第28集-最終一集 誓い

「せっかく気持ちよく寝てたのに起こすなよ」

 天籟が欠伸をしながら両手を突き上げ伸びをする。

「ちょっと付き合えや」

 もう数少ないパートナーの願いを断るわけにもいかない。

 空霄こんしゃおが手にしている花束。それを見てすぐに察しはついた。

 辺りに風を起こすと天籟がドラゴンへと姿を変える。背に空霄を乗せると大きく羽ばたいた。行先は言わずとも分かっている。

 毎年毎年忘れもせず空霄が向かう場所。いつも必ず天籟を誘う。天籟がいないと意味がいない。

「今年で何回目だ」と一度考えを巡らせたが、いつの間にか数えることも面倒になって忘れてしまった。どうせこの先も毎年赴くのだろうからと、そう考えていたから。

 エデンの外郭を超えると、外の平野はいまだ戦闘の跡が残っていた。踏み荒らされた草原、残されたままの壊れた装甲車、瓦礫や武器が無残に捨てられている。

 ところどころに突き立てられている布を括り付けた棒は、戦死者への弔いだろう。空霄もその光景に目を伏せ哀悼の念を示す。

 しばらくして天籟が地上に降り立った。そこもまた荒れたままの平野が広がる。

「やべえな、どこもかしこもすぎて」

「どこもかしこもなら、どこでもいいだろ」

 天籟が返すと、「確かにな」と空霄が肩をすくめた。

 数歩歩を進めると空霄が足元に花束を置く。その場にしゃがむと小さく頭を下げ祈りを捧げる。見守っていた天籟も、それにならい目を伏せた。

「今日が最後かよ」

 空霄が空に叫ぶ。声だけが響いた空に虚しさを感じた。

 空霄が辺りを見渡す。当時の光景は今となっても鮮明に思い出される。

 ここは空霄と天籟がパートナーとなってからの初陣の場所。初めて空霄が天籟を使い、誰かの命を奪った場所。

 びいびいと泣いていた自分自身を思い出したのだろうか。空霄が苦々しく笑う。

「毎年毎年飽きもせず来るねえ」

「お前と来ることに意味があるんだろ」

 そんな事は天籟にだってわかっていた。素直になれないのはお互い様だ。

「なあ、天籟」

 真剣みを帯びた空霄の声に天籟が視線を外す。今更真面目に語り合うなど気まずさしか感じない。

「ありがとうな」

 ちらりと背を向けた空霄を見遣る。大きくなった相棒の背中が、とても幼く見えた。

「やめろよ、恥ずかしい」

「今言わねえといつ言うんだよ」

「だからって二人っきりの時とかやめろよ」

「俺だって腹くくって言ってやったんだろうが。分かれや」

「だったら別に――」

「だーーーー! だったら忘れろクソ恥ずかしいわ!」

 空霄が天籟に背を向けたままなのは、その顔を見られたくないからだろう。

 天籟もくるっと回れ右をすると同じく背中を向ける。

「……こっちこそ、ありがとな」

「……謝辞はでけえ声で言えよ」

「うっせえな、感謝の気持ちにケチつけんな」

 沸騰するくらいに二人の顔が熱を帯び赤くなる。

「はあ」と大きなため息が二人からこぼれる。

「俺だけ看取ってくれねえのかよお」

「特別扱いだ感謝しろ」

 しょぼくれた声に少しだけ天籟が振り向く。

