第20話 竜と人のこれから

「やったな! これでついに、トライアンフに巣食う竜共を倒せた!」


 パルミラがコックピットを開け、体を伸ばしながら嬉しそうに言った。どうやら無事らしい。よかった。


「ああ、これでトライアンフは解放される」


 クラウスも嬉しそうに相槌を打つ。


「待て、何か来る……!」


 上空に何か気配を感じて、俺はそちらを見上げる。大きな銀色の影がこちらに近づいてきていた。優雅に空を舞うその姿は、俺が何度も見てきたものだった。


「アルガルベ……!」

「おや、ユアン。呼び捨てにしてくれるとは珍しい。でも、アルと呼んでくれた方が嬉しいぞ」


 アルガルベは太陽を背に、着地することなく羽ばたいたまま、いつもと変わらぬ冗談めかした調子で言った。


「ヒュミリス達の敵を討ちに来たのか⁉」


 パルミラが急いでハッチを閉じ、ブレードを構えて尋ねる。


「そんな事はしないさ。死んでしまったのは悲しいけれど、敵を討ちたいと思えるほど仲が良くもなかったからな」


 アルガルベはちらりと横たわるヒュミリスの遺骸を見て、飄々と答えた。確かにアルガルベはどちらかと言えばヒュミリスを嫌っていた。だからそれはそうなのかもしれない。


「ヒュミリスを……竜を倒す兵器の存在を聞きつけて、両者が戦って弱ったところを叩き潰そうとしに来たのか?」

「そのつもりなら、もうやっているよ。お前たちがそうやって構える前にな」


 銃を構えるクラウスの問いにも、アルガルベは何ら動じることなく答えた。


「お前たちもそうやって攻撃する素振りは見せるものの、呑気に質問なぞしてくるということは、交渉する気はあるようだな。良いことだ」


 アルガルベが見透かすようにくくっと笑った。パルミラ機はダメージを受けているし、俺の機体はもう魔力も燃料も殆ど尽きている。今はアルガルベが光を遮っているから、魔力も回復できない。まあ魔力が回復したところで、アルガルベに飛び掛かることくらいは出来るだろうが、燃料が無いから空に逃げられれば手の打ちようがない。クラウス機も状況は同じだろう。戦えないんだ。何とか戦いを回避しないと。


「じゃあ、何故ここに……?」

「お前のことが気になったからだよ、ユアン。今も一緒にいるようだが、家族から結婚の許可はもらえたのか?」


 ちらりとパルミラ機の方を見て、冗談とも本気ともつかない様子でアルガルベが言った。


「は?」


 思わず間の抜けた声が漏れる。アルガルベは答えを急がせるように、どうなんだ、と首を捻る。

 確かにそう言って出てきたけれど……あれは方便だったわけで。


「下らんことを言うな! 結婚の話なら、ヒュミリスを殺しにトライアンフに戻るための嘘だ! お前だって、それくらい気づいているのだろう? 一体お前は何をしに来た⁉」


 パルミラが今にも飛び掛かりそうな剣幕で叫ぶ。クラウスも叫びこそしないものの気持ちは同じだろう。銃を構える手に、緊張が読み取れた。無理もない。相手の意図が全く分からないのだから。


「ユアン、トライアンフに行くという頼みを聞く代わりに、お前にも私の頼みを聞いてもらう約束だったな?」


 パルミラを無視して、アルガルベが俺に念を押す。


「頼みを聞け? ユアンに我々を殺させようとでも言うのか⁉」


 クラウスが珍しく苛立った様子で尋ねた。


「ユアンはそんな頼みを聞かない。だから私も頼まないさ。大体、さっきも言ったがお前たちとその魔導機械を亡き者にしたいならこんなことをする前に自分でやっている」


 アルガルベはため息交じりに答えた。じゃあ、一体何だっていうんだ?


「ユアン、こいつらを黙らせろ」

「それは……!」


 同じ意味じゃないか。黙らせろって、つまりは殺せってことだ。


「違う違う。私はお前たちと話がしたいんだ。だからこうも殺気立って詰め寄られては困る。お前たちのリーダー……青い奴かな? そいつと交渉がしたい。話を聞くように頼んでくれないか?」


 そんな事をわざわざ俺に頼まなくてもクラウスは聞くだろうし、だから折角の命令の機会をこんなことに使うのも何だか変な気がする。だがこれでアルガルベの謎の願いが片付くならその方がいい。


「クラウス……聞いただろう? アルガルベは嘘は言っていないはずだ。俺たちをここで殺す気がないことは断言できる。何が狙いかは分からないが……ここは話に乗る方が良いと思う」


 俺は言われた通りクラウスに交渉を勧めた。


「聞こう」


 クラウスがハッチを開ける。アルガルベがやれやれと一息つくと、


「同盟を結ぼうじゃないか」


 と、さらりと言った。


「そちらの条件は?」


 同盟、などという意図の分からない言葉にも、クラウスは全く動じることなく尋ねる。


「相互不可侵、くらいのものかな。お前たちがトライアンフを統治しようと、他の竜を倒そうと私は黙っていよう。だが私とフォステリアナには手を出さないでほしい。それが一つ」


 自分には手を出すな、か。だけど、何故クラウスにそれを言うのだろう? ここに現れなかったとして、クラウスはいずれアルガルベも倒す気だったのだろうか。ヒュミリスを倒すだけではなく、この世界を竜の支配から解き放つ、それが彼の目的だったのだろうか? あり得なくはない。でももしそうなら、この条件はのめないのじゃないか?


