第6話 キャッシュマネーフェスティバル! みんな踊れ~!

 VIPルームには重低音が充満していた。わたしの腹に巻かれたウーファーベルトが本気出したマッサージチェアみたいにドッドッドッと振動し、それを疑似的に体感させる。


 キャッシュマネーは窓際に立ち、フロアを見おろした。闇の中で、ザ・バビロンのキャパに近い2000体のアバターがひしめきあっている。そこにこの身を投げ出せば、彼らは養殖池の鰻のように群がり貪り食らうだろうと思った。 


 フロアではNAKAMARUさんのセットがクライマックスを迎えていた。ブースの中で彼女が手を挙げると、天井からビキニ姿の巨大なNAKAMARUホログラムが降ってくる。虚空に横たわる彼女の体から汗が滴り落ち、オーディエンスの頭に当たって虹色に弾け飛ぶ。彼女たちは幻の雨をその口に受けようとするかのように天井を仰ぎ見る。


 キャッシュマネーはトリとして登場する前に姿を見られてしまいそうな気がして窓から離れた。


 VIPルームには大きなソファが置かれていて、その上ではHao-Zちゃんが自分と似たようなロリアバターに股間を舐めさせていた。


 キャッシュマネーフェスティバルのオープニングアクトとして登場したHao-ZちゃんはゴリゴリのトラックとDJブースでのあざとカワイイダンスでフロアを大いに盛りあげた。


 驚くべきことに彼女は、激しいプレイを1時間くりひろげながら、同時にオーディエンスをチェックして好みの子を見つけていたのだった。


 いまソファの上で大きく脚をひろげた彼女の股間に顔をうずめている子の名前は知らない。デフォルトではスフィアタグとIDがアバターの頭上に表示されるが、ふつうはみんな設定をいじって表示オフにしている。


 わたしは名前検索アプリ・Whodinyを起動させた。これを使えば隠されている名前もこちらの視界に表示できる。Hao-Zちゃんのあそこをぺろぺろしてる子の名前は、あんず@anzujam。他のアプリとも連携させてあるので、キャッシュマネーのフォロワーであることもすぐにわかる。


 ウーファーベルトが沈黙して、音がやんだことに気づいた。おなかの肉がじんじんと熱を持っていた。


 フロアが拍手と歓声に包まれる。NAKAMARUさんのDJセットが終わったのだ。


 キャッシュマネーはVIPルームを出た。階段をおり、長い関係者通路を行く。


 出番を終えたNAKAMARUさんが向こうから歩いてくる。他のイベントで見たときにはタイトなドレス姿だったが、今日は和服を着ていた。袖に描かれた桜の木が風に揺れ、花弁を散らす。服のテクスチャーはただでさえ表現が難しいのに、さらにその上で絵を動かすとは、かなり腕の立つモデラーに作らせたものと見える。襟元は大きく開いて胸の谷間をガッツリ見せている。そこの汗ばみ具合もよくできている。


「お疲れ様です」


 キャッシュマネーが声をかけると、NAKAMARUさんはニコッと笑った。


「フロア温めといたから、トリ、がんばってね」


 そう言ってキャッシュマネーを胸に抱く。


「むぐっ!?」


 キャッシュマネーの顔は大きな胸に埋もれてしまった。おっぱいに手を当てると、ぷるんと揺れる。掌に触覚デバイスがないのが残念だ。


 NAKAMARUさんはさんざんキャッシュマネーをおっぱいで挟みつけたあとで通路を去っていった。あれも何かの性癖だろうか。


 壁に大きな鏡が張られている。そこにキャッシュマネーは全身を映した。今日のために発注した新衣装だ。タンクトップもパンツもブーツもリストバンドも白で統一され、髪のピンクがよく目立つ。頸椎カラーの上からヘッドホンをかけてDJ仕様だ。


 キャッシュマネーの表情に緊張や不安は見られない。


「ビビってる?」


 キャッシュマネーが不敵に笑う。わたしは頭を振った。


 サブライム・ミュージック・プロを起動し、プレイリストを開く。今日プレイする曲はあらかじめ選んでおいた。ふつうのサブライム・ミュージックとちがい、プロの方はBPMで曲を検索できるし、サジェストも強力だ。


