる『夕焼け小焼け』に涙する。

 その音楽は私を蝕む呪詛、リズムは私の心を切り刻むナイフ。そんな風に感じるようになっていった。


 小学生の間、止むことの無かった嵐は私の心を痛めつけ続け、やがて私は、私を蔑む幻聴に悩まされるようになっていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 中学生になり、本の世界に逃げた。

 友だちなんかいらない。そう思っていた。


「山田さん、こっちにおいでよ!」


 中学二年の時、ずっとひとりぼっちだった私に声をかけてくれた女の子がいた。クラスの中心的な存在の女の子。最初は無視していたが、いつしか彼女の積極性に甘えて、彼女たちと一緒にいるようになった。

 卒業までの間、本当に楽しい日々が続いた。きっとこの気持ちを幸福というのだろう。ようやく嵐が止んだのだ。


 そう、卒業までの間は。


「二年近く、私もよく我慢したわ。先生にアンタをどうにかしろって頼まれたからさぁ、内申のためとは言え、アンタみたいな気持ち悪い女の面倒見てさ」


 卒業式の日にすべてを種明かしされた。

 偽りの友だち。

 全部嘘だったのだ。


 私の心は、破裂した。


 帰宅した私は、母親へ涙ながらに叫んだ。


「全部お前のせいだ! お前が私をこんな身体に産んだからだ! なんで普通の女の子に産んでくれなかったんだ!」


「こんな思いするなら、生まれてこなければ良かった!」


 嵐が続いていた私の人生。

 嵐が止み、待っていたのは虹だった。

 重苦しく穢れた鈍色にぶいろの虹。

 虹が私の心を蝕んでいく。

 悩まされていた幻聴も悪化していった。


「うるさいっ!」


 夕方五時の『夕焼け小焼け』。私には耳障りな不協和音としてしか聴こえなくなっていた。


 私はすべてを諦めることにした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 高校に進学。

 何も望まない。何も求めない。

 期待するから裏切られる。もう同じ轍は踏まない。

 すべてはひとりで生きるための作業。


 でも、周囲は楽しそうに高校生活を送っている。

 勉強に、部活に、恋愛に、輝ける青春を送っている。

 ひとりぼっちの自分があまりにもみじめだった。

 校庭脇の花壇の煉瓦れんがに腰掛け、暗い未来に絶望する。


「山田さん……だよね、大丈夫?」


 私に声をかけてくれた男子。

 クラスでも人気の男子。長身、少し茶髪で長髪のポニーテールのイケメン。そんな男子が気持ち悪い私に声をかけてくれた。その優しい眼差しに嘘は感じない。でも……


 この時以降、声をかけてくれるようになった男子・駿しゅんくん。彼のつながりで友だちも出来た。


 分かってる。友だちなんかじゃない。いつか裏切られる。勘違いしたらダメだ。これは夢なんだ。

 夢……お願い、夢でいい。夢でいいからもう少しだけこの夢を見させて……お願い、お願い……


 私の心には、いまだ嵐が渦巻いている。幻聴も治まっていない。

 でも、かすかな光が暗雲の隙間から差している気がした。


「さっちゃんは、優しくて頑張り屋の可愛い女の子だよ」


 街に『夕焼け小焼け』が響き渡る。


 ♪ゆーやけこやけで ひがくれてー…………






 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


本作は長編『コンプレックス』のスピンオフです。

https://kakuyomu.jp/works/16817139555680818001



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Under the Storm 下東 良雄 @Helianthus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説