TCG異種格闘技戦の世界を『トランプ』で無双する

緑茶わいん

TCG異種格闘技戦の世界を『トランプ』で無双する

 ──五月、某日。


 都内某所に位置する私立中学校の校門前に一人の少年が立った。

 特徴的な髪型。目つきはやや鋭く、真新しい制服はラフに着崩されている。


「ここが私立札引学園か……」


 白い校舎を見上げ、呟いた彼は「さて、どんな奴がいるんだろうな」と笑って歩き出した。


 朝のHR開始を告げるチャイムの音。


 昇降口で彼を待ち構えていた担任教師に「転校初日から遅刻です!」と怒られた。



    ◇    ◇    ◇



「まったくもう……。いろいろと勝手が違うでしょうし、あらかじめ説明しておこうと思っていたのに」


 担任は三十代前半の女教師だった。

 丸っこい眼鏡をかけた大人しそうな女性。名前は茂出木もてぎ孝子こうこ

 少年は彼女と共に廊下を急ぎながら、


「すみません。困っていたお婆さんを助けていたら時間を食ってしまった」

「そうだったの? じゃあ、道案内で遅れて?」

「いえ、どちらかというと、その時因縁をつけてきた奴と揉めたほうが原因で」


 孝子は「それは災難だったわね」と態度を少しだけ緩めてくれた。


「じゃあ、もしかしてもう決闘デュエルを?」

「いえ、あいにく俺はカードを──」


 言いかけたところで言葉が途切れた。

 孝子が立ち止まったからだ。1-Dの教室前。どうやら到着したらしい。

 振り返った彼女は小声で「いいですか」と囁いて。


「学校というのは社会の縮図です。あなたには不思議なことも多いかと思いますが、まずは否定せず、よく知ることから始めてください。……くれぐれも、いきなり揉め事を起こしたりしないように」

