第八話『蛙の凱歌』

——獅子王ライアンの街頭演説の数年前。


 ユグドラーの存在が気に食わない者がいた。

 それは、水田領主の蛙たちである。

 ユグドラー登場前は、お米がもてはやされたが、今や皆口を揃えて、『ユグドラー』。


 かつて猿を使役し、稲作で儲けていた青ゲコ丸も、例に漏れずユグドラーのことをよく思っていない。


 『米時代』が終焉を迎え、『ユグドラー体制』が確立されて以来、お米を獅子王ライアンに献上することで得られる旨みは無くなった。   

 しかし、米の需要自体が減ったわけでなかったので、彼は依然、米づくりにしがみついていた。


 そんなある日、青ゲコ丸は、広大な敷地内を散歩していると……


 水田に水を引き揚げるための水車の近く。

 水路の中に、何やらキラキラと光るダイス状の小石のようなものを見つけた。

 それも、一つや二つではなく、夥しい数が転がっている。


「おっ、金ピカだ! 金ピカだ! 神はわしにまだ味方していたのか!? こ、これをわしに、くれるというのか? はっはーっ! これは価値にあるものに違いない! わしの時代が、再び来るんじゃー!! 」


 青ゲコ丸はそれを、『フロッグスブロック』と名付けた。



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 青ゲコ丸がフロッグスブロックを見つけてすぐ後、ふろんてぃあ島に、チャイカがやってきた。

 そして、たぬき一族が独占していたゆぐどらーしるの木の実が、たぬきの縄張りの外に流出。

 ユグドラーの偽札を作るチャンスが到来した。

 これを、青ゲコ丸は見逃さなかった。

 青ゲコ丸は、ある作戦のために、虎の寅治郎とらじろうを自宅に呼び出した。

 

「寅治郎よ、最近はチャイカの『お肉』と『たまご』ビジネスで随分羽ぶりがいいそうじゃないか」

 と、何らかの企みの匂いがプンプンする青ゲコ丸。

「おかげさまでな」

 と、寅治郎。

「で、最近ゆぐどらーしるの木があちこちに生え始めているのは、聞いているよな?」

「もちろんだ。そうそう、次は偽ユグドラービジネスってのをやろうと思ってるんだが……」

「そう、それなんだ。一見儲かりそうだが、偽ユグドラーが横行すれば、たちまちただの葉っぱに戻るだろう」

「……なぜだ?」

「ユグドラーは、神聖なるゆぐどらーしるへの崇拝というある種の虚構のによって成り立っている。だが、実際にはただの葉っぱだ」

「ああ、それは承知しているつもりだが……」

「じゃあ、偽札が横行して、本物のユグドラー、偽物のユグドラーが市場に入り乱れると、どうなるか」

「そうか……ユグドラーに対する、信用が、なくなる?」

「その通り。信用を失ったユグドラーは、やがて使われなくなる」

「じゃあ、やっぱり偽ユグドラーの栽培はやめておくべきか……」

「違う、その逆だ!」

「えぇ?」

「それを承知の上で、ゆぐどらーしるの木を栽培して、偽ユグドラーを大量生産してくれ」

「おいおいバカにしてるのか? 俺に、破滅の道を進めって言うのか?」

「半分にはそうだ。だが、それも破滅の後の『再生』のためだ」

「再生……何のことだ?」

「俺は、ユグドラーに代わる、新しい媒介物を知っている。それ自体に価値があって、有用性のある代物をな」

「そんなもの、存在するのか?」

「あぁ、これだよ」

 と、青ゲコ丸は、懐から、ダイス状の金ピカを取り出して、寅次郎に見せた。

「なんだ! この輝きは!!」

「水田の水路で見つけたんだ。どう言うわけか、コメーン川の三角地帯でも、俺の土地だけに、大量にあるらしい。そして俺はこれを、蛙の立方体、『フロッグスブロック』と呼ぶことにした」

「フロッグスブロックか。お前には幸運の女神がついているらしいな。だが、見た目にすごいだけでは、人々は新しい媒介物として認めるかどうか……」

「『有用性』があるとも言っただろう? ちょっとこっちにきてくれ、見せたいものがある」

 そう言って青ゲコ丸は、寅治郎を自宅に隣接する倉庫へと案内した。



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 青ゲコ丸は倉庫につくと、巨大な錠前がつき、堅牢そうな金属製の扉の前に立った。

