第59話 メイドなひと時

「──これは、いけませんね……」


 開口一番、狭いアパートの部屋にところ狭しと集う三人──僕、東雲綾乃しののめあやの小倉おぐらももを見て、ネイビー色のスーツをビシッと決め込んだ柏木マネージャーがメガネのブリッジをクイッと押し上げた。


 対し東雲は、ちゃぶ台の上で頬杖をつきながらどうでも良さげにそっぽ向き、ももちゃんはももちゃんで「あ、やっちゃったかも?」と見るからに罪悪感ゼロっぽいし……そう、僕だけが人生にける絶体絶命の窮地きゅうちに立たされていたりする。


 ……いや、本気マジで。


(……って、これ絶対ダメなヤツだ。完全に詰んでね? つうか、事務所的にアウトだろ、この状況は──)


 とはいえ、これは想定内だ。


 こういう不測の事態のため、あくまでも自分は〝男性〟としてではなく、〝女性〟として彼女らに接していた。だからやましいことなんて一つもない。アリはしないのだ。


 ……うん、これでいこう。


「うフ、うふふフふ、柏木マネージャーいらっしゃい、です。きょきょ今日は、しのの……綾ちゃんたちと三人で仲良く女子会をしていました、そそ、それがなにか問題……でも?」

「そのような言い訳が通用すると思っているのですか? それは心外ですね」


 う、ヤバっ……柏木さん、ガチ怒? これは最悪事務所解雇も有り得るかもしれん。


「ぇぇぇ……ここ、これはですね、ゴニョゴニョ──、」

「こういう百合な催しは事務所公式の動画チャンネルを通してもらわないと」

「…………は、百合?」


 そして、すかさず僕ら三人の正面で立膝たちひざとなり、スマホをカメラマンよろしく、両手で構える柏木さん。


「はい、準備は整いました。さあ、皆さん思う存分、百合トークに花を咲かせてください。ええ、小倉ももさんの事務所にはこちらから話を通しておきます。ただ、彼女はまだ未成年ですので、下ネタは少々控えめにお願い……ゲフンゲフン、そのへんは気にせず。さあさあさあ、続きをどうぞ」


 って、アホか!? 事務所が率先してリアルに百合動画を撮ろうとしてんじゃねぇよ、これこそ別の意味で炎上案件だろが!


 てか、そこの二人、釣られてカメラ目線になってんじゃねぇ! ……っていうか、ももちゃん、どさくさに紛れて東雲のどこ触ってんの?



 もう何が何だか……すべてがどうでも良くなり……ただ、JK小倉ももから始まり、東雲綾乃、柏木マネージャーにとって、そもそも自分が〝成人男性〟として認識されていなかった、ということで、傷口が最小限に抑えられたって感じ。


 ……つうか、みんな自分が男だということを忘れてないか?


 けどまあ……この際それはどこかに置いといて、今度は胡散臭うさんくさいイケメンスマイルを浮かべる柏木マネを加えたこの四人で仲睦まじく? ちゃぶ台を囲むこととなる。


 ってことで、未だにゆるかわ女子メイクも長い黒髪のウィッグもそのままに、スカート姿で女の子座りしながら、柏木さんが持参した栗どら焼きをモソモソ頬張っていると。


「──では早速、神坂君が前回受けたオーディションの結果ですが……」


 インスタントコーヒーを片手にタブレット端末をタップしていた柏木さんが、しれっと重大案件を切り出してくる。


 これにより、いちごショートとは別にいちごどら焼きにまで手を伸ばそうとしてた東雲の動きがピタリと止む。


 というか、こういう個人の人生に関わる話って、こんな皆がいるタイミングで軽々するもんじゃないよね?


 性別以前に人権無視? 


 にしても、前回のオーディションか……あの悪役令嬢もの三本立ては、まるで手応えが無かったんだよな……って、つまり、その合否をこいつらの前で告げられるの? 鬼かよ。


 っていうか東雲……そんな興味津々な目でこっちを見んな、後ももちゃんも。


 それこそ「その話は、後でゆっくり聞きますから」とかいう声は通らず。


「──まあ、端的に言うと、残念ですが、すべて不合格ですね」

「あ、はい……」


 うん、やっぱり公開処刑ですか……そうですか……。悪役令嬢ものだけに死に戻り出来ないかな。


 思い切りちゃぶ台に突っ伏して打ちひしがれたい気分だけど、台の上が女子どもに食い散らかされた菓子まみれでスペースが足りないからそれも無理。


「くくく、ええ、橙華さん、残念だったわね。また次があるわ」

「はむはむ……あ、橙華さん元気を出してください。なんならショートケーキのいちごを食べます?」


 見せかけだけの優しさなんていらない、そもそもお前ら同情すらしてねぇだろ……ブツブツブツブツ──。


「──えーと、神坂君、聞いてますか?」

「あ、はい」


 ……いかんいかん、うっかり闇落ちしてた。


 と、そんな(ひとりだけ)重い空気の中、なにやら資料らしき書類を手渡してくる柏木マネージャー。


 何気に受け取ってみると。


『悪役令嬢に転生した私は、いつしか敵国の王子に見初められました……役』


『乙女ゲーでざまぁされる悪役令嬢に転生したけど、何故か攻略対象全員に愛されてます……役』


『悪役令嬢の私は何故か腹黒王子に溺愛されてます……役』


「………………あのう、何ですかこれ?」


 大量の疑問符(?)が頭に浮かぶ。


「ええ、オーディションの役は残念でしたが、代わりにこれらの出演が決定しましたのでお知らせします。すべてレギュラーでの役回りですよ。やりましたね」


 これらの役って、すべて名もなき〝メイドA〟じゃんか……まぁ、取りあえず仕事が貰えて嬉しいけどさ。


「ふふ、今の貴方にピッタリの役だと思うわ。うんそうね、台詞の練習がてら、私に何か言ってもらえるかしら?」


「……はい、綾乃お嬢様、ご機嫌麗しゅう」


「次はももの番ですね! 橙華さんお願いします!」


「……はい、ももお嬢様、おたわむれは程々になさいませ」


「自分のことは〝ご主人様〟と」


「はい、ご主人様、このいやしきメイドにどうかお仕置きを……って、柏木さんまで調子に乗らないでくれます!?」

「いやあ〜、つい、神坂君も結構ノリノリでしたよ──」


 というように、すっかり僕はこのはた迷惑な御三方に蹂躙じゅうりんされて……っていうかお前ら(自分も含む)全国のメイドさんに失礼だろ。


 ──ま、何にしても、こうして僕は、また一歩、アイドル声優としての道を前進した。


(……いや、むしろ後退してね?)

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オレンジボイス 〜アイドル声優✘女装で業界を生き残ります〜 乙希々 @otokiki

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