進化・輪廻・盛衰。それら全てを載せて月は今日も廻っている。

 その翼に羽根はない。なんて、「翼」という字にも「羽」が入っているじゃないか、なんて至極まっとうなことを言ってしまいそうになり、「翼」から「羽」が取れたらそれはもう「異」なことなんじゃないかという……。矛盾という観点からみれば、確かに異ではありますが……。でも、表皮には羽毛なんて「羽」が生えているなんて、どんな皮肉なのか……。まぁ、そんな堂々巡りを繰り返していても、どうやっても飛べるようにはならないんですが。
 月に都市が築かれるにあたり、無理やり連れてこられたペンギン。時間は待ってもくれないし、止まってもくれない。廻り続ける運命は彼らを進化させ、ついには人を追い抜き、自分達に余計なことをしてきた人間たちに、復讐をしようとしているのかもしれませんね。人間がその身に「余」ることをしたが故、ペンギンたちから「計」り知れぬ報復を受けたとしても、因果応報というたった4文字でねじ伏せられてしまうのです。

 テナイが私を呼んでいる。その暖かな声に包まれれば、この濁った水音も少しは浄化されるのだろうか。敵意もなく、包み込んで受け入れるだけの、文字通り包容力に長けたその声に、私はいつまでも浸っていたいのかもしれない。
 仕事を終え、テナイと共に帰る。うん、やっぱり。水中では、どうやっても声は濁るようだ。やはり、「肉声」というだけあって、自身の腹から出す声は何にも邪魔されるそのまま吐き出せる場所でなければ。
 パイプ越しに見る星や地球もどこか濁って見える。人は暗がりを好む生き物だったか? そうでなければ、こんな暗い場所にわざわざ来ようなんて思わないはずだが……あぁ、そうか。その昔、人間は洞穴を掘ってその中を居住スペースにしていたと聞いたことがある。つまり、人間は今退化の道を辿っているんじゃないか。人が生まれてから成長し、老いて死ぬ。老いてから死ぬまでにまた幼児の頃に戻っていくとも聞くし、そう考えると、輪廻のようにも感じるし、人間というサイクルが一周回って原点に(幼児に)帰ろうとしているんじゃないか。そうでなければ、説明がつかないが……。いやしかし、水中でしゃべるのは声が濁っていやだというのに、えらく饒舌になっているような気がするが、これはあくまでも独白であって、心の内で吐き出しているものなので、もしこれを読んでいる方がいるとしても、はっきりとした文字の形として見えていることだろう。おっと、そんなことを言っていたらパイプから出て行かなくてはならない時間だ。さっきから頭の中で延々と毒を吐くように、独白を続けていたから程よい疲労感に襲われているけれど、まぁ気を失うようなことはないだろう。
 住めば都、という言葉を人間はどうやら忘れてしまったらしい。私ですら、知っている言葉だというのに。あくまでも、人間は自分本位で動く生き物なのだなと、再認識させられる。ペンギンたちも漏れなく被害者だ。空から水は漏らさなくても良いから、ペンギンたちはどうか漏らしてほしかった、という私の本音も漏らしておこう。
 結局のところ、いくら進化を繰り返したところで、人間の本質は何ら変わらない。利己的で自分達の快適さのみをとことん追求して、他は排除する。
 そんな様を見て、ペンギンも含め鳥類が首を傾げないわけがないだろう。何もペンギンたちは人間たちに傾いで連れてこられたわけじゃないんだぞ。まぁ、そんな私でも時折首を傾げたくはなるのだけれど。私は鳥類にも人類にもその「首を傾げる」という行動に共感はできないけれど、きっと必要な行動なのだとは思う。なんであれ、すべての行動には意味がある。意味のない行動など存在しないのだから。
 さて、そろそろここで私の自己紹介と行こうじゃないか。まるで事故でも起こしたんじゃないかというこれまでの長ったらしい文章はとりあえず、横に避けて事故の紹介ではなく、自己の紹介をさせてほしい。ペンギン型変異人造種。Pというアルファベット一文字で表記される私達。早めに連れてこられた弊害というか、結果というか。偶然の積み重ねなんて諦観してはいるけれど、本心を言わせてもらえるならば、必然の積み重ねであってほしかった。私達が連れてこられなければいけない真っ当な理由があって、真っ当な進化を遂げられたのなら、今こんな長い長い文章を打つこともきっとなかっただろうから。
