あなたの名前を

サトリはずっと呼吸の間も無しに話していた。

学生時代の好きな人の話。

その人と同じ職場だった話。

でもその人には婚約相手がいて諦めたんす!と、熱しやすく冷めやすい恋は大変なんだという話。探偵をやっていた頃はよく自分に張り付く幽霊に情報収集をして貰っていた話。

新聞にも載ったんすよワタシ!という、自慢話。

少しシリアスな話もした。

天使は、人間に隠れていて、どうすれば見分けられるかだとか。

頭が良いもの、強いもの、純粋なもの、でもそれぞれ、神様を手に入れるのに手段は選ばないこと。

天使を殺したあとは、血が服や手足についても全部塵になることも。

意外と容赦なく、グロい話をしてくる。別に私に耐性がないわけではないが、煌々した話からのギャップが凄い…


何分たったかわからない。

何時間もたっているかもしれない


サトリの後ろに、いつの間にか神様がいた。

先ほどとの服装とは違う、紳士的な格好で登場した。髪型は変わっていないし、ローブも変わっていないがよく似合っていた。


「数日ぶりっすね。よかったっすよ、人間を見つけられて」


サトリは神様に微笑む。


『うん。良かったよ…あのね、悟利』


神様はサトリそばに寄り、少し長い、伝言を託しているようだ。


「…そうっすか。大丈夫っす。安心してください!ワタシも同感っすから」


サトリは、曇りのない、辺りを照らすような笑みで答えた。

神様は私を見て微笑みながら言う。


『悟利と話してくれて有難う。寂しがっていたからね。でも、君らの団らんはここで終わりかな…』


神様は、斜めがけのポシェットを私に渡した。


「これは?」


『旅の荷物。必要なものをまとめておいた』


あまり重みを感じない。中身を探る。

ハンカチと、裁縫道具と絆創膏と包帯と、マッチ、あとは、長いなにか…ナイフか。刃の部分のカバーと柄の木の部分、薔薇の模様が描かれた、白銀の刃のナイフ。


「着替えとかって…」


『それは大丈夫。僕がいるから』


意味不明だ。

まあ、神様がいうなら大丈夫なのだろう。神様だし。


「なんのためにつかうんです?このナイフ」


『護身用のナイフだよ。危ないことがあるかもしれないから。一応持っておいて。あとは、このポシェットのなかに、好きな本なり何なり、入るだけいれて良い』


神様は楽しそうだ。

これから始まる旅に、なにかを期待しているようだった。

可愛らしい。

お言葉に甘えて、あのレポートと、あの交換日記を入れる。

ポシェットを肩にかけた。


『それだけで良いの?他にはなにか、要るものはない?』


「…ないです」

『思い出の品とか、貰ったものとか。持っていかなくていいの?』

「覚えてない…から…えっと、大丈夫です」

『覚えてない?』


神様はそう言うと、納得したような表情で私に問う。


『…君、記憶喪失か』

「そうらしいっす」


サトリも神様と同じようなを浮かべていた。

そう。私は記憶喪失。

普通にバレてると思っていたり


『なんで言わなかったの?』

「言うタイミングが見つからなかったので…」


と、誤魔化す。

本当は、記憶喪失だと知られたら、使い物にならずそのまま、捨てられると思ったから。

そんなことをする人ではないだろうが、心配はある。

だから、伝えなかった。


『そっか。ごめんね、僕が勝手に話を続けちゃったから』

「いいえ、そんな、私がなにも言わなかったからで」

『ううん、君はなにも悪くないよ。…記憶ね…。君、名前は?』


名前…

わからない。


「わからないです」

『…じゃあ、年齢は?』


多分、十代半ばから十代後半だと。


「十代…十五、です」

『じゃあ、通ってた学校とか…』


学校…十五歳が通うのは高校か?いやでも…まだ中学を卒業していない可能性も…


「中学校…?」

『…うーん、じゃあ、家族は?』


お父さんとお母さん、なら、皆、いるものだろう。家庭の事情によるが、一般的で平穏な家庭なら。


「父と母がいた気がします」

『うん、君、記憶が曖昧だね。記憶喪失で間違いないかな』


神様は苦笑しながらこちらに近づいた。


『名前、わからないんだよね、つけてあげよう。この先、きっと不便だろうから』

「…名前…ですか」



…名前。

私は名前を覚えていない。名前とは自分を定義づけるために、一番重要なものだ。

名前があれば、自分はその「人間」になりきれる。だから、今の私は、ただの不確定要素だ。

神様が名前をつけてくれるなら、大歓迎だ。

神様だぞ、あの神様が…どの神様だかわからんが、でも、私が、その名前をもつ人間となるんだ。ならきっと、嬉しいことだ。


『水…ミヅキ…、いや、それだと駄目か…ミズツキ………、そうだ、君の名前は今日から水附だ』


みずつき。

私の名前は、水附。

今、この時から水附と言う人間となる。

私は、不確定要素ではなくなった。

しっかりと、確立した人間だ。


『…じゃあ、これからよろしくね、水附』


神様は、満点の笑みで私にそう言った。

同じ笑顔で私も返す。


「よろしくお願いします、神様!」


「なんだか、よかったっすね、二人とも。仲良くやってってくださいっす」


この場にいる私達は、笑っていた。


そうして私は、旅にでる。

まだなにも知らない、世界をもう一度、やり直す方法を探すため。



私は水附。

自分の年齢も、生まれも、心身の性別さえも今だ確か分からない。


私は、ただ。

 進むしかないのだから。

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終演を告げたこの世界。 中田えむ @Lunaticm

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