 一曲目、フェリックス・フォレストの"Think Blue"をかける。二胡の奏でる切ないメロディがフロアに流れ、歓声があがる。DJブースはあるけれど、実際にはサブライム・ミュージックで曲をプレイしている。フロアから見えるほとんどの機材は単なる飾りだ。大きなスピーカーもこけおどしに過ぎない。サウンドのクオリティはホールのシステムでなく各自が着けるHMDの性能に依存している。


 床に長方形が描かれている。キャッシュマネーはその中心に立った。空中にボタンが浮かぶ。そこに触れると、キャッシュマネーの体は奈落の底からゆっくりとせりあがる。ぷるぷる震えるゼリーみたいな音圧の層に頭からつっこんでいく。

 キャッシュマネーがステージに立つ。


「キャッシュマネーフェスティバルへようこそ!」


 ピンクの照明が2000人の頭と手を舐めるように照らす。「いいね」のハートが無数に降ってキャッシュマネーの体のまわりで渦を巻く。ドネーションのコインと紙幣が頭上からばらまかれる。ドネーションの記号を花束だとか包装された箱だとかにしている人もいるが、わたしはお金の形をしている方が好きだ。だからキャッシュマネー。欲しいものはごまかさない。


 キャッシュマネーのホログラムが2体、フロアの向こう側に浮かぶ。動きをシンクロさせたホログラムとキャッシュマネー本体でフェスの大三角をオーディエンスの頭上に描く。キャッシュマネーのアルタイル・デネブ・ベガ。


 ドネートした視聴者のホログラムがキャッシュマネーのとなりに並ぶ。背後のスクリーンに大写しになり、分身して大三角のそれぞれの角にも配置される。それに気づいた彼女は驚き、やがて笑顔で踊りだす。


「手を挙げろ、ザ・バビロン!」


 フロアが跳ねる。ビートが支配する。


 キャッシュマネーのとなりで踊っていた子が消える。ドネーションの金額によってキャッシュマネーと踊れる時間が決まる。次の子は1万円ドネートしたので100秒間だ。まるで自分のステージであるかのようにぴょんぴょん跳ねてオーディエンスを煽る。その次の子は10秒間。踊るのを忘れてキャッシュマネーを見つめる。キャッシュマネーが指で自分の頬をタップすると、彼女はそこにキスをして消えていく。


 床に積もらぬ幻のお金は雨と降り続け、キャッシュマネーダンサーズは引きも切らない。際限のない浪費と臆面もない自己顕示欲。わたしといっしょだ。わたしは彼女たちを愛している。


「もっともっと! こんなもんじゃないでしょ!」


 曲はバグ・ホップのアンセム、PUSH SELECTの"SEVENTH"に替わる。BPMが急にあがり、フロアのオーディエンスが揉みくちゃになる。


 わたしはバックグラウンドで走らせていたアプリの窓を開く。




       BloomBot® ID:Ca$$$HMoNe\\\


          学習モード 終了しますか

             はい   いいえ




「はい」をタップすると、画面が切り替わる。




          botモード 開始しますか

             はい   いいえ

             リアクションターゲット サウンド 70%

                         周囲のアバター 30%




「はい」を選択すると、キャッシュマネーがわたしの身振りと無関係に踊りだす。ステージにあがってからの動きをBloomBotが学習し、それを単純にトレースするのではなく、複雑に組み合わせて自然な動きをアバターに取らせる。


 わたしはHMDをはずし、床に置いてあったLITのPhazeを装着する。これはわたしが最初に買ってもらったHMDだ。古いモデルだがスフィアを歩きまわるくらいにならまだ充分に使える。


 スリープが解除される。ザ・バビロンのフロアが眼前にひろがる。




       BloomBot® ID:QQQ999


          botモード 終了しますか

             はい   いいえ




 わたしは右手を目の前にかざし、一度握ってみる。


 周囲を見渡す。フロアにいるアバターたちが小さく見える。


 頭上にはキャッシュマネーのホログラムが浮かんでいる。キャッシュマネー・アルタイル。遠くには踊っている本物が見える。タイマーをスタートさせる。00:04:59


 わたしはオーディエンスを肩で掻き分け歩きだした。肩をぶつけられて不快げにこちらをふりかえる者もいれば、意に介さず踊り続ける者もいる。装着しているハプティックデバイスの差だろう。