「わかってます。こう見えて俺は平和主義者なんですよ」


 少年の格好を見た孝子は「……本当に?」と眉をひそめたものの、時間がないので追求はしてこなかった。


「ついてきてください」


 スライド式のドアががらりと開かれ、中の様子が見える。

 男女合わせて三十名弱の生徒たち。

 机を突き合わせ、その上でに興じていた彼らは孝子と目が合うと「やば」という顔をした。


 にっこり。


 年齢よりもいくらか若く見える担任教師は、いったん笑顔を見せたあとで、


「席についてください! カードはしまって! 転校生を紹介します!」

「転校生!?」

「いきなりかよ!?」


 静寂に包まれかけていた教室内はあっという間に大騒ぎになった。



    ◇    ◇    ◇



四器しきたくみ


 HRが2分で終了した後、黒板には自己紹介のために記された名前がそのまま残されていた。

 孝子が教室を出ていくより早く、少年にあてがわれた窓側最後尾の席にはクラスメイトが殺到して、


「なあ、お前どこから来たんだ?」

「どうしてこの時期に転校してきたの?」


 少年──巧は教室前方の時計に目をやってから、簡潔に答えた。


「事情があって入院していたんだ。どうやら記憶喪失らしくてさ」

「記憶喪失!?」


 だからあれこれ説明できなくて申し訳ない、とつなげるつもりだったものの、あいにく十二歳の少年少女にそのワードはインパクトが強く。

 結局、巧は一時間目の担当教師がやってくるまでの間、さらなる質問責めに遭った。

 それはさらに休み時間のたびに続いて。

 席を立つことができたのは「頼むからトイレに行かせてくれ」と懇願した二限終了後の一度だけだった。






「四器くん、お昼休みはどうするの?」


 四回にわたる授業を乗り越えた巧が昼休み開始のチャイムにほっと息を吐いたのもつかの間、女子の一人がさっそく歩み寄ってきた。

 お手製らしい犬? 狐? たぬき? のチャームをヘアゴムにつけた左サイドテールの女の子。非対称な髪型がお洒落さと年相応の可愛らしさを感じさせる。


「あ、自己紹介まだだよね。わたしは御神みかみ小愛ここあ

「ああ。よろしくな、御神」

「小愛でいいよー。みんなにもそう呼んでって言ってるの」


 ふわりと笑う表情には邪気がなく、人懐っこさが全開になっている。

 女子を下の名前で呼ぶのは……と思っていた巧は苦笑して、


「わかった。じゃあ、小愛。ここだと昼はどうしてるんだ?」

「うんっ。えっとね、うちは給食ないから各自自由だよ。学食に行くか購買で手に入れるか、あとは持ってくるか」


 手に下げていた小さな弁当箱を持ち上げた小愛は「わたしはこれ」と微笑む。


「でも、パンとかおにぎりを持ってくる子が多いかな。手軽に食べられるから」

「そうなのか? 育ち盛りだし、しっかり食べたほうがいいんじゃないか?」

「そうなんだけどね。昼休みも貴重な時間でしょ? ……ほら」


 と、サイドテールを揺らして振り返った先には、さっそく机を突き合わせてカードを並べるクラスメート達の姿があった。


「昼休みは比較的平和だと思ったら……。聞くことが尽きたんじゃなくて、遊ぶのが優先だったからか」

「朝中断しちゃったゲームもあるからね。みんな続きしたかったんだよ」

「流行ってるもんな、カードゲーム」


 目を細めて言った巧に、小愛は「なにいってるの?」という表情。


「カードゲームが流行ってない時なんてないよ? だってカードゲームだもん」


 そう。

 この世界ではずっと前からカードゲームが大流行している。


 老若男女問わず自分のカードデッキ(ゲームを遊ぶために厳選した束)を持ち、目が合えばゲームを挑まれる。

 犯罪はともかく、小さな揉め事ならどっちが正しいかはカードで決める。それがこの世界の常識。流行り廃りの問題ではもはやない。


 ここはいわゆる「カードゲームアニメ風異世界」なのである。

 ……いや、いわゆると言えるほど一般的かは知らないが。


「四器くんはデッキ、持ってないの?」


 前の生徒の椅子を借り、机の上に弁当箱を乗せる小愛。

