推しへの愛、大爆発

 拠点へ向かう途中、雑談交じりに互いの認識をすり合わせてみた。推しと雑談が出来るのだからこの状況も悪くないのではないかと一瞬思ってしまう。でも、敵キャラクターはいるし、帰る方法も分からないのは流石にいただけない。



 バーチャル世界の都会の大通りに車は走っていなかったからなのか、桃香さんについていくと、道路のど真ん中を歩いていくことになった。敵から見えやすく狙われやすいかもしれないけど、いかに巨大な虫なったからといって、ビルの上から狙撃をするような虫も現実の日本には思い浮かばないので、敵が近づいたときに気づきやすいほうが重要なのかもしれない。



 話してみて分かったこと。俺は桃香さんを四年半応援し続けて卒業を見送ったけど、“この世界の桃香さん”は卒業したつもりは全くないらしい。桃香さん以外のメンバーも誰一人として卒業していなくて、俺を襲ったのと同じような虫型の化け物、『エラー』と呼ばれる敵を倒す日々を送っているそうだ。



“もしも、本当に桃香さんや他のメンバーも存在しているバーチャル世界があったら”というような、俺がいた現実とは別の世界のようだ。



「だから、あんたのことは知らないの。申し訳ないけどね」

 先を歩く桃香さんはこちらに振り向かない。けど、声は本当に申し訳なさそうだ。

「いえ、桃香さんにとっては、俺が推していたVtuberの桃香さんのことは他人の話みたいなものでしょうから」

 俺も同じ立場だったら、自分のことを好いてくれていた人に、「ごめんなさい。あなたのことは知らないんです」なんて、どんな顔をして謝ればいいのか分からない。



「……止まって」

 しばらく進んで行ったところで桃香さんが立ち止まった。声を掛けるだけでなく、左手で俺を制している。

 桃香さんの肩越しに正面を見ると、二つ先の信号のあたりで俺たちの行く手を阻むように複数のエラーが立ちふさがっている。ダンゴムシ、サソリ、ムカデ、……明らかにさっき瞬殺されたカマキリよりは固そうなやつらだ。



「道を変えたら逃げられる。ってわけじゃなさそうね」

 明らかにこちらを待っているようなエラーたちの姿を見て、覚悟を決めた桃香さんの背中から二つの光が漏れだす。それは左右に広がり、燃え始め、あっという間に炎の羽になった。

 それを合図にしたように、ダンゴムシたちが一斉にこちらに走り出した。


 ……彼女が戦うところはほとんど見ていない。カマキリ型エラーには俺を狙っている間に不意打ちで炎を浴びせていた。でも、真正面から戦ったらどうなる? しかもさっきとは違って複数体だ。推しの強さを信じたい気持ちはやまやまだが、俺を拠点に連れて行こうとしたからこいつらと戦うハメになっていて、その上で推しが傷ついたら俺は死んでも死にきれない。



(何か、桃香さんの力になれることは……)



 そう思ったとき、思い出した。桃香さんたちが何故、というより、どんな設定で配信しているVtuberなのかを。

 桃香さんたちはバーチャル空間の東京を、エラーから守るために戦っている。その際、彼女たちの力になるのはリスナーたちの応援であり、その中でもとりわけ、“思い出” が強い力に変換されるのだ。どういう理屈かは分からないけどそういう設定になっている。



リアル空間では実際のところ、課金されたり、フォロワーが増えたりすれば新立ち絵が手に入ったり、3Dの身体を作って貰えるという意味合いで、「リスナーの『応援』が彼女たちの力になる」し、課金されたり、リスナーが大きく増えるような「“思い出” が生まれる配信」が特に力になりやすいと言われていた。



 けど、ここは本当にエラーたちと戦うバーチャル空間だ。たとえここにお金が降って来ても意味はないだろうけど、もしかしたら俺の “思い出” を渡してあげると、桃香さんがパワーアップされるのかもしれない!

「桃香さん!」

 今にも飛び立とうとしている彼女に呼び掛け、動きが止まったところで両肩に手のひらを乗せる。

「は!? 何して――」

 近づいて分かったけど、彼女の背中から生えている炎の羽は不思議と全く熱くない。

 エラーたちが迫っているから熱くても我慢するつもりだったけど助かった。

 俺は桃香さんとの “思い出” を彼女に渡すため、一番強い記憶を思い起こす。



 新立ち絵・新衣装の獲得。これは累計の課金額どうこうも大事だったが、フォロワー数が一定以上になっていることが条件だった。活動開始から一年以上経ってようやく、桃香さんは新衣装を手に入れることが出来たのだ。

 その時の笑顔が、俺の知る限りでは彼女の活動の中で一番の笑みだった。

 初期から応援していた俺にとっても、一番嬉しい瞬間だった。一番強い思い出になった。これを桃香さんに渡せば、きっとものすごいパワーになるはずだ! 俺の思い出パワーが両手に集まり、光り輝きだす。それは彼女の両肩から浸透していく。



「――まさかっ!? やめなさっ、くぁう!!?」

 こちらに振り向きかけた桃香さんに俺のパワーが入り込むと、彼女は変な声を上げながら状態を逸らし、天を見上げた。何が起こったか分からないような顔で目を見開き、口をパクパクとさせている。苦しそうには見えないけど、正常な反応にはとても見えない。

 何か間違えたのか? このままでは戦えそうにない!



 ダンゴムシたちがすぐそこまで迫っている。焦りながら再び桃香さんに視線を戻した次の瞬間、桃香さんの身体が内側から光を放った。



「……え?」



 それは強い光を放つほどの大きな炎、つまりは大爆発であり、すぐ隣にいた俺はもちろんのこと、あと十数メートルというところまで迫っていたエラーたちをあっという間に吞み込んだ。

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