第27集 選んだ道
『
「操られちゃしまいだからな。抵抗できるのは星光体だけってことか」
『一気に大砲を潰す。やってみるしかない』
先ほどから周りを囲うシナル軍にギロチンを振るうがきりがない。炎威であっても体力には限界がある。悠々と傍観するだけの寛宇には手も出せない。せめて
「もうじきミサイル来るか!? 今度こそ迎撃難しいぞ」
資源が限られているミサイル弾を使っての攻撃は制限される。それでも今回攻め切るつもりのシナルとグリファの共同戦線であれば、あちらも出し尽くす覚悟だろう。
『炎威、分かってると思うが俺はここでダメになっても――』
「あーーもう! 言うと思った。思ったけどそれ言われんの腹立つ!」
炎威がシナル軍に向かい全速力で駆け出す。すると敵の刃が届く寸前で大きく飛び上がる。その体をドラゴンが拾い上げた。
赤いドラゴンが宙に出現すると一気に砲弾が襲い掛かる。しかし砲撃を受けたのは火璇ではなかった。
宙を飛ぶ炎威がギロチンを構える。炎威に向かい一斉に放たれた砲弾を両断していく。しかしその後方から襲ってきたのは大量の飛箭。
「マジかよ!」
炎威がギロチンを盾に前方を防ぐ。しかし背後から襲ってくる攻撃の防御が間に合わない。火璇がドラゴンとなり炎威を庇うと、炎威を掴み空へ舞う。
砲弾の第二破が真っ赤な
遠くにおぞましい発射音が轟いた。音が炎威の体を強張らせた。
それは間違いなくミサイルの発射音。
「くそッ! もうかよ!」
どうすればいい。何を優先すればいい。何を守ればいい――。
炎威が思考と視線をぐるぐると巡らせた時だった。
空からの
「あー! 二発外した!」
『俺のせいじゃねえからな! おっさんバテ過ぎだろ!』
「はあ!? ガキの負担少ないように最小限に留めてやってんだろが!」
聞き覚えのある舌戦が降り注ぐ。
「
「てんめえ、てこずってんじゃねえよ」
「すみません、ミサイル来ます!」
スカイブルーのドラゴンが空霄を背に乗せる。
「わーってんだよ。それはこっちに任せとけ」
地上の機動戦闘車は壊滅状態。劉地に操られた人々が武器を構えているが――。
『劉地の異能がなくなれば解除される』
「連れてけ、火璇」
空を悠々と旋回するオーカーのドラゴンに照準を合わせる。
これだけの器を操るまでの異能を使えば、劉地にも相当の負担がかかっているはず。ギリギリのところで戦っているのは両者とも同じだった。
『寛宇に手を出す事は出来ない。殺るのは劉地になる』
炎威が守ろうとしてきた異能を、傷つけないために戦ってきた異能を、それを自らの手で殺めなければいけないと火璇が伝える。
『出来るか?』
その言葉の意味を炎威は分かっていた。力の話ではない。心の問題を問いている。
「……おう」
『大丈夫だ。罪の意識は俺が全部持っていく』
火璇の言葉に炎威が奥歯をギリっと噛みしめ、拳に力を入れた。
ミサイルの方へと飛んでいく
計算違いの展開にドラゴンの背に乗った寛宇が顔を歪める。しかし迫りくる火璇を見てもなお余裕の態度を崩さない。
「劉地が盾になる」と、その余裕が寛宇にはあるのだろう。
火璇の背から炎威が飛び上がる。ギロチンを振りかざすと皮肉な目を向けた寛宇に飛び掛かった。しかし、炎威が刃を突きつけたのは、寛宇をかばったドラゴンの体。ドラゴンの羽の辺りにギロチンが食い込む。一度それを抜き取ると、次はドラゴンの首元を切りつけた。
悲痛な咆哮が響き、血汐が舞う。歪みそうになる表情を炎威が引き締める。攻撃の手を緩めることなく、もう一度首を狙いギロチンを振り上げた。
器ではなく異能を狙った攻撃に寛宇が焦る。思わず輪刀に姿を変えさせるとわが身を守った。しかし炎威が追撃へと繰り出す。何度も何度も輪刀に刃を向ける。寛宇を守らんとする劉地にギロチンをかざし続ける。後退する寛宇の顔も次第に歪み始めた。