 蓋を開けると中にはたまごそぼろの乗ったご飯に一口サイズの鳥のからあげ、プチトマト、茹でたブロッコリー、にんじんのきんぴらが。


「美味そうだな」

「えへへ。ほとんどお母さんに手伝ってもらったんだけどね。……あ、四器くんはご飯大丈夫?」

「ああ。行きがけにコンビニで買ってきた」


 コンビニ袋から取り出したのは潰れたおにぎり(鮭)と潰れたコッペパン(ジャム&マーガリン)、一口サイズの羊羹に、紙パックの野菜ジュース。


「ジュースが潰れなくて良かった」

「ど、どうしたのそのおにぎりとパン? 攻撃でも受けたの?」

「不良に絡まれた時にコンビニ袋で庇ったらこうなんったんだよ。まあ味には問題ないし」


 気にせずおにぎりの包装を解いていると、小愛は「むー」とうなって、


「じゃあ、これあげる」


 と、巧の口にからあげを一つ放り込んでくれた。

 吐き出すのももったいないのでそのままもぐもぐして、


「どうかな?」

「美味い」

「ほんと? よかったあ」


 からあげがおにぎりに合わないわけがなく。これだとむしろ得をしてしまう。

 代わりに羊羹を提供すると少女は「いいの?」と喜んでくれた。


「……で、なんだっけ。ああ、デッキか。あいにく俺は持ってないんだ」

「そうなんだ。珍しいね?」

「らしいな。医者とか警察も、デッキがあれば少しは事情がわかるのに……とか言ってた」

「そうそう。デッキにはその人の個性が出るからね」

「小愛はどんなの使ってるんだ? ……って、これ聞いて平気か?」

「もちろん。ほら、わたしのはこういう可愛いやつ」


 束をずらしてちら見せしてくれたデッキは確かに、可愛い動物だかモンスターだかが満載で、いかにも彼女らしい。

 というかヘアゴムにつけている謎生物もそいつらのうちの一匹か。


「俺もデッキくらい持っておかないと不便だよな」

「そうだねー。デッキがあれば不良に殴られたりしなかったと思うよ」

「ああ。カードが無いって言ったら馬鹿にされたからな」


 で、代わりにおにぎりとパンが被害に遭った。


「うん。それに、いまちょっと一年生は揉めてるから……」


 と、そこで小愛が顔を曇らせた。


「揉めてる?」


 眉をひそめて視線を巡らせてみるも、教室内は平和そのもの。特に荒れている様子はない。

 みんな熱心にカードをプレイしたり、それを観戦して腕を磨いている感じだが、


「──今日こそ影堂えいどうに勝ってやる!」

「影堂?」


 聞き慣れない名前。復唱した巧に、小愛が「その影堂くんだよ」と教えてくれる。


「きっと今日も放課後に来ると思う。D組のみんなをこんてんぱんにするために」

「……なんか、カードゲームアニメっぽい展開になってきたな」


 そして、少女の予言はみごと的中した。



    ◇    ◇    ◇



「……やあ、D組の諸君。僕に負かされる心の準備はできているかな?」


 帰りのHRが終わってもD組のメンバーはほとんどが帰ろうとしない。

 それどころか教室の中央に机四つ分のバトルフィールドを形成すると、なにかを待ち受けるように入り口のドアを睨みつけた。


 そして、現れた少年。


 左目を長い前髪で隠し、指のあちこちに絆創膏を貼っている。

 髪は無精ではなくファッションなのか見事に艶があり、若干陰気な容姿とは裏腹に表情には自信が溢れている。

 背後には数名の生徒。


「影堂……!」

「四器くん、あれが影堂くんだよ。A組の影堂えいどうばんくん」

「なるほど。クラス同士の抗争ってことか……」


 呟いたところで乱入者──影堂の視線が巧に向いた。


「君が噂の転校生か。良ければ実力を見てあげようか?」

「悪いな。俺はカードを持っていない。だからゲームはできない」

「はっ。カードを持っていない? これは驚いたね」


 影堂が冷笑すると取り巻き──A組の生徒も笑う。


「戦うどころかゲームさえできないなんて、がっかりだよ。まあいい。それじゃあいつも通り、君たちを叩きのめすとしよう」

「望むところだ!」


 圧政に苦しめられる民、みたいなノリだが、D組の生徒たちもただやられているわけではないらしい。

 戦意を失っていない生徒がいて、果敢に影堂へと挑む。

 カードバトル──孝子の言うところの決闘デュエルだ。


「決闘って言ってもカードが実体化したりはしないんだよな?」

「四器くん? カードの絵が現実になるわけないよ?」

「カードアニメの登場人物に常識を疑われたぞ……?」


 などと言っている間に、男子の一人と影堂が向かい合って席につく。


 ──カードバトルの基本は一対一のせめぎあいだ。


 自分でよりすぐったデッキを使い、手番ターンごとに攻撃したり守りを固めたり、相手を罠に嵌めたり、得点を稼いだりする。

 終わると今度は相手のターンになり、主導権を握られる。

 場合によっては相手のターン中に行動を妨害したり、仕掛けておいた罠を発動させたりできることもある。

 こうして勝利条件を満たしたほうが勝利だ。


 細かいルールはゲームによって異なるのだが、


「ここがこの世界のおかしなところだよな……」


 さっきから言いたい放題、他人にはわからないことを言っている巧だが、小愛はそれらを聞き流すことにしたのか、真面目な顔で影堂たちに視線を送って、


「見て。あれが影堂くんのカードだよ」

「遠目じゃよくわからないが……影絵の英雄、か?」

「そう。影の英雄シャドウヒーローズ──それが影堂くんの使っているカードゲーム」


 さっき見せてもらった小愛のカードとは絵柄も、データの書式もまったく違う。


「わたしたちD組は、影堂くんのカードにぜんぜん勝ててないの」

「いや、なんでカードゲームで異種格闘技戦してるんだよ……?」


 通常、カードゲームというのは『同じルール内で』戦術や戦略の優劣を競うものだ。

 デッキ内容にこそ個人差はあれど、ゲーム進行の仕方や、さらには勝利条件までもが異なっていることは普通ない。

 けれど、この世界ではそれが普通だ。


 それぞれが己の信じるカードゲームを研究しており、自分のカードこそが最強だとせめぎ合っている。

 別のカードゲームと対決して勝ち負けを競うことも当たり前で、相手のルールやデータの穴をつくのも腕前のうち、とされている。

 ぶっちゃけ、そんなのまともなゲームになるのか? と思うのだが──。


「意外とちゃんと戦ってるんだな……?」


 ルールなのか、データなのか。異種格闘技戦なりに最低限のバランスが取れるようにはなっているのかもしれない。

 勝手に感心していると、小愛は巧のつぶやきを「クラスメートが善戦している」という意味だと解釈したのか、「そうだね」と頷いて。


「でも、影堂くんの怖いのはここからなんだよ」

「なに?」


 あらためて視線を向けると、片目カクレの少年が「僕のターンだ」とデッキに手をかけるところだった。


「先行5ターン目。進化可能ターンだ。……覚悟はいいかい?」

「影堂くんのカードはね──んだよ」

「《迅雷の英雄》をプレイ、そして進化! キーワード能力『迅速』によりダイレクトで5ダメージ!」

「ぐっ……ああああっ!?」


 1ターンに1回のみ、ゲーム中盤になるまでは使用できず、ゲーム中で行える回数にも制限のある『進化』というルールを用いることで、カードを劇的に強化して一気に勝負を決めるシステム。

 D組男子はこれに対応できず、一気に劣勢に追い込まれるとそのまま敗北。

 彼は「くそっ!」と言いながら自分のカードを回収し、席を立った。

 影堂は「してやったり」という顔で彼の背中に声をかけ、


「おいおい。対戦をした後は『ありがとうございました』と言うのが当たり前だろ?」

「……っ。ありがとう、ございました」

「ありがとうございました。感想戦はいるかい? ……まあ、僕のアドバイスは『ゲームを変えたらどうだい?』になるけれどね」

「あいつ……!」


 巧は唇を噛んだ。

 ゲームである以上、最低限の礼儀は必要。

 対戦前後の挨拶をすべきなのは影堂の言う通りだし、対戦後に「ここが失敗だったんじゃないか」「こうされていたら危なかった」と言い合うのも定番だが、相手の好きなカードをけなすのは明らかにマナー違反だ。


