私にとっての悪

「天使、ご存じっすか?」


唐突な質問だった。

…天使とは、羽のはえてる金色の輪を頭に浮かせた、神々しいお姿の…あの、天使だ。

だいたい、天使は人間の強い味方で、神様の使いみたいなものだろう。


「…なんとくは」

「なら、その常識を今、白紙にしてくださいっす」


どういうことだ?


「…今から教えるのは、天使の殺しかたっす」


天使の殺しかた。

…サトリの話をしっかり聞かなくては。

でも、疑問がある。

なぜ、天使は殺さねばならないのだろうか?

なぜ、急にそんなことを言い出したのだろうか?


「まあ、天使を殺すのは難しいっす。人みたいに、簡単に死にません。息を止めても、大量出血させても。毒は多少聞くらしいっすけど、超強力でないと死にませんし殺せません」


「あ、あの」


「ん?なんすか?」


「なぜ急に、天使を殺すなど?意味がわからない。まず、天使がなにをしたのだ?私はそれを知らない、教えてほしい」


私は、必死に質問を振る。


「…アナタの言う神様、あの人、天使に狙われてるんすよ。あの人の役職のせいで天使はあの人を仲間に率いれようと強引に、あの人の意思関係なく、襲うんす。だから、…ワタシ、あの人をボディーガードの一人みたいなもんなんだったんす」


「そんなことが?」


「ハイ。それに、これからはアナタが天使を殺さなければならんのですよ。ワタシ、あの人にここを守ってって頼まれちゃったんす。だから、アナタに託すっす。天使を殺す方法を」


サトリは、やりきれないような笑顔でそういった。


「は、はあ」


私は気の抜けた返事をした。


「殺す方法は簡単っす。心臓を貫いて脳天を貫く。それだけっす」


「それだけって」


心臓を貫く。なにか鋭利なもので突き刺す。人はそれでほぼ即死だ。

べつに、脳天を貫く必要はないはずだ。

頭蓋骨は硬い。銃で撃ったら話は別だが、私の力では無理だろう。


「それだけ、といっても、殺すのは躊躇しますし、良心は痛むっす」


人を殺す感覚を、私は知らない。

ただ、神様のいたずらかなにか、人間は人を殺すのに、躊躇する。虫を潰すのと同じだ。家畜を殺し、食うことと同じだ。人間になると、人の形をしたのものだと、殺す気が失せてしまう。

だから良心も痛む。

殺したくないという、選択肢から逃げたいという欲望が無駄にでるのだ。


「でも、ワタシたちを躊躇なく騙し、襲う。殺そうともする。そのせいで、ワタシの上司は、あの人を庇って死んだっす」


許すまじ。見つけたらすぐに殺したまえ。生かしておく義理はない。そんな言葉が、私の脳をよぎる。肥大しきった復讐心を感じた。


「でも、これだと、感情論っすね。殺すか殺さないか、決めるのはアナタっす。ただ、なにかが傷ついても後悔はしないでください。そして、しっかり殺しかたを覚えておいてくださいっす」


サトリはそういって苦笑した。

私は、自然と頷いた。

納得はしていない。けれど、天使が、人殺し。なんだか怖い話だ。どこかで聞いたことのある話、悪魔よりも神の方が人間を殺している、という神話を聞いたことがある。それと同じく、天使は人の脅威なのか。人を、殺すのだ。サトリの話が嘘でなければだが。

そういう風には見えず、私は頷くだけ。


「納得はして無さそうっすけど、そのときになったらわかるっすよぉ、本当に」


サトリはあきれたような顔をしている。


「…アナタ、静かっすね。あんま人と話すの好きじゃないんすか?」


唐突な質問だった。


「いや、別に。得意ではないけれど」


得意ではない。というか、どちらかと苦手だと思う。多分、サトリが普通に他愛もない会話をしてきて、私がうまく返答できる気がしない。私はコミュニケーション能力が皆無だ。神様と話したときも、だいぶ言葉に詰まったし。でも、話を聞くのは嫌いじゃない気がする。返答を求められる会話はあまり好きじゃないのだろう。


「好きでもないんすね、なんかしゃべりすぎちったっす。すまんっす」


「あ、いや別に、平気だ。むしろ、面白がったし」


本心をそのままサトリに伝える。

すると、嬉しそうな顔をして


「そうっすか?あ、そうそう、おすすめの本があるんすけどぉー、この本とこの本、あとはワタシの学生時代の話でも…」


「…全部聞くが」


…多分ここで断ればサトリはしょぼんとしてしまう。だから、なにがあろうと聞く!

それが私に今できること…?だと思う。


「いいんすか!じゃあ、きいててくださいっすよ!!」



其処からはサトリの流れるような会話を聞いていた。


なんだか心が豊かになったような気がする。

私も、「いいんすか!」とか「大丈夫っす!」とか、真似してみようか、とか、よくわからん思考がでてきたが。


…ただ、必死に楽しそうに話すサトリを眺めていた。


まるで、ずっと孤独だった、少女のようだった。

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