 Whodinyがわたしの視界に常駐している。無数の名前が表示されるが、そのいちいちに目をやりはしない。


 大三角の中心あたりまで来たところでWhodinyが通知を出してくる。




       お捜しのユーザーがヒットしました ののた@r2JcBPA


          あなたの生成したリストに登録されています

             □キャッシュマネーフェスティバル招待リスト




 キャッシュマネーに粘着し続けるアンチ――そいつが無数に所有するアカウントのひとつ。招待状を送ったらのこのこやってきた。


 彼女は黒のロングヘアで、その身には薄い布を幾重にもまとっている。パッと見、まゆたんとらちゃんに似ている。


 わたしはすばやく彼女のスフィアタグでキャッシュマネーについたコメントをサーチする。すると、まゆたんとらちゃんとのコラボ以降、アンチコメントを書きこむようになったことがわかった。


 まゆたんとらちゃんはぼっちキャラで、キャッシュマネーはそこを何度かイジった。それが気に食わなかったのか。


 わたしはインベントリで「CA モデル30ピストル(サイレンサー)」を選択した。手の中に召喚されたピストルのグリップを握りこむ。スキンはキャッシュマネーのピンク。スライドを動かし、装填する。使い方は動画でおぼえた。00:03:38


 キャッシュマネーがPerfect Majorの"Closer"をプレイしている。ビルドアップのビートがすこしずつ密度を高めていく。わたしはののた@r2JcBPAの脇腹に銃口を押しつけた。


 ののたがふりかえる。反応から見て、どうやらハプティックスーツを着ているようだ。


「この弾丸の感触も味わえればよかったのにね」


 ドロップの最初のキックに合わせて引き鉄を引く。銃声は音楽と歓声に紛れる。まゆたんとらちゃんに似たアバターは撃たれた脇腹を手で押さえ、ゆっくりと膝を突く。このあたりのリアクションはアバターのライフがすくなくなったときにランダムで発動する。中の人の動きや意識とは無関係だ。


「な、なんで……」


 ののたがわたしを見あげて言う。ボイチェンを使っていない、男の声だ。ピンクの照明が彼女を照らし出す。安物のアバターだ。表情が硬いし、髪の毛は色のついた箒をかぶっているかのようだ。個人勢に見せかけて実は芸能系の事務所に所属しているまゆたんとらちゃんの意外とカネのかかったモデルとはまるでちがう。


 わたしは彼女の口に銃口をつっこむ。


「これは遊びじゃないんだよ。わたしは何度でもやってやる。おまえのアカウントが全部消えるまで、何度でも」


 引き鉄を引くと、彼女の頭は一瞬跳ねあがり、それから床に落ちた。踊る人たちの足元、光の届かない場所に体が沈みこんでいく。


 死体が光るドットに分解され、天井へのぼっていく。曲に合わせて舞い散るエフェクトに混じり、消えた。ののた@r2JcBPAのアカウントも永久にスフィアから消える。


 わたしは銃をインベントリに収納した。すぐにサブライム・マーケットに出品して売り飛ばそうかと思ったが、やっぱりやめて歩きだす。00:02:11


 キャッシュマネーが金の雨を頭から浴びながら踊っている。曲はフェリックス・フォレストの"Sail Your Soul"。00:01:59もうあまり時間がない。BloomBotを使っていても、そのうち不自然な動きが出てきてしまう。




       お捜しのユーザーがヒットしました mikki@wm0505


          あなたの生成したリストに登録されています

             □キャッシュマネーフェスティバル招待リスト




 彼女はフロアの中央あたりで踊っている。小さな背丈。身長170cm設定のわたしのアバターよりはるかに低い。


 裏垢を使って彼女を今日のイベントに無料で招待した。そしたらのこのこやってきた。藤垣祭ふじがきさいでのことも忘れて。


 渡会わたらいみつ


 あの日以来、わたしを避けている。休み時間もれんたちといっしょにいて、こちらに近寄ってこない。もう1週間、口もきいてないし、メッセージもよこさない。


 わたしは銃を召喚し、彼女の背中に銃口を押しつけた。00:00:57彼女はふりかえらない。彼女の髪はピンクで、黒いワンピースを着ている。首には白い頸椎カラー。身長145cm設定のアバターが曲に合わせて体を揺らす。クオリティの低い、偽のキャッシュマネー。