「もう一つは?」


 クラウスはまた淡々と尋ねた。さっきのに否と言わなかったということは、同盟は認めるのだろうか。


「その魔導機械を一つ寄越せ。ユアンのがいいな。色がいい」


 アルガルベは目をキラキラと輝かせて、俺の乗る銀色の魔導機兵を指差した。魔導機兵が欲しい? どういうことだ? 自分を倒せる可能性のある魔導機械だから、手元において研究しておきたい?


「機体を研究してフォステリアナで魔導機兵を造らせ、竜を含めた他国を攻めようというのか?」


 クラウスが努めて平静を装い尋ねる。


「その発想はなかったな。お前はそんな事を考えているのか?」


 アルガルベがクラウスの問いに大げさに驚きながら、そう尋ね返した。クラウスは唇を噛んで黙っていた。


「格好良いから欲しいんだ。こういうのをフォステリアナで開発できなかったのは残念だよ。材料となるものは、我が国にあるというのにな」


 アルガルベは無邪気に言った。こいつの真意は分からない。が、こいつがそれを語ることはないだろう。

 それと、魔導機兵が欲しいだけなら、この場で俺たちを殺して持っていけばいい。どうせ持っていかれるのなら、俺たちが助かる可能性がある分アルガルベの言うことをのんだ方が良いように思う。そうでなければ……魔導機兵ごとアルガルベを殺すかだ。


「折角ヒュミリスを倒したんだ。これからじゃないのか?」


 答えないクラウスに、アルガルベがいつも通り軽い口調で尋ねる。これから? 黙ったままのクラウスに、アルガルベがさらに続ける。


「ヒュミリスが人間に殺されたと知れば、奴の子供たちも黙ってはいないだろうな。トライアンフも支配者のヒュミリスがいなくなって混乱するだろうし、人間代表の王家内もごたつくだろうなあ」

「何が、言いたい?」


 クラウスが少し苛立った様子で尋ねる。


「今は私と争っている場合ではないだろう、ということだ」

「……いいだろう。そちらの条件をのもう」


 クラウスが渋々そう答えると、アルガルベのしっぽがぴょこりと跳ねた。


「これで交渉成立だな。いやあ、良かったよ。ヒュミリスは何かとちょっかいを掛けてくるし、戦争が絶えなかったからな。これで私も安心できるというものだ。お前が然るべき体制を整えたら、条約調印のために人を遣わそう」

「何故だ……何故こんなことをする? お前は私たちを殺しさえすればいいじゃないか」


 クラウスが混乱した様子で呟く。


「それではつまらないだろう? 私は面白いものが見たいんだ。長い生は退屈で満ち溢れているからな。お前たちがどこまでやるか、楽しみだ」


 多分、これが全てではないにせよ、この言葉は本心だろう。アルガルベは変な竜だから。


「それでユアン、お前はどうするんだ?」

「どうする……って」

「どうしたい?」

「これからも、クラウスとパルミラを助けたい」


 ヒュミリスを倒して終わりとはいかないのなら、俺だって最後まで見届けたい。これから大変になる二人の助けになりたい。


「そうか。ではお前はトライアンフに駐在し、情勢を伝えてくれ。それとその魔導機械の技術習得だ」

「え……?」


 あっさりと了承するアルガルベに拍子抜けして、俺は奴を見上げる。


「お前の希望は叶えてやりたいのだよ。それに、その方が面白そうだ。さあ、これからも私を楽しませてくれよ、ユアン。では、また。私がここにいると、色々と厄介なことになるだろうからな」


 そう言って、アルガルベはくるりと方向転換して飛び去った。あっという間に、その銀色の美しい体が小さくなる。


「俺としてはこれからもお前たちと一緒に、ヒュミリス亡き後のトライアンフに貢献していきたいと思っている。いいか?」

「もちろんだ! 何せお前は私の夫だからな! 我が国のため、キリキリ働いてもらうぞ!」


 パルミラが笑う。


「パルミラ⁉ ユアンのことは歓迎するが、私はパルミラの夫とは認めないぞ!」


 クラウスが眉を吊り上げた。俺がパルミラの夫かどうかはともかく、竜のいない国のために出来ることをしていこう。

 アルガルベの言ったとおり、まだまだ問題は沢山あるんだ。

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竜の奴隷闘士は魔導機兵を駆り竜を狩る 須藤 晴人 @halt_sudo

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