「貴様、まさか初めから異能を殺しにきたか」
寛宇が吐き捨てると、炎威の目元に影が落ちる。しかしそれを払いのけるように横薙にギロチンを振り切った。
輪刀を打ち付ける炎威の刃はまるで
次第に輪刀が毀れていく。もうそれ自体に力はなく、ただ気力だけでその形を保っている。劉地の体がもうもたない事を、炎威も分かっていた。
最後の力を込め、渾身の一撃を放った。
吹き飛ばされた輪刀が人の姿に変わり地面に転がる。ボロボロになり傷ついた体は動く気配がない。
「なんで、なんでこんなヤツに!」
炎威が叫ぶと、劉地の口元が微笑を浮かべた。
「私は異能なので」
その答えは炎威にも想像がついていたはずだ。それでも訊いてしまったのは、「寛宇の為」だとか、「守る為」だとか、そんな甘い理由を聞きたかったのだろうか。
劉地の体に光が纏いだす。最後の最後まで寛宇を守り抜いたその体は、消えていく事に抗う事はない。自ら手を下したその命を、炎威が悲痛な面持ちで見届けた。
劉地の最期を見届けると、丸腰になった寛宇へと振り返る。寛宇はずるずると体を引きずり後ずさりする。この期に及んで一人逃げようとする。その姿を炎威が嘆いた。
寛宇の前に立ちふさがるとギロチンを振りかざす。
「お、おい。何も殺す事ないだろう。劉地も消えた。今の俺は何もできないただの人だぞ」
ただの醜い人となった寛宇を憂いの目が見下ろす。分かっているのに炎威にためらいが生じる。速くなる呼吸を抑える様に息を深く吸っては吐く。
『――炎威』
火璇の声が聞こえた。ギロチンを握る手に、火璇の手が添えられたような感覚を覚える。
一人じゃない。一人で背負うんじゃない。共に――。
「ぎゃ」と短い悲鳴と共に寛宇がこと切れた。
劉地が消失したと合図があると、黒い牙の組員たちが集まってくる。しかし操られていた器や異能たちにはすでに戦闘の意志はなかった。
ミサイルを撃破した
しかし役目を果たした炎威に声を掛ける事はできなかった。
体を折り、地面に伏せた炎威の頭を火璇が抱き込む。大丈夫だと背中をさする。もう終わったからと、その背を静かに撫でていた。
それでも縋るように火璇の膝で泣き崩れる炎威に、掛けられる言葉など見つからなかった。
武力紛争はお互いが停戦に同意し休戦協定を締結。コラプサー化計画が遂行されたことで、その日が来る一週間後までは互いに悼み協力体制を取ることとなった。器としてシナル軍や黒い牙で生きて来たものたちがようやく手を取り合う。コラプサー化が成功すれば、その先は再びどのような関係が築かれるのかは分からない。しかし今だけは、ただ穏やかに、静かにその時を迎えたいと誰もが思っていた。
一週間をこれほど短いと思った事はなかった。
「グリファへ行くのか?」
「ああ、琳琳もついて来てくれないか」
「もちろん」と共に車に乗り込む。
捕らえられた
グリファに着くと研究員が雪蕾を迎え、例の場所へと案内する。
「樹蓮の様子は?」
「いたって穏やかです。ただ暇を持て余しているようでして」
研究員が苦笑しながら答える。この都市も随分と雰囲気が変わったと雪蕾が思う。
大きな扉を開き現れたのは円形の形をした庭。その中央にはソルシステムである光る球体が宙に浮かんでいた。以前のように大きなソルの周りに小さな球体が浮いている。しかし、その一つがソルと同等の大きさにまで膨らみ上がっていた。その球体こそが樹蓮のエネルギーを意味しているのだろう。
ガラス天井から差し込む陽光はうららかで、庭全体が異世界にいるように温かな空気に満ちている。
雪蕾と琳琳が庭へと足を踏み入れる。
「いじょうなーーーーーし!」
