第2話 解決編

 寝間着姿にヘアドライタオルを着けた千雨が戻ってきて、千晴へ声をかけた。

「どう? もう犯人は分かったかしら?」

 千晴は首を左右へ振った。

「ううん、まだ分かってないよ」

「あらあらあら、それじゃあ今回はあたしの勝ちね!」

 と、嬉しそうに表情を輝かせ、千雨は父を振り返った。

「これから推理を発表させてもらうわ」

「いいだろう、聞かせなさい」

 父の返答を受けて、千雨はまず被害者の近くへ歩み寄った。

「明川さんは殺害される前、フィナンシェを食べていた。しかし彼がこんなものを買うわけがないから、女性にもらったに決まってる。となれば、怪しいのは溝田さんと万桜ちゃんよね」

 勝手な偏見ではあるものの、フィナンシェだけで容疑者を絞ってしまった。

 千雨は次に簡易キッチンへ移動した。

「そして電気ポットだけど、何故かコンセントが差したままになってるわ。いつもであれば、溝田さんか千晴が抜いて帰っていくのに、この時間まで差したままなのはおかしい。おそらく、後から来た誰かが差したんだわ」

 千雨が次に示したのは凶器のそばに千晴が置いた、朱色の破片だ。

「そしてこれ、何か分かるかしら? 女の子なら分かるはず。そう、ネイルチップよ」

 はっとして千晴は今朝のことを思い出した。

「そういえば、溝田さんは今日、ネイルをしてた」

「そう。あたしが溝田さんのネイルを見て、あれこれ話していたのを事務所にいたみんなも聞いてたはずよ。でも、今はどうかしら? 溝田さん、両手を見せて」

 おずおずと溝田が両手を前へ出すと、爪には何もなかった。

「ネイルチップってね、お湯に浸して外すものなの。つまり、この破片は殺害時にネイルチップが欠けたことを示す。そのことに気付いた溝田さんは、慌てて電気ポットでお湯を作り、すべての爪からネイルチップを外したわけ。はい、解決」

「ということは、犯人は溝田さんなのか」

 と、千晴が驚きを口にし、千雨は得意げにする。

「そういうことよ。アリバイだの動機だのは、後から調べればいいだけ。今回は簡単だったわね」

「素晴らしい。さすがは千雨だな」

 父がにこりと微笑んで褒めれば、千雨は「それじゃあ、お疲れ様でした」と、またもやさっさと家へ戻って行ってしまった。

 溝田の両手にまで意識が向いていなかった千晴は、自分の見聞の狭さを思い知る。探偵に必要なのはやはり知識だ。推理力や観察力も大事だが、何より知識がなければならない。

「あー、やっと終わったぁ」

 と、被害者役の明川が体を起こし、溝田は半笑いで返した。

「お疲れ様でした。さっきの千雨ちゃん、すごかったですね」

「ああ、他にもいろいろ仕込んでたのに、たった三つの証拠を提示しただけで犯人を当てちゃうなんてな」

 ゆっくりと立ち上がった明川へ所長が言う。

「協力してくれてありがとう。家内に話はしてあるから、風呂に入って血のりを落としてきなさい」

「はい、ありがとうございます」

 明川が鞄を持って歩き出し、立ち尽くしていた千晴を見て笑った。

「落ち込んでるみたいだね? でも、探偵に必要なのは地道に調べることだ。それをすっ飛ばしちゃう千雨ちゃんより、千晴くんの方が好感を持てるよ」

 はっとした時にはすでに彼が通り過ぎており、千晴は父を振り返った。

「そういうことだ、千晴。犯人を見つけるのはあくまでも結果であり、過程がどうあるかも私は見ているんだよ」

「過程……」

 すると溝田も微笑んだ。

「頑張ってください、千晴くん」

 父が双子に後継者争いをさせているのは、もしかしたら他に理由があるのかもしれない。争わせることで得られるものがあるのだ、きっと。

 そう気付いた千晴は深呼吸をし、泣きそうな表情をやめて笑顔を浮かべた。

「はい、頑張ります」

 探偵としてはまだまだ未熟な千晴だが、おそらく千雨に負けてはいない。最終的に父が判断を下すその日まで、千晴は自分にできる精一杯のことをしていこうと決めた。

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第三回 明川太郎殺害事件 〜探偵の後継者争い〜 晴坂しずか @a-noiz

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