「しかしじいさんになって天籟にからかわれずに済んだわ」

「うは! 空霄のじいさん! 見たかったじゃねえか!」

 ケラケラと二人が笑う。

 一通り笑い倒すと空霄が天籟に向き直った。大きな体を天籟が見上げる。

「これからも俺は毎年ここに来る。そんで花を手向ける」

「おう。そんで毎年思い出せ、俺のこと」

「気を付けて行けよ、天籟」

「お前もな、空霄」

 どちらからともなく手を差し出せば握手を交わす。

 しばらくの間、その手を離せずにいた。



 集会室の窓から金瑞ちんるいが外を眺めている。

 光躍がんやおの入れた茶はもう冷めてしまった。

「淹れなおすか?」と光躍が問うが、金瑞は首を振った。

 ぼうっと遠くを見つめる金瑞に光躍が声をかける。

「外に行きたいのか?」

「……そうだね」

「市街か?」

「うん」

「それなら誰か人を」そう言って光躍が立ち上がろうとすると、意外な言葉が返ってきた。

「君が連れてってよ」

 目を丸くした光躍だが、すぐにその瞳が宙をさまよう。

「今まで俺とは行きたがらなかっただろ」

行きたがらなかったんだよ」

 光躍がどうしたものかと顎に手を当てる。考えるその姿に金瑞がしびれを切らした。

「かっこつけなんだから」

 ぼそっと吐き出された言葉に光躍の目が瞬く。その驚いた様子に金瑞が口を尖らせた。光躍の言葉が狼狽えだす。

「俺は、ずっと城内で暮らしてたから、市街の事はあまり詳しくない」

「案内してって言ってるんじゃない。連れて行って、一緒に行こうって言ってるんだよ」

「しかし、何かあっても」

「何もないよ! どうせ上手くエスコート出来なかったらどうしよう、かっこ悪いところ見られたどうしよう、そんな事ばっかり心配してるんでしょ」

 腹立たしさをみせる金瑞に戸惑いだす。いつも光躍の言動を肯定し、いつでも笑顔で、いつでも味方でいてくれた金瑞が怒っているのだから、初めての事にどうすればいいか分からないのだろう。

「そんな事ではない。俺にとってはでは」

 呆れた金瑞がため息交じりに話す。

「君はみんなの憧れだし、みんな慕ってくれてるのに。かっこ悪くったって、失敗したって、誰も何も思わないのに」

「俺が――!」

 突然叫んだ声は、まるで13歳の少年のような声だった。

「俺がずっと憧れてたんです」

 光躍の叫び声に金瑞が目をぱちくりとさせる。

 初めて金瑞と出会ったのは13歳の時だった。絹のようなブロンドヘアに透き通る碧眼。桃のような薄ピンクの頬に薄い唇。尖っていた性格をいつも受け止めてくれる優しさ、物腰柔らかい仕草。風は金瑞の髪をなびかせる。黄金に光るドラゴンは太陽よりも明るく神々しい。――そのすべてに憧れた。

「貴方は俺の憧れなんです」

 その口調は出会った時の幼い光躍を思い起こさせた。

「だから俺は、貴方に見合うように努力して来た。貴方がいたから頑張って来れた」

 焦がれる目で見られれば、その人を愛おしいと思ってしまう。金瑞の心臓がぎゅっと掴まれる感覚を覚える。光躍の目の前まで歩を進めると、すっかり頼りなくなってしまった光躍の頬を撫でる。