大きな声が聞こえると、敬礼をした老人が二人の方を向いていた。そのすぐ傍にはベッドが置かれ、布団にくるまりながら樹蓮がくすくすと笑っている。
「ご老人、今日も樹蓮の護衛ご苦労」
雪蕾が声を掛けると老人が満足げにベッドの横に置かれた椅子に腰かける。その老人は
「少しの物音でも警戒して私を守ってくれるんですよ」
樹蓮が嬉しそうに笑う。体には何本もの管が取り付けられており、あれから寝たきりの生活を送っている。それでもグリファの研究員たちの計らいで暗い研究室から明るい庭に移り過ごせるようになっていた。
「そうか、彼を連れて来て正解だった」
聞こえているのかいないのか、椅子に座った老人はぼうっと庭の景色を眺めている。それでも潜在的に樹蓮を守らんと、剣士の意思が働いているらしい。
もとより護衛の必要性などないのだが、これが一番いいだろうと香頭のメンバーで意見が一致した。なにより樹蓮も老人もとても幸せそうだった。
「彼は樹蓮の後の事は分かっているのか?」
「どうでしょう。でも毎日私が息をしているのを確かめては優しく笑いかけてくれます。きっと私の命が長くないと分かっているのでしょう。どちらが先に行くのか、なんて話したりするんですよ」
あまりにも不謹慎なジョークに雪蕾が唖然とする。しかし、そんな冗談を言い合えるのも長くパートナーを務めあげた所以なのだろう。
「それなら良かった。警護の方は問題ないと思うが、もしまた何か必要な事があれば――」
「雪蕾」と樹蓮が言葉を遮る。
「もうここに来るのは最後にしてください」
雪蕾と琳琳が驚いた顔になる。
「私の心配はいりません。彼がいますから。それより、お二人の時間を今は何よりも大切に」
雪蕾の喉の奥が鳴り、こみ上げた感情で目の縁が濡れるのを感じた。ゆっくりと息を吐き、感情を押し込める。
「ありがとう」
それだけ伝えると深く深く頭を下げた。
樹蓮がいつもの柔らかい笑顔で二人を見送る。老人は再び起立すると敬礼で見送ってくれた。
庭を後にする雪蕾が不自然なほど黙り込んでいる。元々口数が多い方ではないが、それとは別の理由がある事くらい琳琳にも分かっていた。
「なあに、少しばかりのお別れと思ったらよい」
話しかけられてもなお無言のままの雪蕾に琳琳の眉が八の字に垂れる。
「雪蕾は以前の姿の私と撮った写真を持っておるだろ?」
「知っていたのか」と思わず雪蕾が振り向く。
「同じ自分自身には違いないのだが、なんだかそれはそれで癪に感じてな」
琳琳がニヤリと笑う。
「今から景色のいい場所に行って二人の写真を撮らんか?」
「琳琳は今の体になってから写真を嫌がっていたから……」
「そうだ。嫌は嫌。しかし前の姿の写真を大切に持たれている方が嫌なのだ」
停めてあった車まで戻ってくると、雪蕾が助手席のドアを開ける。
「たくさん撮ろう。寄り道できる場所は全部」
車に乗り込みながら琳琳が嫌そうな顔をする。
「一枚でいいだろう」
「いいや、たくさん。何枚でも」
助手席から見上げると雪蕾が頬を染め、嬉しそうに笑っている。
「私の麗人にそのように言われては断れん」
軽い足取りで運転席に回ると雪蕾も車に乗り込む。改めて横に座るパートナーに顔を向ける。
「それじゃあ、行こうか」
「どこまでも」と琳琳が返す。
車がエンジンをふかし出発する。短すぎる二人旅へと走り出した。
「
城内の緑が茂る一角。手入れされた庭に配置された大理石の椅子に天籟が寝転がる。
「冷たく気持ちいいんだって」
片目だけ開けると、仁王立ちになった
「勘弁してくれよ空霄。暑苦しい」
それでもそこをどこうとしない空霄に、天籟がしぶしぶ体を起こした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます