精神科
鐸木
第1話
暑くなってきた車内に、仄かに優しい冷房が吹き抜ける。汗ばんだ額が徐々に冷たくなっていく感じがした。熱を出した時にも似た寒気の様なものを堪えながら、音楽プレイヤーを鞄から取り出す。去年の誕生日に貰った、手のひらサイズの音楽プレイヤーだ。選曲する際にボタンを操作しなければならないのだが、そのボタンがファミコンの子機の様な飛び出したボタンなので、選曲する毎に喧しい音が鳴ってしまうのが難点だ。しかし、このノスタルジック感じる簡単な作りの音楽プレイヤーだからこそ、精神科への道のりが少し楽しくなるので、そこまで悪いとは思っていない。偶にショートして動かなくなるところも、愛らしい気がしてくる。
有線イヤホンを両耳につけ、カチカチと幾つもの楽曲を吟味していく。微妙な心の機微に合わせて、カチカチと操作する。百均で購入した耳に合わない、硬いイヤホンが今か今かと音楽を待ち侘びている気がする。考えに考え、長考の末に音楽では無くラジオを垂れ流すだけにした。旋律に縛られたく無い気分だった。眠くなりそうな声がじんわりと流れてくる。ラジオの内容はよく憶えていないが、たしか旅行の話をしていた気がする。私もいつか、健全な精神になったら旅行に行きたいと思った。雄大な、美しい自然に囲まれてぼんやり生きたいと思った。そこで何も考えず、ただ昼寝をして、オレンジに影ってくる部屋を見て、「あぁ、もう日が落ちてきた…」と何となく思いながらまた眠りたい。そして、そのまま辛さを知らずに永眠したい。とめど無く溢れ出す、起承転結のない欲を堰き止める為に車窓の景色に目を遣った。ここら辺は随分田舎なので、田圃がだだっ広く構えていて、偶に壊れかけた踏切があるだけの景色だった。車の速さで次々と移り変わる景色をただ、見ている。社会の喧騒からはかけ離れたこの景色は、綺麗だなぁと人並みの感想を抱きながら、ただ見ていた。その内に、段々と眠くなってきた。車の動くスピードが揺籠のように心地良いので、毎回精神科の道のりの途中に寝てしまう。今日もそうだろうと、そっと重くなった瞼を閉じる。もう起き上がることはありません様にと祈りながら。
精神科 鐸木 @mimizukukawaii
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