「こんな顔してるんじゃあ心配だな。僕がいなくなってもみんなを頼まれてくれるのかい?」

 頬に当てられた手が握り返される。

「はい。貴方に恥じないように、生きていきます」

 碧い目が困ったように笑う。しかし、すぐにいつもの調子で金瑞が急き立てる。

「じゃあ、出発しよう」

「いや、待て。食べ物はどこがいいか、どんなものが推奨されているのか調べてから」

 もう勘弁してくれと金瑞が光躍の腕を掴みぐいぐいと引っ張っていく。

「それは君が町の人に聞いて。間違っても恥かいてもいいから。僕と一緒に迷えばいいから」

 嬉しそうにする金瑞には降参せざるを得ない。ようやく「分かった」と観念する。

「分かったから、部屋を出たら腕は離せ」

 集会室のドアの前で身なりを整える。外にいる組員に示しがつかないと思っているのだろう。

「ほんと、格好つけだね」

 金瑞が満足げにドアを押し開けた。



 南区域では喧噪もまた活気の一つ。

 昼間から賑やかな町にはまだ慣れない。しかしここはなぜだかとても居心地がいい。そんな事を思いながら火璇ふぉーしゅえんがスープをゆっくりとすする。

「火璇ー。おかわりいるー?」

 台所からリビングへ顔をのぞかせたのは炎威やんうぇいの姉。いつのまにか親しんだその話しぶりに「じゃあお願いします」と火璇が返す。

「火璇さん、これ美味しいから食べて」

 妹が出来たての揚げ物が乗った皿を差し出す。「ありがとう」とこちらも丁寧に返すと一つ頂き、自分の取り皿によそう。

「ねー! シュエン兄! 稽古しようぜ稽古ー!」

「ボクも、ボクも一緒にやりたいー」

 弟たちの誘いに「じゃあ後で」と言えば「ご飯食べてからにしなさい」と弟らが叱られる。

 仲間や同僚、上下の関係しか知らなかった火璇にとってとても新鮮なのに、ずっと知っていたかのように懐かしい感覚を覚える。温かい時間に自然と頬も緩んだ――。

「だーーーー! じゃねえ!」

 火璇の横に座っていた炎威やんうぇいが大声を上げる。

「ねーちゃん、俺もおかわり!」

「はあ!? 自分でやりなさいよ」

 姉がさっさと台所へ戻っていく。

「俺にも揚げもんくれ!」

「なんでよ。バカ兄の分はないわよ」

 妹は大皿を炎威から遠ざけた場所に置きなおした。

「おい、にいちゃんは稽古誘ってくれねえのかよお」

「嫌だ! ヤン兄自分ばっか勝って終わりじゃん。いっつもいっつも」

「にいに厳しいからこわいいー」

 弟たちが火璇の陰に隠れるようにしてべっと舌を出す。

「お前らにいちゃんに対してその態度はねえだろ!」

 炎威が小さな反逆者を捕まえようと席を立つと、弟たちがテーブルの周りを逃げ回る。

「あんたたち! ご飯中は静かにしなさい! 炎威、あんたが煩くしてどうすんのよ」

「なんで俺が怒られんだよ。理不尽だろ」

「煩いわね。火璇を見習いなさいよ!」

 どれだけ周りが騒がしくなろうと、火璇がきちんと姿勢よく椅子に座り、ついには食後の茶をすすり出している。その姿に炎威が叫ぶ。

「お前馴染みすぎだろ! いや、それはそれで嬉しいけど! ちっとは俺の味方しろ。誓いはどうした誓いは!」

「そんなくだらない事に誓いなど、安易に口にするもんじゃない」

「お前~~~~~~~」

 地団駄を踏む炎威に火璇が涼しい顔をする。

 騒がしい日常は城内の生活とは違い、穏やかさを感じる。五月蝿いはずなのに静かだとは、矛盾していることは他にもあるものだと火璇が手元の茶に視線を落としながら考えていた。

 昼食が終わり、弟たちとひと汗流すと皆が火璇を見送りに出た。

「火璇またいつでも来てよね」

「火璇さんがいたら華があるし、お話も楽しい」

「まってるぜシュエン兄!」

「また遊んでね」

 炎威の兄弟たちが見送る中、複雑な感情を残し笑顔で別れる。

「もう一回くらい来たかったな」と街を歩きながら火璇が呟いた。

「また来たらいいじゃねえか」

 そう返す炎威に火璇が首を振る。

「もう、時間はなさそうだ」

 その言葉の意味を察すると、炎威が歩を止める。振り返った火璇が、相棒の顔を見て目を細める。

「そんな顔するな」

 そう言いつつも、振り返ったその笑顔もとても儚かった。

「そうは言ってもまだ多少の時間はある。炎威――」

 火璇が炎威の目の前に立ち、その顔をのぞきこむ。

「お前は俺と何がしたい? どこへ行きたい?」

 のぞき込まれた顔を直視できなかった。しかし、優しい声に炎威が顔を上げる。

「行きたいとこも、やりたい事もたくさんある! たくさんありすぎて時間が足りねえ。でもよ、なんもしなくてもどこにも行かなくてもいいから、ずっとここにいてほしい」

 しょうがないと、火璇が眉をひそめて笑う。

「炎威は海を見たことがあるか?」

「海? 本で見た。でっかい水たまりみたいなヤツだろ?」

 ふふっと火璇が吹きだすと、「笑うなよ」と炎威が突っ込む。

「行こう」と火璇が炎威の手首を掴む。そのまま駆け出すと大きく翼を広げ空へ舞い上がった。


 内陸に位置する都市では、めったに海に近づく事はない。雪蕾しゅえれいのように輸送に携わる者なら機会はあっただろうが、それ以外の人が都市の外に出ることなどほとんどなかった。

