悪霊と除霊師

やざき わかば

悪霊と除霊師

「最近、私の住んでいる部屋に悪霊が出るんです」


 今まで幾度となく受けた、いつもの相談である。俺の経験だと、「本当に厄介な悪霊だった」が1割、「霊はいたが悪霊ではなく、単なる依頼者の過剰反応」が3割、「霊などいなかった」が6割。


 霊などいなかった場合は、調査料としていくらかはもちろんいただくが、「今日は何事もなかった」と安堵もする。そもそも、俺は除霊師ではあるが、俺の除霊術がいつも効く保証はないし、何より、俺は『除霊師』であって『浄霊師』ではない。


 霊をその場から引き離し、退散させることは出来るのだが、無事にあの世に送り届ける術を持っていない。つまり、依頼者を救うことは出来ても、霊を救うことは出来ていないのだ。


 なんとか浄霊師になるべく修行はしているのだが、いまだ手応えはつかめていない。つくづく、自分の不甲斐なさが嫌になる。


 さて、今回の依頼。詳しく話を聞いてみる。数ヶ月前から、部屋の片隅から小さなラップ音がするようになった。室温や湿気による家鳴りだろうと放っておいたのだが、徐々に大きくなり、今は夜な夜な、大騒音を立てるようになったのだという。


 実際に依頼主の家に行ってみると、これは『当たり』であった。もちろん、嫌な方の。


「これは厄介なものが憑いていますね。身体に異変はなかったのですか」

「はい。うるさい以外は、とくになにも」

「わかりました。急いだほうが良いかもしれない。今日の夜にでも、除霊を行います。家主である貴方にもその場にいていただきたいが、予定は大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「わかりました。私は一度、準備をしに事務所へ戻ります。貴方はこの部屋に留まらず、どこかで時間を潰していてください。また連絡しますので」


 そして、夜がきた。


 除霊師というものは、何かしらの「魂の拠り所」を持っている。例えば、武術に寄り添うことで魂が強くなるのであれば、それが除霊にも現れる。


 エクソシストがキリスト教に属することも、同様である。悪魔を祓うには、個人だけの能力では限界がある。そこに『キリスト教』という心の拠り所、つまり『バック』があると思えることで、強大なチカラを発揮することが出来るのだ。


 『バック』を持たずして、除霊師や退魔師をこなせるものは、常人にはない心を持っている。心のフィジカルが違うのだ。そして、俺はそんな超人ではない。そういうわけなので、やはり俺にも、心の拠り所である『バック』を持っている。


 俺の『バック』は仏教だ。護摩を焚き、木魚を打ち、読経することで、悪霊を倒すチカラを借りるのだ。準備に時間を要するのが、少し玉に瑕である。


 いつも通りに護摩を焚き、木魚を設置し準備を終え、依頼主と共に、除霊を開始する。さすがに住宅の中なので、護摩を焚くと言っても小さい規模のものになるが。


 木魚を打ち鳴らし、読経をする。最初はゆっくり、そこから徐々に速度を上げていく。


 燃え盛る護摩の炎とともに、読経に込める霊力を上げていく。木魚の音もそれに伴い、強く、速くなる。そろそろ悪霊が苦しむ頃合いだ。


 だが、ここで予想外のことが起きた。


 悪霊が盛り上がってきたのだ。俺の木魚と読経に、合いの手を入れるようにラップ音と歓声を入れてきた。護摩の炎にも大喜びしているようだ。双方のボルテージが上がっていく。どうやら悪霊は、パリピであったようだ。


 俺と、悪霊のセッションが始まった。それを聞きつけたのか、周囲に漂っていた霊たちも集まり、場はさながら夏フェスだ。音楽の出来る霊は飛び入り参加し、そうでない霊はオーディエンスとして盛り上げる。


 依頼主までもが、霊たちとともに盛り上がる。


 そして、読経が終わる。依頼主の家に漂っていた悪い気は祓われている。だが、その大元の原因であるポルターガイストはまだそこにいる。俺達の大騒ぎに呼び寄せられた霊たちも、成仏したものたちもいるが、多数が期待に満ちた眼で、俺を見ている。まだ音楽で弾けたいと言わんばかりだ。


 それから俺は事務所を引き払い、売りに出されていた田舎の広い倉庫を買い取り、改装し、防音工事を施した。ライブやコンサート、ダンスなど、ありとあらゆる音楽イベントに対応出来るように作り変えたのだ。


 依頼主の女性が受付及びマネジメントを買って出てくれたのも大きかった。通常は人間相手にライブ、ダンス、その他諸々。練習スタジオとしても貸し出し、結構な実入りとなったが、本業はそこではない。


 俺は、霊たちを満足させるための音楽イベントを毎月、定期的に開くようになった。実際、今までのように除霊をするよりも、霊たちは満足して成仏するようになったし、成仏する霊の数も以前より増えた。


 なるほど。誰かを満足させるためには、方法や術とかではなく、相手の滞っている思考をまず和らげなくてはならないのだな。


 依頼主の子も頑張ってくれているし、依頼主の家に憑いていたポルターガイストもサポートしてくれている。


 あれだけ身につけたかった『浄霊術』を、俺は修行以外のことで手に入れたのだ。俺はやっと、人間も霊も救える、浄霊師になれたようだ。

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悪霊と除霊師 やざき わかば @wakaba_fight

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