 野球部員がサッカー部員から「野球とかダッサ」と笑われたら、あるいはその逆なら、起こるのは戦争だろう。


 がたんと音を立てて席を立つ。

 小愛が「だ、だめだよ四器くん!」と止めてくるも、巧は聞かなかった。


「おい、失礼だなお前。あいつに謝れよ?」

「ん? ああ、何かと思えば転校生君か。別にいいじゃないか。僕は勝ったんだ。勝者には意思を通す権利がある。そうだろう?」


 例えば、残り一個の商品に同時に手を伸ばした時。対戦して勝ったほうがそれを得られる。

 小さな揉め事にはカードを用いる。それがこの世界の常識だ。


「僕を謝らせたいなら、それを賭けてバトルをしようじゃないか。……ああ、でも君はカードを持っていないんだったね」


 A組の生徒がまた笑い、D組の空気が悪くなる。

 こんなのを何日も続けていたのか。

 それは確かに問題だ。問題だが、強い方が偉い以上、学校側もあまり強くは言えないのだろう。


 仲良くゲームをしようとは言えても、勝者の権利を奪うことはできない。

 強すぎる影堂に「手加減をしろ」と言うのは、影堂が腕を磨いて将来成功するのを妨害することになりかねない。

 ならば、


「カードなら用意する。だから、明日の放課後、俺とここで戦え」


 正攻法カードバトルで言い分を通すのみだ。


「はっ? カードを用意する? これから? それで僕に勝てると思っているのかい?」

「ごたくはいい。やるのかやらないのか、それだけだ」


 敢えて挑発的に言うと、影堂はちっと舌打ちして、


「……やるさ。でも、覚悟することだね? 君が負けたら『生意気言ってすみませんでした』と土下座してもらうよ?」

「構わない。勝つのは俺だからな」

「初心者が生意気言ってくれる」


 影堂とA組連中が教室を出ていくと、教室の空気が弛緩。同時に小愛が駆け寄ってきた、


「四器くん! どうしてあんな無茶言ったの!」

「ああ。……いや、ついかっとなってな。あのまま放ってはおけなかった」


 苦笑して答えれば、小愛は「え?」と首を傾げた。


「じゃあ勝算はないの? 大変だよ、それじゃ絶対負けちゃう! せめてわたしがおすすめのカードゲームを選んであげるから──」

「いや、それは大丈夫だ」

「え?」


 勝算ならある。

 影堂に挑んだ時点で、巧はどんなゲームで戦うかを決めていた。


「俺が選ぶカードゲームは──『トランプ』だ」


 これが、突然現れた天才カードゲーマー・四器 巧と彼の繰り広げる壮絶なる戦いの物語の、最初の一幕だった。



    ◇    ◇    ◇



「トランプだって? ……なんだよ、その手描きのカードは」


 翌日の放課後。

 1-D の教室へとやってきた影堂は、巧のカードを見て鼻で笑った。

 対峙した巧はその挑発に乗らない。


「市販されている空白のブランクカードに手描きした。カードにバラつきはないし、油性ペンを使ったから簡単に消えることもない。条件はクリアしているはずだ」

「はっ。勝手に作ったカードで試合に出られるなら、僕はとっくにチャンピオンになってる。公式ルールで使えないカードなんて──」

「審査は私が行いました。校内での使用に関しては許可が下りています」


 教室に姿を現したD組の担任──孝子が堂々と宣言する。


「日本公式登録は申請中ですが、おそらく通過するでしょう。四器くんの作ったルールはとても複雑でしたが、穴は見受けられませんでした」

「馬鹿な。登録はそんな簡単にできるものじゃないはずだ!」

「ああ。俺も登録が必要って聞いた時は驚いたけどな……」

「四器くんってばなんにも知らないんだもんね、カードのこと」


 昨日、巧に付き合って文房具屋等を案内してくれた小愛がのほほんと笑う。

 彼女にはすでにトランプについてある程度説明してある。


「四器くんは強いよ。もしかしたら本当に買っちゃうかも」

「……はっ。はははっ! 馬鹿馬鹿しい。D組には頭のおかしい奴しかいないのか」


