オーボエ - Oboe

シャリ、シャリ、シャリ、


私の朝はこの音から始まる。

幾度となく繰り返された、私のルーティン。

この時間が、この作業が、私はたまらなく好きだ。


ケーンを浸した水の温度で季節を感じる。

今日も寒いから浸す時間も昨日とは違う。でも少しだけ暖かくなってきたかな?


"虫"をつけたらマンドレルにセット。まだランプの火が温かい時期だ。少しだけ手を温めてからにするから、君たちはその後。


プッペたちをチューブにセットし、糸を巻き巻き。

さ、見た目はしっかりしたけど、君たちはまだ半人前だよ。



私はいつもここで珈琲を淹れて、しばらく生まれたてのリードの赤ちゃん達を眺める。今日の出来はいかがなものになるかな。

絶好調?絶不調?

でも、それもまた一興。



私たちオーボエ吹きは不思議な職人だ。

木管楽器は、金管楽器のようにマウスピースが揺らがずリードの質に左右されるから一期一会なところがある。

その中でもオーボエというのは、既製品の少しの違いが体にフィットしないとどうにも心地が悪い。喉が他人のもののような気がして、変な気分。


だから、結局みんな自分のリードを作るようになる。丁寧に、ゆっくり、心を込めて、自分のためのハンドメイド。



さ、作業再開。



シャ、シャ、シャ、シャ、シャ、


最初は優しく、だんだん軽快に。


メイキングマシーンは師匠の師匠、そのまた師匠から受け継いだおじいちゃん。


最後の仕事は自分次第。


削って調整


確かめて


調整



私たちは不思議な役割だ。

オーケストラを引っ張る船頭の、その音の調整を司る、観客の誰も知らない、本当の音の番人。


音を出すのに鋭い空気と優しい音色を同居させ、最初の"A"から全てを導く。



確かめて


調整



音の要のリード作りから身体作りまで全てストイックに行う。そこから生み出される音が物語を決定する。そんな楽器は他にはいない。


ヴァイオリンも弓の毛から作ったりしない。

ホルンがマウスピースの削り出しから始めることもない。

ティンパニが革を張るところから始めることもない。


私たちは唯一無二。

それが誇りでもあり、恐怖でもある。



やば、削り過ぎたかな?



テープを巻いて、最後の調整


削る?削らない?

ちょっと削る



さぁ、できたぞ。



支度をしたら、学生たちが待ってる学校へ。

観客たちが待ってるコンサートホールへ。

オケのみんなが待つ、あの舞台へ。



忘れ物はない?



今日はよろしくね、坊やたち。



いってきます。

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【短編集】Sinfonietta 泡沫 河童 @kappa_utakata

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