 どうして火璇ふぉーしゅえんが海を見せたいと思ったのか炎威には分からなかった。実際にそれを見るまでは――。

 遠くにキラキラと光る水平線が見えてくる。緩い弧を描いたそれは見渡す限りどこまでも続いている。近づけば近づくほど、脅威を感じるほどに大きくなる。

 大きいや小さいという概念ではない。果てが見えない、無限の光景が広がっていた。

「で、でけえ!」

 陸上から海面へ出ると、その広大さに炎威やんうぇいが身を縮こまらせる。

 辺りには見たこともない鳥や、水の中にも生き物がいる。

「あれが生きてる魚か」

 炎威が海を見下ろし凝視する。

『俺たちが食べているものはもっともっと小さいヤツだ』

「マジかよ。じゃあ海に出たら食いもんに困らねえな!」

「捕まえられたらな」と火璇が愉快そうに返した。

 海の周りを旋回していると、遠くから一羽のドラゴンがこちらへ向かってくる。

「あれ? 海燕はいやん?」

 先の戦闘から、流涛るーたおの戦死を知らされた。

 違う場所で、違う状況で、違う時に出会っていたら、友達になれたかもしれない。違う関係でもっといろんなことを話したかっと炎威が悔やんだ。しかし海燕には流涛の死に責を負うなと咎められた。今までで一番楽しそうで、一番かっこいい流涛だったと、海燕は笑顔で話してくれた。

 火璇が海燕に声を掛けると、獣声が海に轟いた。

『海燕は海のドラゴンだから。最後はここで流涛と過ごすそうだ』

「流涛と?」

 海燕の足元を見ると何かを掴みぶら下げている。

『焼いた骨をここに鎮めるんだと』

「そっか」と炎威が空を舞う碧いドラゴンを眺めた。

「海燕!」

 炎威が叫びかけると、ドラゴンが口を開け咆哮がそれに返事をした。

『礼を言っている』と火璇が伝える。

 海燕が降下するとそのまま海面にダイヴする。大きな水しぶきが上がり、潜り込んだドラゴンが再び飛沫を上げ浮上する。キラキラと舞う水しぶきが陽光を反射し虹色に光る。水の中を泳ぐ海燕はとても気持ちよさそうだった。