 影堂は左目を隠す前髪を撫でつけると「まあいい」と笑みを浮かべて、


「とっとと済ませようか。君のような雑魚に使う時間が勿体ない」

「ああ。早くお前に謝ってもらいたいしな」


 昨日と同じく、机四つを使って作ったバトルフィールドを挟み、向かい合って座る。

 余裕綽々のA組連中が影堂の後ろに。不安げなD組メンバーが巧の後ろに。


「な、なあ。本当に大丈夫なのか? そりゃ俺達がやっても勝てるか怪しいけど」

「大丈夫! 四器くんを信じようよ、みんな!」


 みんなを励ますのはムードメーカーの小愛だ。


「わたし、四器くんはなにか大きいことをやってくれる人だと思うんだ。だから、今回の戦いもきっと──」


 バトルに際してまず行うのは互いのデッキをシャッフルすることだ。

 自分のデッキを手で混ぜたら、それを相手に手渡してさらにランダムに混ぜてもらう。

 イカサマ防止のために必要な措置である。


「準備はいいかい?」

「ああ。いつでもいいぜ」


 睨み合った二人は孝子の立会いのもと──。


「「バトル!」」


 互いに最初のカードをデッキから引いた。



    ◇    ◇    ◇



「……ふうん。トランプとやらは初期手札が5枚なのか」

「そういうそっちは3枚なんだな」

「まあね。……僕は2枚のカードをマリガンする」


 影堂の使う『影の英雄』はプレイヤーが指揮官に扮し、サポーターと呼ばれる英雄カードを操って敵のライフをもぎ取るのが主な勝ち筋だ。

 先行の1ターン目──初手が行われる前に3枚の手札から任意のものをデッキに戻し、戻したのと同じ枚数だけ引き直すことができる。

 手札を調整した影堂は「まずまずの手札だ」と呟いて、


「先行はもらうよ。僕のターン、ドロー!」


--------

□1ターン目 先行:影堂のターン

--------


「ターン開始と同時にカード使用のコストとなるPPの最大値が1増え、PPが最大まで回復する。1ターン目は1PPということだね」

「コスト1点のカードを1枚出すのが精一杯、ってことか」

「ああ。だけど、その1点が効いてくる。《速攻の尖兵》プレイ。『迅速』能力により即座に攻撃し、1点のダメージ!」

「っ。……ほらよ、取っておけ」


 巧は手元に積んだ20枚のコインから1枚を滑らせ、影堂に渡した。


「なんだい、これは? ゲーセンのコイン? ライフカウンターのつもりだとしても、僕に渡す意味があるのかい?」

「そういうルールなんだよ。ほら、ターンをもらうぞ」


 影堂の初期ライフは20。

 巧のコインが20→19に減ったことで、影堂のライフが20→21に上昇した。


--------

■1ターン目 後攻:巧のターン

--------


「俺のターンだ。……そうだな、小手調べといくか。俺は5枚のチップをベット。カード交換は行わない」

「? ターン頭のドローを行わない? ライフを賭け賃にする? 本当になんなんだ、トランプとかいうゲームは」

「本当に、この世界にはトランプがないんだな。ちなみに今回は一番シンプルなドローポーカーを基にしているぞ」

「わけのわからないことを。……それで、どうなるんだい?」

「お互いに手札を見せあい、役の有無によって勝敗が決定、チップが移動する」

「っ。手札の強制公開だと!?」

「別に見せなくても構わない。その場合は役なしブタ扱いだがな」


 影堂は見たこともないルールに悩んだ末、手札を公開することを選んだ。

 2PPで出せるサポーターが1枚、同じ3PPと4PP のサポーターが1枚ずつ。


「俺は2のワンペアだ。お前は役なしだから俺の勝ちだな。……ふむ。少し警戒しすぎたか」

「待て、なんなんだワンペアって!?」

「名前の通り、同じ数字のカードのペアが1組だけある状態を指します」

「トランプは13種類の数字と4種類のスートを組み合わせた52枚+ジョーカー2枚で遊ぶゲームだ。デッキには残り48枚のカードが眠っている。……俺の役が勝ったため、掛け金は戻ってくる」

