地域猫の助け方
牧原 征爾
地域猫の助け方
私は猫を飼っていないけれど、スーパーで買い物をした際には猫用の缶詰やパウチ入りのウェットフードも必ず一緒に買う。住んでいる団地から少し離れた場所の公園で野良猫にエサをあげるのが日課、というか深夜の活動にしているからだ。
大っぴらに野良猫に
その夜も、公園の周囲に誰もいないことを確認して、植え込みに隠すように置いているお皿代わりの底の浅い発泡スチロール容器に猫のエサを入れてやった。待ちわびていたように、茂みの奥の方から数匹の猫が出てきて、夢中でキャットフードを食べ始めるのを優しい気持ちになって、しゃがみなら見つめていた。
「はい、コレ。どうぞ」と背後から声がして驚く。煮物の入った小さめのタッパーが私の後方から肩越しに手渡された。他のメンバーたちがちょうどやってきたのだが、グループは私をのぞき全員主婦で構成されていて、そのためなのか、いつの間にか仲間うちで夕飯をおすそ分けし合うのが習わしみたいになっていた。
「うちの子、今日、学校行事で芋ほり行ってきてさ」と他の主婦は両手いっぱいに抱えているさつまいもをメンバーたちに配り始める。
私はそれらを受け取るだけで、こちらから何かを差し出すことはしない。それが他のメンバーからは
そもそも私が個人的に始めた活動だ。勝手に群がってきた人たちに、なんで指図されなきゃいけないのか。地域猫にエサをやることよりおすそ分けし合うことの方が重要なんだったら、団地の廊下か広場あたりで井戸端会議でもしたついでにやればよいのにと忌々しく思っている。
「一号棟の近くでさ、ネズミが何匹も死んでたの知ってる?」
「えっ、ヤダァ。気持ち悪い。」
エサを一生懸命食べ続ける三毛やキジトラの猫たちを眺めつつ、うちの棟のことだと思って私はその会話に耳を傾けていた。
「ここネズミなんか出るようになっちゃったの?」
「いま公園の向こう側の古いマンション解体してるじゃない?そっちに住んでたのが、居場所を追われてこっちに逃げてきたんじゃないかって管理人さんが言ってたよ。超迷惑そうな顔してたけど」と言いながら笑っている。
「もしかして、この子たちが駆除してくれたとか、そういう話?」とエサをあらかた食べ終え、腕を舐めて顔の掃除を始めた猫たちを見ながら言う。
「いや、口から泡ふいてたから毒殺じゃないかって」
「なにそれ、怖すぎ」
「そういえば、二号棟のオオノさんっていう人が参加したいって言ってたよ」と彼女たちの会話に交ざろうとしない私にも確実に聞こえるようにするためか、さきほどより声を張り上げたメンバーから、一応の報告らしきものがもたらされる。
ただ、それに対して私が何かを答える前に人員が勝手に増えてしまうのはいつものことで、今回もそのようにして「オオノさん」という人が活動に加わることになってしまった。そして事件が起きた。
いつものように夜の公園でエサを置いても、猫たちがやってこない。変だなと思っていると、翌日メンバーの一人からスマホに連絡入り思わず「あっ!」と声が出た。
役所の職員かその下請けの業者だか分からないが、「清掃員」の腕章をつけた男が二人、公園の植え込みのあたりをウロウロしているので、なんだろうと思って眺めていたら、少し重みのある雑巾のような物体を長めのトング風な器具で拾いあげて黒いゴミ袋に入れていたという。嫌な予感がして近づいてみると、うちらが餌付けしている猫たちの死骸を回収していたとのことだった。
「ちょっと、それ……」
「あっ、奥さん、見ない方がいいですよ。変な死に方してるから」
「変なって……」と彼女が声を詰まらせていると、「毒エサでも食べたんでしょうね。もがき苦しんだのかな、かわいそうな表情で死んでるから。いやだねえ、物騒で」
スマホに送られてきた文面にはそのような内容と共に「ネズミの件、あれオオノさんがやったらしいって噂になってる、
気付くと、ベッドに向かって衝動的に投げつけたスマホが壁に跳ね返り床に落ちていた。
近いうちに私は手料理の「おすそ分け」をメンバーたちに持っていくことを決意した。何を混ぜればいいのか、それに足が付かない入手方法など、まだネットで調べている最中だが、味の異変に気づかれない程度に少しずつ混ぜるとなると長期戦になる可能性もある。
そのためメンバーの離脱を防がなくてはならない。私が猫たちの毒殺にもめげない態度で活動を続けていれば、あの軽薄な主婦たちのことだから同情したり感化されたりして変わらず私についてくると思う。自分たちでは何も始められないくせに、群れてきては人の居場所を滅茶苦茶に踏み荒らしたとんでもない奴らだ、必ず成敗してやる。
そして「オオノさん」もこの活動が続く限り、また犯行に及ぶだろうからグループを抜けるはずもない。ネズミ殺しの噂が立ってしまっているようだが、離脱させないためなら私が擁護してやってもいい。「猫を助けてあげる活動をする人がそんなことするはずがない」と。
私の手料理で、猫たちが死に際して味わった苦しみのおすそ分けをしてやる。
地域猫の助け方 牧原 征爾 @seiji_ou812
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます