第41話 他所の分家の揉め事を見ちまったよ

 なんか、物騒な気配醸してるな。

 今しがたの《天泣》で動きを封じられた時久と兼輝が、軽く目を合わせているのを目にした俺は直感的に嫌なものを感じ取った。

 魔物憑きじゃない。じゃないが、魔物が見れば大喜びで取り付きそうな邪念妄念の類をこの二人から感じ取ったのだ。

 

 察するに綾音嬢関連で、貞時同様の流れでってところか? モテる女も大変なもんだな。

 剣呑な二人の様子を彼女もさすがに気づいているようで、冷たく見下ろす顔つきはさきほどまで俺に向けていた可憐さの欠片もない。

 

 こういうの見ると、さすがに姫蔵の令嬢だけはあるなと感心させられる。相当高度な教育受け取るだろこれ、俺とは大違いだぜこれ。

 おそらくもう、帰り次第この子はこの二人を処断しにかかるだろう。自分の縁談相手を寄りによって従者が害そうとしたんだ、どんな底辺貴族だってそんなことありえて良いはずがない。

 

 さすがにそのへんに俺は口出しはできないしする気もないな。

 今ここで殺そうとか言い出したらさすがに止めたが、後で追放形始末しようってんなら止める理由もない。

 忠義か、愛か、はたまた欲望か野心か。いずれにせよ下手を打ったな、分家筋。

 

「今、学園にいる他の姫蔵の分家筋を呼んでこの二人を連れて行ってもらうね。重ねてごめんなさい紫音さん、せっかくのお話し合いなのに、こんなくだらないことになっちゃって……」

「いやいい、気にすんなって。あー、縁談についての話はまた今度、姫蔵さんの本家を訪ねてさせてもらうとするわ。和也殿も交えたほうが良いかもなって、今さらになって思えてきた」

「僕も。えへへ、お揃いだね!」

「お、おう?」

 

 何が? と思う程度には不思議な発言なんだが、夏に見る向日葵みたいな笑顔を浮かべてるからにはまあ、良いかと思わせるから綾音嬢は不思議な子だ。

 なんだか、ずっと見ていたくなる。男装しているが明らかに女の子の顔つき、大きな目。美人は三日で飽きるというが、この子は三千年一緒でも飽きない気がする、なんてな。

 

 馬鹿なことを考える頭を振る。そうしているうちに綾音嬢が呼んだらしい姫蔵分家の女子が二人と、あと保健室の花野養護教諭がやって来て、テキパキと時久と兼輝をふんじばっちまった。

 おいおい、やるにしても過激じゃないか?

 

「こーのバカ二人! 分家の分際でよくもまあ、だいそれたことをしたものね!!」

「魔物に取り憑かれていた貞時と違って完全に素面みたいね……天象学園に戻れるとは思わないように。しばらく拘束するからそのつもりで」

「くっ……!?」

「離せ! 離せよ、姫様の身の危険なんだぞ!?」

「危険はあんたらよ! 馬鹿な真似しといて悲劇のヒーローぶってんじゃあないっての!!」

 

 女子の一人、強気な黒髪の少女がめちゃくちゃ怒鳴り散らしている。おっかねえ。花野養護教諭もいつもの微笑みがなく真顔だし、そんなキレることかね。まあキレることか。

 時久と兼輝もなんとか抗弁というか言い返すんだが即座に切って捨てられている。同じ分家筋ってことでこいつらの振る舞いが許せないんだろうが、そのうちこっちにも矛先向かってきそうで嫌だな。

 

「まったく! ……あ、姫様に火宮様すみません、お二人の御前で見苦しいところをお見せしてしまいまして!」

「えっ」

「ううん、大丈夫。ありがとうね、急な呼び出しでも来てくれてさ、道流」

「いえいえ! 綾音姫とその婚約者の方のためならたとえ火の中水の中! ましてや同じ分家がやらかしてるとなれば溶岩を泳いででも止めに来ますとも!」

「……マジかよ」

 

 と思っていたらコロッと態度を変えてきた。大した変貌ぶりだ、声色まできっちり変わってやがる。

 姫蔵さんとこの分家もピンキリあるというかなんというか、いろいろと家ごとのギャップが大きそうだな? 花野養護教諭みたいな上澄みから、時久兼輝みたいなのまで選り取り見取りってわけだ。


 まあどこの貴族だって本家だからと分家をきっちり統率できてるわけもない。

 そのへん突き詰めるとうちだってみどりちゃんみたいな問題児がいるしな。時久、兼輝みたいなのはどこにでもいるってことだし、反面、この人みたいにしっかりした分家の者も当然いるってだけのことだった。


「姫様! 本日のところは代わりの護衛を、この園草道流めがお務めいたします!」

「うん、ありがとう。よろしくね道流」

「はい! 火宮様も、先程はこちらの馬鹿二人が大変失礼いたしました! どうか姫蔵分家筋がみなこのような輩だなどと誤解なきよう、お願い申し上げます!」

「え、ああ? うん……気にしてないから良いよ。それよかまあ、綾音嬢のことをよろしく」

「はいっ!!」

 

 綾音嬢ばかりか俺にも丁寧にお辞儀してくる。どうにもこう、他所の家の人間に傅かれるのは気まずくてかなわんな。

 こっちは所詮没落貴族だっていうんだが。まあ、当たり障りのない返答だけして俺は、曖昧に応えておいた。

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天象火宮物語─没落当主と成り上がり男装令嬢─ てんたくろー/天鐸龍 @tentacl_claw

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