「いいなー、俺たちも入ってみるか!」

『バカか。入りたいなら一人で行け』

「行かねえよ。何よりあの二人の時間を邪魔しちゃ悪いだろ」

 ドラゴンがいる世界。それはあと少しで消えてしまう世界。

 こんなにも美しいドラゴンの背に乗り、こんなにも美しい光景を見たことを、決して忘れない。いま見えているすべてを、触れている感触すべてを心に焼き付ける。

 それでもまだ、ずっとこの時間が続けばいいのに、続くかもしれないと淡い期待を抱いてしまう。時間を止められないなんて、戻せないなんて、世界は平等に無情だ。


 エデンに戻ってくると、西門の前に降り立った。

「海、すげかったなー! 綺麗だったー!」

 はしゃぐ炎威を満悦そうに火璇が見つめる。

「なあ、時間ってまだ――」

 そう言って炎威が振り向くと、火璇の体がぽわぽわと光を纏い始めていた。

「ま、待て! 今なのかよ!」

 焦る炎威が火璇の腕を掴む。自分の手のひらを見た火璇が時を悟った。

「海の上じゃなくて良かったな」

 火璇が冗談を言い笑いかけたが、炎威の顔は今にも泣きだしそうだった。

「お前は笑ったり泣いたり、忙しいヤツだな」

 引き留めようと火璇の腕を掴んだ手に力が入る。少し痛いと感じたが、その痛みさえ火璇は忘れまいと体に刻み付ける。

「炎威、お前はお前のままでいい。そのまま生きろ。俺がそうしてほしい」

 目を赤らめながら、口元を曲げながら、炎威が何度も頷く。良かったと火璇が頬を緩めた。

 どんどんと体を纏う光が増していく。火璇の体が光と化し、消えていく。

「じゃあ、元気でいろよ」

 火璇の言葉に、炎威が締め付けられた喉から声を振り絞る。出来るだけ元気に、出来るだけ明るく、出来るだけいつも通りに。でも、最後くらい。

「火璇! 俺は――――――――――――――――。」

 火璇が盛大に吹きだす。炎威の目が見開かれる。

 こんなにも破顔した火璇は初めてだった。顔をくしゃくしゃにして笑う火璇を、最後の最後に見る事が出来た。

「炎威、こいつは今際の際まで持っておけ。失くしたら許さん」

 火璇が首にかけられたフローライトのネックレスをはずすと炎威に投げた。

 始めて一緒に市街へ出た時に買ったネックレス。

 ブルーフローライトがまるで火璇の瞳のようで、一目ぼれした。

 ネックレスを受け取ると、満面の笑みを火璇に向ける。

「失くすかよ! 約束だかんな!」

 光に包まれた火璇が見えなくなる。最後までその顔は優しく笑っていた。ただそれだけが炎威の目に焼き付いていた。


 火璇が消えていくとともに、エデンから光が溢れだす。それはまるで光の柱となるように空へとのびる。消えていくのではない。きっと帰っていくのだ。

 その光はエデンのみならず、平野から、シナルから、大地から浮かび上がる。空へ舞い上がる光を、みなが見上げ祈りをささげる。

 異能が与えたもの、奪ったもの、教えてくれたもの、それらを考えるには今は心が傷付きすぎていた。


 *


雪蕾しゅえれい炎威やんうぇい知らねえか?」

 演習場で稽古に勤しむ雪蕾に空霄こんしゃおが声を掛ける。

 ソルシステムが消滅してから休戦協定が締結し、エデンとシナル間では静かな時間が流れていた。

 しかし未だ野賊の奇襲は止まず、都市の中では手を焼いていた。そのため黒い牙の組員たちは希望者以外は解散せず、いまだ都市を守る組織として活動を続けている。

「グリファじゃないか?」

「またかよー。輸送の護衛頼みたかったのによー」

 呆れる空霄に雪蕾も眉をひそめ笑う。

「まだあれから1か月しか経っていない。以前から心の準備が出来ていた私たちと違い、炎威には急な事だった。今は静かに見守ってやろう」

「わーってるよ。護衛で外にでりゃ、それはそれで気分転換にもなるかなと思ってな」

「確かに」と雪蕾が同意する。

「帰ってきたら無理やりにでも行かそう」

 たまに容赦のない雪蕾に今度は空霄が苦い顔で笑う。


 円形をしたグリファの庭に、炎威はいた。

 胸にはブルーフローライトが光っている。

 樹蓮しゅーりゃんが寝ていたベッドも片付けられ、咲いている花や草木の様相も変わり出し、その面影も次第に消えていく。

 ただ、ソルシステムがあったその場所はいまだぽっかりとした空間があり、光り輝いていた球体がなくなった代わりに真っ黒く小さな球状の塊が一つだけ浮かんでいた。

 グリファの研究員によれば、この塊がすべての球体を飲み込んでしまったらしい。

 塊を掴もうとしても磁石で弾かれたようになり触れられない。不思議な物体については今も研究が進められているらしい。

「お前もこん中にいたりするのか? それとも空にいるのか?」

 誰もいない空間に話しかける。もちろん返事は返ってこない。

「まだたまに寂しくなってよ。出会った時の事とか、シナルに潜入した時の事とか、いろいろ思い出したりするんだよ。でもよ、思い出に縋ってる俺じゃあだめだよな」

 庭に背を向けると歩き出す。

「俺は火璇ふぉーしゅえんの器に選ばれたことを誇りに思ってんだよ。だから、しょぼくれんのも今日で終わりにすっからな」

 誰にでもなく、自分自身に言い聞かせる。

「よっしゃーーーーーー!」と両手を天に突きあげると、周りの研究員たちが驚き振り返る。

「見てろよ火璇! 約束、忘れんなよ!」

 天に叫び走り出す。

 声は空に響き広がる。きっとどこかで見ている、それはパートナーだから分かる。

 遠い太陽まで声が響いた。



結束

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ParaSol 明日乱 @asurun

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