「影堂くんは同じだけのチップを四器くんに支払ってください」


 ・巧 のチップ:19→24

 ・影堂のライフ:21→16


「手札公開を行わせたうえ、5点のダメージ、さらに回復だと!? ありえない、僕を馬鹿にしているのか!?」

「3枚のカードを持っていることからスリーカードの可能性もあった。もしそうなら俺のチップは14枚まで落ちていた。一方的に強いわけじゃない」

「そういう問題じゃ……ええい、僕のターンだ!」


--------

□2ターン目 先行:影堂のターン

--------


「PPが2に。……僕は2PPを払って《好戦的な衛兵》をプレイ。こいつは『迅速』持ちじゃないが、代わりに2/2。ダメージが《尖兵》の2倍だ」

「手札には3PPの『迅速』持ちがいたな。次のターンにはそいつも合わせて5点のダメージか」

「《尖兵》で攻撃して1点のダメージ。……確かに、悪くないものだね? 攻撃のついてで回復するというのも」


 ・巧 のチップ:24→23

 ・影堂のライフ:16→17


--------

■2ターン目 後攻:巧のターン

--------


「さあ、また5点のダメージかい? 次のターンには取り返してしまうけどね?」

「いや、俺はチップを10枚ベットする。手札2枚を交換──ショーダウンに応じるか?」

「10枚だと!? ……いや、応じない。どうせ2枚はバレているんだ」

「それは助かった。つまり今の時点でペアはできていないわけだな。俺は5のワンペアだ。10枚のチップをもらおう」


 ・巧 のチップ:23→33

 ・影堂のライフ:17→7


「すげえ! 四器の奴、あの影堂を圧倒してやがる!」

「あのトランプっていうゲーム、すっごく強そう! あれなら私でも勝てるかも!」

(……本当にそう? 四器くん、圧勝してるように見えるけど、トランプって)

(一度使った手札を全て破棄し、次の手札は運次第。良い役が入らなければ逆にチップを失う可能性がある。これは紛うことなきギャンブルです)


「っ。……ふふっ。なるほどね。わかってきたよ。つまり、僕にできるのは、君の不運とを祈ることってわけだ!」


--------

□3ターン目 先行:影堂のターン

--------


「ドロー! ……ははっ。これはいいカードを引いた」

「なんだ、影堂のやつ。まさか《迅雷の英雄》を引いたのか!? 理想ムーブじゃねえか!」

(いえ、さきほどの口ぶりからしておそらくドローしたのは……)


「《見習い騎兵》を3PPでプレイ。『迅速』能力により、他のサポーターと一緒に攻撃、ダメージは5点だ」


 ・巧 のチップ:33→28

 ・影堂のライフ:7→12


--------

■3ターン目 後攻:巧のターン

--------


「君の3ターン目だ。今度のベットは15枚かい?」

「っ!」


 影堂の鋭い指摘。巧は彼に視線を送り、その真意を探ろうとする。


「どうせ見せるんだ。今見せてあげようか? ……僕の手札は3枚。6PPの『指揮官の賢人』が2枚でペアができている」

「……お前の不運、というのはそういうことか」

「……つまり、どういうことだよ?」

「それくらいわかるでしょ? 影堂がワンペアできてるから、四器くんはワンペアじゃ勝てないってこと!」


 この世界向けのルール調整により、賭けられるチップの枚数はターン数×5枚に制限されている。

 1ターン目に20枚賭けてどーん! はできないわけで、巧の賭け方はここまで堅実だったと言っていいが、


「……ベットは1枚。手札交換は行わない。ブタだ」

「なら僕はワンペアで勝利。チップを1枚もらおうか、負け犬くん?」


 ・巧 のチップ:28→27

 ・影堂のライフ:12→13


--------

□4ターン目 先行:影堂のターン

--------


「ドロー。……いい感じだ。僕は4PPを支払い、《花の剣士》をプレイ。こいつは迅速持ちじゃないが、進化すると2体のトークンを生み出す。ま、進化ターンは次だし、君のトランプに除去はないようだけどね?」


