青き空の下に

入江 涼子

第1話 

 私は三十代半ばの頃に、双子の娘達を授かった。


 長女が夫の彰の名前から一字もらい、蘭花と名付ける。次女は私の名前である汐里しおりから取って、凛香りんかと名付けた。蘭花と凜香は顔は全く似ていない。よく言う二卵性の双子だったが。それでも、二人は明るく健やかに育っていく。


「母さん、今日は部活で帰りが遅くなるから!」


「分かったわ、帰り道は気をつけなさいよ。蘭花」


「はーい!」


 今年で高一になった蘭花と凜香はそれぞれに部活をやっている。蘭花がソフトボールぶりで凛香は吹奏楽部だ。まあ、一方はスポーツクラブでもう一方が文化部ではあるが。二人が楽しそうだから、それに越した事はない。


「……母さん、蘭姉ちゃん。あたしもそろそろ行くね」


「凛香、あんたはいつも早いわねえ」


「うん、今日は日直の当番があるから。先に行ってくるよ」


「凛、お弁当は持ったの?」


「持ったよ、姉ちゃんも忘れ物はないの?」


「ないよ、じゃ。母さん、行って来ます!」


「あたしも行って来ます!」 


 二人が元気よく、玄関に行った。私は「行ってらっしゃい!」と言って、台所から送り出すのだった。


 現在、私は五十を過ぎようとしている。さすがに、日々の家事に娘達や夫へのケアなどに追われていたが。体力や気力の面ではキツくなっていた。


「汐里、何か元気がないね」


「うん、五十過ぎて高校生の娘達や旦那のお弁当作りやらはさすがにね。もう、夜になったらヘロヘロよ」


「分かるよ、私も息子が二人いるからさ。娘の蘭花ちゃんや凛香ちゃん以上に食べる、食べる」


 そうカラカラ笑いながら、友人の瀬里せりが言った。私と同い年で大学三年と高校三年の息子さんがいる。

 長男が達矢君、次男はつよし君という。蘭花や凛香より、二人共に年上だ。


「汐里、今日は夕方までいるんでしょ?」


「そのつもりよ」


「ならさ、私と愚痴の言い合いでもしようよ。普段から、ストレス溜まってるんじゃない?」


「……それはそうね」


「じゃあ、決まりだね。ちょっと、待ってて!」


 瀬里はそう言うと、ソファーから立ち上がる。ちなみに、私は今は彼女の家にいた。遊びに来てお茶を飲みながら、会話に花を咲かせていたのだが。ツラツラと考えていたら、瀬里がキッチンから戻って来た。


「ごめん、待たせたかな。汐里が好きなチョコチップにナッツのクッキーと、ラングドシャよ。後、アイスレモンティーとね。甘い物を食べたら疲れが取れるし」


「ありがとう、けど。達也君達が怒らないかなあ?」


「大丈夫よ、息子達はあまり甘い物が好きじゃないの。旦那も食べないし。さ、好きなだけ食べてって!」


「……なら、もらおっかな」


「んじゃ、決まりね。汐里、蘭花ちゃん達の前だと。好きな事を言えないでしょ」


「うん」


「まあ、あんたもお母さんとしてやっていかないといけないしねえ。私もそうだけど」


 瀬里は苦笑いしながら、私の前にアイスレモンティーが注がれたコップを置いた。次にトレーに載ったクッキーなどが盛り付けられたお皿も同様にする。私はラングドシャに手を伸ばす。口に運ぶとしっとりした生地にまろやかで甘いクリームが見事にマッチングしている。凄く美味しい。レモンティーも飲んだら、爽やかな酸味と甘味がまた良くて。ナッツ入りやチョコチップ入りのクッキーもなかなかだ。しばらくは食べながら、日々の愚痴を何とはなしに語り合うのだった。


 夕方近くになり、瀬里に礼を言った。


「本当に、今日はありがとう。おかげでスッキリしたわ!」


「ハハッ、私もよ。汐里と話したら、スッキリ爽快になったわ!」


「また、ストレスが溜まったら。来てもいい?」


「もちろん、いつでも来て。また、あんたの好きなお菓子を用意しとくわ」


「分かった、じゃあ。もう帰るわ」


「うん、バイバイ!汐里!」


「バイバイ、瀬里!」


 互いに手を振り合って、別れの言葉を告げた。私は帰路に着いた。


 自宅に帰り、夕食の支度をする。いつもの日常が戻って来た。けど、瀬里のおかげか気分は軽い。お米を研ぎ、炊飯器で炊いたり。おかずの用意も何だか、気合いが入っていた。


「ふむ、今日はいっぱいお菓子を食べたからなあ。ご飯は程々にしないと」


 呟きながら、冷蔵庫から出した野菜を刻む。今日はほうれん草のお浸しにお味噌汁、冷しゃぶにしよう。頭の中で献立を考えながら、手を動かす。

 ちょっとずつ、夕食は出来上がっていった。


「……ただいま!」


「あ、おかえりなさい!」


 玄関から、旦那の声が聞こえた。とっさに気づいて返事をする。


「お、今日は豚の冷しゃぶか。いいなあ」


「うん、もう暑いしね」


「あれ、蘭花や凛香は遅いな」


「二人共、部活で遅くなるって言ってたわ」


「そうか、もう。午後六時は過ぎてるがなあ」


 旦那もとい、彰はぼやく。私もそれを聞いて途端に心配になる。娘達、大丈夫かしら。キッチンに嫌な沈黙が降りた。


 仕方ないので彰には着替えに行ってもらう。その間に、私は食器やお箸をテーブルに置いていく。しばらくすると彰が普段着に着替えて、降りてきた。 

 私は気づくとお茶碗を取り、ご飯をよそう。彰は私の向かい側の椅子を引いて腰掛ける。

 前に置き、お椀を取ってお味噌汁も入れた。また、同じようにした。自分のも用意したら、エプロンを外す。椅子を引いて座った。


「んじゃ、いただきます」


「いただきます」


 二人で手を合わせ、食事を始めた。蘭花達には悪いが、先に済ませたのだった。


 七時過ぎになり、やっと蘭花達は帰って来た。二人は手洗いや着替えを終わらせると夕食も手早くすませた。


「「ごちそうさま!」」


「はい、さ。あんた達、さっさとお風呂に入りなさい。学校の課題もあるんでしょ!」


「あ、そうだった。お風呂に入ったら、一時間はやらないと」


「はーい!凛香、行こう」


 二人は仲良く、二階の自室に向かった。私はそれを見送りながら、何とはなしに彰を見る。


「お疲れさん、汐里」


「うん、ありがとう。彰」


「蘭花達がさ、二十歳になってこの家を出たら。二人でのんびりと北海道にでも行かないか?」


「え、いいの?」


「ああ、一回は俺も行きたかったし。汐里、昔にさ。『摩周湖や流氷を見たい』て言ってたろ?」


 彰はそう言ってにこやかに笑う。私は驚いたがじわじわと嬉しさが滲み出て来るのが分かった。


「……うん、言ってたね」


「うん、汐里。一週間くらいは安い民宿に泊まってさ、摩周湖や近辺を見て周るのも良いと思う。北海道はとにかく広いから、見たいエリアを決めとかないと。それは詳しい人にも言われたなあ」


「分かった、よく調べないとね」


 笑いながら、彰に近づく。嬉しくて彼の肩に触れた。


「……彰、いつか行こうね」


「うん、互いに元気でいないとな」


 彰はそっと肩にある私の手を握る。タコがあってゴツゴツしているが。温かくて大きな手だ。不思議と安心感を与えてくれる。私はしばらく、そうしていたのだった。


 ――完――

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