新キャラ登場とお説教 ~記憶をエネルギーに変換するということとは~

「うーん。この爆発は、間違いなく“思い出”パワーの過剰摂取ですね~」

 桃香さんの大爆発から約二時間後、俺は今、何故か五体満足で保健室の椅子に座っている。

 


 あのときの爆発は、襲ってきたエラーたちはおろか、周囲の50メートルくらいの建物まで消し飛ばしてしまった。俺と桃香さん自身には全くのノーダメージのままに。ものすごい爆音がエラーたちの警戒心を煽ったのか、その後は襲われずに拠点に辿り着いたのだった。



 拠点としてここに案内されたとき、中学校みたいな建物だな~と思ったけど、入ってみたらまさに中学校そのものだった。



 爆発の後、ずっと気だるそうに歩いていた桃香さんは、保健室に入るなり「寝るわ」と言ってベッドに寝転がってしまった。

そんな桃香さんに声を掛ける暇もなく、元から保健室に居た白衣の女の子に座らされた俺の目の前に、ホワイトボードが用意された。



そうして今に至る。

 いつの間にか撮影されていたのかそれともイメージ画像なのか、俺が “思い出” パワーを桃香さんに与えてから爆発するまでの流れが写真で貼りだされている。



 白衣を纏った女の子がそれを指差す。この子も桃香さんと同じく、現実世界ではVtuberとして配信している子だった。花植育(はなうえそだち)ちゃん。

 膝裏まで届きそうなほどに長く伸びた髪は、腰の高さくらいまでは植物属性の彼女らしく薄い草色で、そこから下は優しい桜色になっている。

 


桃香さんより二個年下なのに頭のいい、研究職系の設定の子だ。エラーとの戦いに役立つ研究をしている子という設定だったはずだ。そんな育ちゃんが言うには、桃香さんの爆発は“思い出”パワーの過剰摂取なのだそうだ。

 


「人間さんから供給された “思い出” エネルギーは、まず桃香ちゃん自身の全体的なステータスアップに割り振られました。でも、“思い出” をステータスに変換し終わるよりも早くドバドバ供給され続けたので、仕方がないから、襲ってくるエラーたちを攻撃する予定の次の一撃にエネルギーが込められます」



 俺が両肩に手を置いている画像、桃香さんが天を仰ぎながら口をパクパクして、全身から光が漏れている画像、そしてあの時の俺からは見えなかったが、桃香さんの手のひらにチャージされていた炎の玉の画像、と、順番に指差される。これが今言われた時系列順に起きたことなのだろう。



「桃香ちゃんの現時点でのステータス上限までパワーアップが終わってしまい、溢れたエネルギーは炎の玉の一撃に集中し始めました。ですが……」



 大きくなった炎の玉の画像から、次の画像を指し示す。



「それでも一発の攻撃に込めるには膨大過ぎるエネルギーで、暴走してしまったエネルギーが体中から炎となり、決壊。巨大な炎の放出として発散されました」

 桃香さんの姿が見えなくなるほど、体から出る光が強くなった瞬間の写真。



「えっと、つまり、俺が “思い出” を渡しすぎて、風船が破裂するみたいになっちゃったってことか?」



 自分なりに解釈して質問してみると、育さんは笑顔を作る。



「はい。その通り。女の子の身体の限界を全く気づかわずに、ただ自分勝手に愛情を注ぎこんだ結果がこちらです。女の子に無理させるなんて最低ですね」

 作り笑顔の下に、ものすごい怒りが見えてくる。これが漫画なら背景に描き文字でゴゴゴゴとか書いてありそうだ。



「ご、ごめんなさい。こんなことになるとは思ってなくって……」



「桃香ちゃんの炎が人間さんにもダメージを与えない設定だったので、あなたも今無事にデータの焼き付き程度にならなくて済んでるんですからね?」



 もしデータの焼き付きになってしまったとしたら、それはこの世界では死んでいたという意味だ。

 桃香さんの炎が熱くなかったのも、桃香さん自身と、おそらく味方にはダメージがいかないようになっているからなんだろう。

 育ちゃんは呆れたようなため息をつき、ホワイトボードを部屋の隅に追いやってから振り向くと、タイヤ付きの椅子に近づいたかと思えば行儀悪く膝立ちで乗り、こちらにガラガラと滑ってくる。



「どーん。です」

 俺は慌てて身体を回して膝への直撃を避けた。俺の椅子と育ちゃんの椅子とがぶつかり、ガシャと音を立てて育ちゃんの椅子が止まった。

 育ちゃんが勢いのまま俺の左肩に頭突きしてくる。



「いてっ」

 若干の痛み。このバーチャルの世界でも痛みがあることを思い出す。



「あんなことになると思ってなかった人間さん、あなた、どんな記憶を “燃やした” のか、覚えてますか?」

「え?」

「あなたの記憶は桃香ちゃんに取り込まれて、桃香ちゃんの中でエネルギーに変わった。だから、あなた自身では思い出せないはずなんです。よく思い出してみてください。何かの記憶を渡したことは覚えていても、何を渡したのかは分からないでしょう?」



 言われてみて、初めて思い出そうとしてみた。しかし、育ちゃんの言う通り、どんな記憶を桃香さんに渡したのかは分からない。すごく、強力なエネルギーになりそうだったことはぼんやりと認識している。でも、具体的なエピソードが全く思い出せない。



「……でも、桃香ちゃんは覚えてるんです。どんな記憶が力に変わったのか。どんな記憶を犠牲にしてしまったのかを」

 怒りか憐れみか、判別しにくい苦しそうな表情で育ちゃんが言葉を繋ぐ。



「人間さんの大切な思い出を、出来るだけ消し去ってしまいたくはない。桃香ちゃんならそう思うはずです。だから、たとえ私たちを強化できる能力があっても、あなたはこれ以上戦いには参加しないでください」



 静かに、けれど明確な拒絶。

 話は終わった。反論は聞かない。とでも言いたげに、育ちゃんは俺の両肩を手のひらで押す。タイヤ付きの椅子で育ちゃんとの間に距離ができた。



「それではしつれいしつれい! 桃香ちゃんが起きるまで大人しくそこで見守っててあげてくださいね~?」

 俺に背を向けて育ちゃんが保健室から去ろうとしたとき、



ブー! ブー! ブー! ブー!



 けたたましい警報音が鳴り響き、保健室の照明も赤色に変わって点滅する。

「そんな!? 拠点に直接襲撃が!?」

 育ちゃんも動揺して立ち止まる。



 俺はどうすればいい? 下手に動かないほうだ良いのか、それともどこかに避難するべきなのか。育ちゃんに問いかけようとした瞬間、桃香さんが寝ていたベッドのカーテンが勢いよく開かれた。



「あんたも一緒に来なさい! トーカのパートナーとして!」

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推しVtuberの世界観に転生?した件 しらほし @Shirahoshi2-14Kimagure

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