 3体が攻撃して、再び5ダメージ。


 ・巧 のチップ:27→22

 ・影堂のライフ:13→18


「おやおや、なかなかいい勝負じゃないか? 君は次で18枚賭けて、僕を上回れば試合に勝てるわけだ」

「だが、失敗すれば残りチップは4枚になる」

「のるかそるか。ギャンブルデッキには似合いの状況だね。……ああ。これが3枚目の《賢人》だという可能性も忘れないでくれよ?」


 スリーカードはより上位の役。

 もし、影堂が運良く、あるいは運悪く同じカードを3枚揃えていたら、巧の勝率は大きく下がってしまう。


「ゲームによって、デッキによっては6枚以上の手札をキープすることも少なくありません。四器くんのトランプは決して無敵ではない」

「っ。頑張って、四器くん! 負けないで!」


--------

■4ターン目 後攻:巧のターン

--------


「言っておくけど、1枚ベットで逃げるのもそろそろ限界だよ。こちらのライフが上回れば、君はライフレースに勝てなくなる」


 デッキから5枚のカードを補充した巧は顔を伏せたままでいる。

 引きが悪かったと見た影堂はここぞとばかりに口撃を加え、巧のメンタルを破壊しにかかるが、


「ああ、わかっているさ」

「な、に?」


 顔を上げた少年は笑っていた。


「圧勝なんてつまらない。カードゲームはギリギリの勝負が一番面白いんだ。……それに、勝つって約束したからな」


 それは昨日、買ってきたブランクカードをせっせとトランプに変える作業中。

 巧の描いた♡や♤、♧や♢を塗りつぶしてくれていた小愛がふと言ったこと。


『ね、勝ってね、四器くん。絶対、勝って』


 彼女の想いに巧は「ああ」と短く答えた。


「応えてやらなくちゃいけない。いや、絶対に応えてやる」

「っ、四器くん!!」

「18枚ベッド、4枚チェンジ。──ショーダウン! 俺は12、クイーンのスリーカードだ!」


 開かれた手札には確かに3枚のクイーンが存在していた。

 巧の手札は確かに良くなかった。だから、最も勝率の高い交換方法を考えた。たった1枚のクイーンを残し、残り4枚を交換。

 2ペアでも良かったが、クイーンが2枚も来てくれたのは、もしかするとサイドテールの勝利の女神が微笑んでくれたからか。


 ・巧 のチップ:22→40

 ・影堂のライフ:18→0


 影堂の3枚目は切り迅雷の英雄だった。

 次のターンが来ていれば進化込みで13店をもぎ取られていた計算であり、結果的にここで勝負を決めたのは正しかった。


「お前の負けだ。影堂。……さあ、あいつに謝ってもらおうか」


 決着が知れ渡った瞬間、D組の教室は大いに湧いた。男子も女子もいっせいにしがみついてきて、巧はうっかり倒れそうになった。

 立ち上がらせてくれたのは、満面の笑顔の小愛で。


 D組全員から睨まれた影堂以下A組連中はたじたじになり、一斉に後ろを向いて、


「ごめんなさ〜い!!」


 昭和のアニメのようなノリで退散していった。


「……やれやれ。素直に面と向かっては謝れないか。まあ、謝ってくれただけいいけどな」


 苦笑する巧に、孝子が「お疲れ様」と微笑んでくれる。


「頑張ったのね。トランプ、いいゲームだと思うわ。しかも、まだまだ可能性を秘めている」

「先生。……まあ、ギャンブルですけどね」

「いいじゃない。他のゲームだって、考えに考え抜いてデッキを決めた後は手札とドローの運にかかっているんだから」


 カードゲームに絶対はない。

 将棋や囲碁のように、強い戦術が運に覆されることもある。だからこそ、負けないためにさらなる精進が必要だし、だからこそ初心者でも楽しめる。


「祝勝会をしましょうか。先生、奢っちゃう」

「本当ですか? じゃあ俺はビールを──いてっ!?」

「馬鹿言わないの。……紙パックのジュースでいいでしょう? ビールなんて、みんなに奢るお金があったら私が飲みたいんだから」

「先生、それはせめて黙っておいてください……」


 これを機に、D組とA組の抗争は一つの転機を迎える。

 そして、校内には他にもまだまだ強力なカードゲーマーの影が──。



    ◇    ◇    ◇



「四器巧、ね。面白い1年生が入ってきたじゃない」

「は。……ですが会長、その代わり、影堂盤の生徒会入りは再検討すべきかと」

「そうね。それならそれで構わないわ。彼が駄目なら他の子をスカウトするまでだもの」


「この札引学園生徒会──学園四天王に、ね」

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