 話を戻して、まぁさすがに食料は慎重にもなるよな。そして、愛玩動物か……。進化とは実に神秘に満ちていて、時に人の想像をやすやすと飛び越えていくものも珍しくなく、その結果人間に連れてこられながら、最終的には被害者という進化しているのか退化しているのかよくわからない結末を迎えてしまう。
 それでも、動物を連れてこようとすることをやめないとは……やはり、人間の欲とはそこが知れないな。
 生命の進化のサイクルが月によって、さまざまな変化を起こす中、私としては進化が止まる、つまり「安定」する日が一刻も早く来てほしいと願うばかりだけれど、進化する側の動物からしてみれば、進化の過程で、その進化の過程を模索しなければならず、その矛盾した、なんとも歯がゆい輪廻の果てに、果たして「安定」はあるのか、とも思ってしまう。
 ついこの間、とあるSNSで見た投稿なのだけれど、「犬や猫を家の中で飼うって、人間よりも遥かに寿命が短い動物を人間の勝手で狭い空間に閉じこめているだけじゃないか」というものがあった。鳥に関してもまさにそれで、鳥かごに閉じ込める行為は、羽をもいでいるにも等しい行為だと私は思う。いや、ペンギンでも人間でもない私がいうのもおかしな話ではあるのだけど。
 そして、もちろんのこと月の影響を受ける。否が応にも進化を強いられ、その結果体は大きくなり、自由を奪われる。
 本来、動物園というのは、可愛い動物や珍しい動物に目を奪われる施設であって、決して、自由を奪われた動物に目を奪われる施設ではないのだ。
 人間とは奇異なもので、動物たちからすれば、人間にこそ奇異の目を向けるべきである。効率を上げるため、人間が少しでも楽をするため、道具や機械を生み出したように様々な人造人間が生み出された。機械よりも、危なげなく仕事をこなすその様はなるほど、その点に関してだけは評価しても良いのかもしれない。その点だけは。
 冒頭に話した、雨を降らせるためのパイプの中を仕事場とする私たち。やはり、機械では繊細な動きはできまい。やはり最後は、人の手だ。私たちが人の定義に入るかどうかは、ここでは問わないでいただけると幸いだ。
 そんな人造人間たちも、市民権が与えられ(人間から与えられるなんて、とても承服しかねるけれど)最低限の暮らしは保障されることになった。
 今日の仕事もようやくひと段落。シャワーで汚れを洗い流し、生の実感をその身で感じる。首を傾げられるのは、実に良い。
 いくら人造人間といえど、完璧ではない。知能の低さはどうしても避けられぬ課題であり、人の流れをくむ人造人間Pがその流れを阻まれたという事実に、不安はぬぐえない。明日は、我が身かもしれないのだから。不安はぬぐえなくても、体の汚れだけはしっかりと拭いたいものである。
 家に帰るとパートナーが待っている。純粋な人間だけれど、私とは婚姻関係にある。私には、ジノの言う、恋愛がわからない。人間という種をわからないのと同様に。しかし、それとは違う「分からない」のような気もする。だからこそ、2つの条件を出した上でも、ジノが了承し押し切られる形になったとは言え、婚姻関係を持っているのだから。もしかすると、この生活の中に答えを探しているのか……?
 ジノの言葉が自分の内にすとんと落ちてくる。でも、やはりまだ答えは出ない。
 ジムに来た。水の中に飛び込むが、ここはパイプの中じゃない。すごく澄んだ世界。誰もがペンギンは可愛いという。その普遍的な言葉とフォルムと愛くるしい仕草ゆえのものだが、もしそうじゃなかったら、愛されていなかったのか。私がテナイに向けている感情の正体がわからない。どこまでも澄んで向こう側まではっきり見通せる透明度でありながら、私の心は不透明だ。なんてことを思っていたら、ジノ。
 私の問いかけにジノは言う。何も関係ないと。むしろ変わり者同士なのだと。さらに私みたいになりたいなんて……本当に、人間の考えていることはよくわからないな。……なんで、私が今涙を流してるのかも良くわからないな。
 彼の言葉が、水のように私の心に染み渡っていく。とても心地よいその感覚を、私はきっと未来永劫忘れることはないだろう。

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月の鳥