推しVtuberの世界観に転生?した件

しらほし

プロローグ 卒業したはずの推しに会う。ボロ泣きして引かれる。

「なんでバーチャル空間にリアルのオタクが迷い込んでるのよ」


 ――大好きな人との再会は、ほとんどの人が喜ぶことだ。よほど気まずい喧嘩別れをしたとか、めちゃくちゃ恨まれてるとかの事情が無ければ。

 ならば、オタクが推しに再会したらどうだろう。それも、卒業を涙ながらに見送るほど好きだった推しならば。



 つい先ほど、いや、正確には俺が眠りにつく数時間前に、俺の推しVtuberの紅玉桃香(こうぎょくとうか)さんはVtuber活動を終了した。

 銀髪ツインテールでツリ目、リスナーとのプロレスも上手く、自身もアニメやVtuberのオタクなのでリスナーとのオタク話も弾む。俺としては、世間に見つかりさえすれば大人気間違いなしのVtuberだと思っていたのだが、世の中はそう甘くはなかった。

 ぶっちゃけ、応援する立場から見ても赤字だろうなとは思っていた。だから、企業Vの彼女が四年半も活動を続けてられたことに、むしろ感謝しているくらいだった。



 それが今、何故か、俺の目の前に推しが居る。

 彼女の言葉の通りなら、むしろ俺が彼女たちの居るバーチャル世界にやってきてしまったようだが、そんなことはどうでもいい。

 もう二度と会えないと思っていた、四年以上も好きで居続けた推しに、また会えた。

 三十路も近くなってきた年頃の俺の目から、恥も外聞も気にする暇なく、滝のように涙が流れてくるのは当たり前だった。



「!? い、いきなり泣くんじゃないわよ! あー! もう! 意味わかんない! どういうことなのよー!!」



 バーチャル世界の街中に、推しの戸惑う声が響いた。それすらも可愛いと思ってしまうのは、きっとオタクの気持ち悪いところなんだろうな。







 少しだけ記憶をさかのぼる。

推しの卒業を見送った俺は、パソコンの前で一時間ほど泣いて、なんとか立ち上がって風呂に入り、シャンプーしながらと、湯船につかりながらの二回ほど追加で泣いて、歯を磨いて布団に入ると、もう深夜の突発配信を心配することもないという事実に推しの卒業を強く再認識して、また声をもらしながら泣き、無理やり眠ったはずだった。



 それが、気づいたときにはどこか都会の街並みにポツンと立っていて、何が起きたのか分からないうちに信号機ほどの大きさのカマキリに襲われた。必死に逃げていると空から炎が降り注いで、カマキリはあっという間に燃え尽きた。



 そして今、炎の能力で俺を助けてくれた推し、桃香さんが目の前に居る。うん、起こったこと自体は分かったが、意味が分からん。



 納得はしていないけど理解したことは三つ。

 一つ目、あくまでもVtuberとしての設定に過ぎなかった桃香さんの炎の能力が、ここでは実際に使えるということ。

 二つ目、ここでは、桃香さんの設定に有った、虫型の敵キャラクターが実在するということ。

 三つ目、つまり、ここでは推しと敵キャラクターとの戦いが繰り広げられているわけで、俺はいつの間にか、だいぶ異能力バトルもの寄りな推しの世界観設定どおりの空間に、丸腰でやってきてしまった。ということになる。



「う~~~~~ん」



 大好きな推しに再会できたことはものすごく嬉しいけど、何故ここに来てしまったのかが分からない以上、帰る方法も分からない。そして何より、桃香さんは炎を使って戦えるけど、一般オタクの俺には全く戦闘能力はない。

 推しの足手まといになりそうなこの状況は、手放しで喜べそうもない。どうしたものか。



「そろそろ落ち着いた? トーカも混乱しているし、聞きたいことあるんだけど?」

 涙が収まってきたのを見計らってか、桃香さんが問いかける。いつも自己中心的かつツンデレキャラ的な言動をする子(そういう設定で生み出されたキャラクターだから)なのだが、こうやってきちんと気をつかえる子なんですウチの推しは。

「ずびっ……はい。すみません」

「バーチャル世界でもリアルの人間って鼻水出るのね。まあそんなことより、何から聞こうかしら…………えっと、あんた、どうやって来たの? ちゃんと帰れる?」



 迷子の小学生にしか言わないような質問。でも的を射ている。

「すみません、いつの間にかここに居たので、どうやって来たかも、帰る方法があるのかも分からないです……」

「そう……」



 桃香さんが眉間にシワを寄せながら目を細める。それから目を閉じて息をつく。

「いいわ。とりあえずトーカについてきなさい。どうせ行くところもないんでしょ。トーカたちの拠点に居た方が安全だから」

「……! ありがとうございます!」

「じゃ、行くわよ。あんたは飛べないから歩いていくけど、遠くても我慢しなさいよ?」

「はい!」

 背を向けて歩き出した推しについていく。足を踏み出すたびに左右に揺れるツインテールが、Vtuberとして見守っていたときとは比べ物にならないほどの実在性をあらわしている。



「……トーカのデザインTシャツ着てるヤツ、見捨てられないじゃない」

 桃香さんが小声で何かを言ったようだったが、背中越しで聞こえなかった。

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