 彼女の動きが変化する。大きく飛び跳ね、キャッシュマネーに手を振る。


 ステージに目をやると、キャッシュマネーの両側にずらりと並ぶアバターの末席に偽キャッシュマネーの姿があった。光稀が拳を左右交互に突きあげる。ステージの偽キャッシュマネーも、アルタイル・デネブ・ベガと並ぶ偽物も、まったく同じ動きをする。


 曲がビルドアップに入る。00:00:19わたしは引き鉄に指をかける。


 光稀はわたしを見捨てた。わたしはただ彼女に見ていてもらいたかった。アバターとかフォロワーの数とかドネーションの金額とかは関係なく、ありのままのわたしを00:00:14でもフォロワー12万人でサポーター1500人で生配信すれば毎回5万円は投げられるわたしをリスペクトしてほしかった00:00:09プロデューサーとして藤垣祭の企画を統括するわたしについてきてほしかった00:00:05それでいてひっこみ思案で繊細なわたしをひっぱっていってほしい00:00:01つまりは、あなたとちがう、みんなともちがう特別なわたしを愛してほしい。


「キャッシュマネー、愛してるよ!」


 光稀が叫ぶ。




       BloomBot® ID:Ca$$$HMoNe\\\


          botモード 終了しますか

             はい   いいえ




「みんな愛してるよ! もっと声聞かせて!」


 キャッシュマネーはフロアにいる全員にいいねのハートを降らせる。舞いおりる色とりどりのハートに目の前が覆われる。ステージにいる視聴者たちのホログラムが口を開けて天を仰ぐ。


 コインと紙幣がキャッシュマネーの体に間断なく降り続ける。金と銀の真っ当な輝きにわたしの目はくらむ。




       $$$$$$$$$$$$$$


       ¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥


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「そういうわけでね、キャッシュマネーフェスティバル反省会、やってきましたけれども。

「まあ反省はゼロだったね。

「いやホント楽しかった~。第2回やりたいなあ。ゲストももっとたくさん呼んでさ。

「呼んでほしい人とかいたらサブチャットの方で教えてね」



 旨王@Umaon 今になって行かなかったの後悔してる

 ハシモト@hassikko ドネーションの列エグかったな

 あんず@anzusjam 第2回に期待

 やぎ@meemeeyagi NAKAMARUさんも楽しかったって配信で言ってたよ

 油@Abraoil そういや今日いつものアンチいないな

 ハムカツ@hamuhamu 次はbabumiさんとか呼んでほしい



「それで、さっき言ってた重大発表なんだけど――

「いま大絶賛バズり中の動画『2ALで撃たれたらVRショックで死にかけた』でおなじみ、イツキちゃんねるのイツキちゃんとのコラボが決定しました~。

「もちろん相方のシノちゃんもいっしょだよ。

「実はあの動画の前にメッセージくれてて、それで企画のアドバイスとかしたんだよね。だからいつかコラボしたいって思ってたんだ。

「ふたりともかわいいからホント大好き。

「向こうのチャンネルでやるから、絶対観てね。

「そんなわけで、今日は早いけどこれくらいで終わりにしよっかな。

「キャッシュマネーでした。バイバイ。愛してるよ」



 イシグロ@stonegrey おっまた重大発表

 久遠@Quon2144 キャッシュマネー大忙しだな

 紅芋@kurenainoimo おおーあれか

 あまたに@amataama さっそくあそことコラボか アンテナ張ってるね

 ロディ@RODYYEL シノちゃん好き

 ファング@Bo1uultt シノちゃんはマジでかわいい

 きゅう@QQQ999 そこともつながりあったのか 人脈すごすぎ

 mikki@wm0505 楽しみ

 リオ@riolove 終わりか

 白石@sasmaru お疲れ

 だんす@HIT_FLOOR お疲れ

 ましろ@snoWWWhite お疲れ

 mikki@wm0505 お疲れ 私も愛してるよ


[配信は終了しました]

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キャッシュマネーフェスティバル 石川博品 @akamitsuba

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