第26話 邪龍VSエルフ(人間)
背には大きな翼が二つ。羽ばたく様子はゆっくりだが、凄まじい速度で茜色に染まる空を進んでいる。
毒龍ヒュドラー。歴史の中で何度も中央大陸で猛威を振るったことから、人間達の間では邪龍として知られている。
その胴体からは首が三本伸びており、三つの頭がそれぞれ意志を持っているように動いていた。
ヒュドラーには目的があった。
それは帝都に現れたという「勇者」が本物であるか、確かめることであった。
マジトラ教の司教曰く、「魔人百体が一晩で葬られた」と。
もし、本当に勇者が現れたのであれば、成長する前にその命を刈り取る必要がある。
魔人や邪龍、邪神達にとって勇者は最大の敵であり、人間達にとっては最大の希望だ。
もし、その勇者を自分の毒の息で葬ることが出来れば、どんなに誇らしいことだろうと、ヒュドラーは口元を歪める。三つの頭、それぞれで。
地平線に陽が沈みつつある。
その手前に見えるのは、灯りがぽつぽつと点き始めた城郭都市。中央大陸で最も栄えているという帝都ラングリア。
ヒュドラーは羽ばたくのを止め、ラングリアに向かって下降していく。
もう視界には、ラングリアの城壁がハッキリと見えた。正門には多くの人々が列をなしている。
「挨拶ヲ、スルカ」
邪龍の頭の一つがそう呟き、大きく口を開く。口内に魔力が集まり、紫に輝き始めた。
地上に小さく見える人間が慌てて、逃げ始めた。ヒュドラーの瞳が愉悦で歪む。
グルアァァァァ……!! と吐き出されたのは紫の瘴気の塊。毒の息。
ラングリアの正門に向かって真っすぐ飛んで行く。ヒュドラーは毒に肉を解かされ、骨だけになる人間の姿を想像した。しかし――。
突然現れたのは、パキンと毒の息を跳ね返す半円状の結界。紫の瘴気の塊は、ヒュドラーに向かって返ってくる。
三つの頭はそれぞれ、大きく目を見開き、翼をはためかせて反撃を躱した。そして勢いよく正門の前に着地する。人々が帝都の中に逃げ込み、瞬く間に人影が減った。
残ったのはローブを纏いフードを被った者、三名。それぞれ、顔には木製の仮面をつけており、素顔を知ることはできない。
ヒュドラーの体長は50メルを超える。その前に対峙する人間の矮小さに、邪龍の三つの首はニタニタと笑った。
「魔人ヲ百体、葬ッタ者ガイルト聞イタ。オ前達カ?」
大気を揺るがす声。しかし、仮面の三人は怯むことはない。一人が数歩前に出て、声を張る。
「魔人をやったのは俺だ。あまりにも手応えがなくて、驚いたぞ?」
「貴様ノヨウナ、小サキ者ガ魔人ヲ相手シタトハ驚キダ。恐ラク、タダノ人間デハアルマイ?」
ヒュドラーは探りを入れる。「伝説の勇者なのだろう?」と。しかし、仮面の男、つまりロミオンは別の意味で捉えていた。「伝説のエルフなのだろ?」と問われていると感じたのだ。
ロミオンは仮面の奥で、眼つきを鋭くする。そして身体から陰伏属性を付与した魔力を広げ、【テリトリー】は完成。半径百メルを支配下に収めた。
「俺が何者だろうと、お前には関係ないだろ……!!」
「ソウハイカン。確カメサセテモラウゾ? 貴様ガ本当ニ伝説ノ──」
ガリッ! っとヒュドラーは大岩を噛んだ。お喋りな邪龍を黙らせる為に、ロミオンが口内に大岩を発生させたのだ。
「永遠に黙らせてやろう」
「何ヲシタ……!?」
戸惑うヒュドラーに対し、ロミオンは腰の短剣を抜く。短剣は駆け出しの冒険者が持つような数打ちの鈍らに見えた。
いままで、数多の剣士と戦ってきたヒュドラー。魔剣や聖剣と呼ばれるような業物で斬りかかってくる者もいた。
それに対し、ロミオンが手にする短剣はあまりにも粗末なモノに見えた。
自らの硬い鱗には傷ひとつ付けられないだろうと、笑う。
ロミオンは【テリトリー】内に足場となる岩と次々と発生させ、もうすっかり暗い空を昇っていく。
ヒュドラーの三つの首の正面に、ロミオンは達していた。
「さて、どの首から落として欲しい?」
「フザケルナ!!」
一つ目の首は口内に魔力を溜め、ブレスの予備動作に入る。二つ目の首は鋭い牙を剥いてロミオンに迫り、三つ目の首はじっと観察を続けた。
ロミオンは龍の顎門をすんでのところで躱すと、短剣をヒュドラーの首に添えながら、くるりと一周してみせた。そして、中空に作った足場に着地する。
一瞬、時が止まった。そして動き出す。ヒュドラーの首の一つが落下すると同時に。
その様子は帝都の城壁から邪龍へと向けられていた照明によって、多くの人々の目に映った。
城壁に並んでいた帝国兵から大きな歓声が上がる。
しかし、ヒュドラーの首はまだ二つある。予備動作を終えた一つが、毒の息を吐き出そうと──。
ガチン!! と音がして、今にもブレスを吐こうとしていたヒュドラーの顎門は閉じられた。邪龍の口を塞いだのは、突然中空に現れた岩の顎門。蛇が蛇を丸のみする光景を想起させる。
【テリトリー】内はロミオンの支配下。どこにでも自由に魔法を発動させることが出来るのだ。
行き場を失ったヒュドラーのブレスは暴発し、ボン! と首がはじけ飛んだ。
またもや、城壁から帝国兵の歓声が上がる。
一つ残ったヒュドラーの首は呆然とした様子で、ロミオンを見つめていた。
「最後に言い残すことはあるか?」
空中の足場で短剣を正眼に構えたロミオンが邪龍に問う。
「待ッテクレ! 私ハ魔人達ニ頼マレテ、様子ヲ見ニキタダケナンダ!」
「人々に向かって、ブレスを吐いただろ?」
ヒュドラーの瞳が怒りで濁る。
「死ネエエエエ……!!」
また大口を開けて迫ってくるヒュドラーを、ロミオンはつまらなそうに見る。そして、トン! と足場から踏み切ると、邪龍の顎門を躱しながらヒラヒラと宙を舞い、短剣を躍らせる。
そして静かに地面へと着地した。
歓声を上げていた城壁の帝国兵が静かになった。
ヒュドラーは凍ったように動きを止めている。
ロミオンは短剣を腰にしまうと、両の掌を天に向けた。そして、自分の胸の前にもってきて打ち鳴らす。
すると、動きを止めていたヒュドラーの体がバラバラになって地面に崩れていった。ようやく、血が噴き出る。
あまりにもあっけない勝利に帝国兵は歓声すら忘れてしまっていた。
騒いでいるのは仮面をつけた長身の女ぐらいであった。
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エルフのいない世界で自分を最後のエルフだと信じ込んでいるスラムの孤児(人間)。命を狙われていると勘違いして無関係な悪の組織を理不尽に潰す フーツラ@12/25発売『クラス転移した @futura
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