「やけに厳重だが、よほど価値のあるものらしいな」

 と、寅治郎。

「価値があり過ぎて、困るほどだよ」

 と、青ゲコ丸は自信満々に言う。相当な代物らしい。

「じゃあ、もったいぶってないで、早く見せてくれ」

「いいだろう。じゃあ、開けるぞ」

 青ゲコ丸は、ガチャリと、錠前を解錠すると、分厚く重そうな扉を、ゆっくりと開いて、中身を明らかにする。


 すると中には……


 金色に輝く、鎧の騎士の大集団が佇んでいた。

 無数の鎧が扉の隙間から差し込んだ光を反射して、眩しい。 


「おわっ! 目がっ……鎧の騎士? 青ゲコ丸よ、フロッグスブロックをちらつかせて傭兵でも雇ったか?」

 寅治郎は、目眩めくらましを受けたせいか、鎧の騎士の中に生身のどうぶつが入っていると思い込んでいる。

「その中には、生きているどうぶつが入っているわけではない。余っていた案山子かかしに着せてるんだ」


 案山子の右手には金ピカの盾、左手には金ピカの剣、そして全身を覆う金ピカの鎧。


「なるほど、案山子だったか。いやあ、にしても感心した。フロッグスブロックは塊になると、こうも立派なものなのか」

 寅治郎は、金色の騎士団を見て、宝の山でも見つけたかのように目を輝かせている。 

「だが肝心なのはその使い勝手。その性能を試してみてほしい」


「試すというと、どうやって?」

 そう尋ねるや否や、青ゲコ丸は騎士の一体から金ピカの剣を取り上げて、寅治郎に渡した。

 二匹が剣を持つ様子からして、見た目ほどは、重くなさそうではある。

「その剣で、今入ってきた扉に切り掛かってみてくれ」


 そう言われるも、寅治郎は二つ返事で、とはいかず、

「おいおい冗談だろう? フロッグスブロックがどれだけ優れたものかは知らないが、いくらなんでもあんな厚みのある金属が切れるわけ……」

 と、青ゲコ丸の指示をにわかには受け入れ難い様子。 


 しかし、青ゲコ丸は、自信に満ち溢れた表情で、

「いいから、騙されたと思って、扉に切り掛かってくれ」

 と言って譲らない。


「……わかった。こうか?」

 寅治郎は半信半疑ながら承諾し、慣れない手つきで、扉に向かって金ピカの剣を軽く振り下ろすと……


\ザシュッ!/

 と、鋭い斬撃音。

 生野菜を処理するかのように、扉はすんなりと切れ、向こう側まで刃が貫かれた。

 

「……なんだ、と? ほとんど力を込めていないのに!」

 驚く寅治郎。

「そうだろう? だがフロッグブロックスは、『守る』のにも持ってこいだぞ? これを」

 と、青ゲコ丸は、今度は木こりの持っていそうな大きな鉄の斧を、寅治郎に手渡す。

「ぶっとい木が切れそうな斧だな。これで、鎧か、盾かに、切りかかれって言うんだな?」

「そう。試してみてくれ。ひと思いにな」


 寅治郎は、斧を振り上げる。彼はこちらの扱いには長けているようで、見事なフォームで金色の騎士の一体の胴めがけて一撃を浴びせるのだが……


\ゴーンパリンパリン!/

 と、破砕音。

 斧は粉々に砕け散り、持ち手の木の棒だけになってしまった。


「なんと……ガラスのように砕けよったわ」

 斧だったものをその場にポイと捨て、無惨に飛散した鉄の粉を見て、唖然とする寅治郎。

「驚いたろう? このフロッグブロックスをあらゆる場面に導入すれば、島の生活の質は大いに向上することが、想像するに難くないはず」

 したり顔の青ゲコ丸。


「ああ、とんでもないぜ、こいつは。俺もうちの壁にフロッグブロックスを採用したいくらいだ。セキュリティレベルが段違いに上がるだろうよ。これを獅子王が知ったら、城をこれを素材にして立て直せと言うに違いない。親衛隊の装備も金ピカのそれに新調だろうな」

「さすが、目の付け所がいいな。もちろんフロッグスブロックは、王宮に最優先で売り込むつもりだ。ちなみにフロッグスブロックの性質について補足すると、変形したり、脆くなったりするのは、何千度もの超高熱にした時か、極度に薄く伸ばした時くらいだ。それに、常温、あるいは一般どうぶつが扱うレベルの温度帯の環境なら、見てもらった通り強度は申し分ないし、高温なら展性、延性に富み、加工もしやすい。そして何より……美しい。これが、新しい媒介物とならないことがあろうか?」


「いいや、これはほんの少しの疑いもなく、ユグドラー以上の存在になるだろうね」

「うむ。そこで考えたんだが、これを、もはや島中にありふれたゆぐどらーしるの木の葉にコーティングし、新しい媒介物とする。もちろん、フロッグスブロックは我々が独占。下地に既存のものを使っている分、受け入れてもらいやすいと思うのだが、どうだろうか?」


「無論賛成だ。フロッグスブロックの有用性は十分理解したことだしな。これなら、一刻も早くフロッグスブロック中心の世の中にするために、偽ユグドラーを作りまくって、ユグドラー体制の崩壊を推進しろと言うのが十分理解できる」

「ご理解感謝する。どうやら話に乗ってくれるみたいだな」


「あぁ、だが、タダではやらないぜ?」

「もちろんだ。報酬は、一生分の米だ。お前のうちは十二人家族だったよな? お前が生きている限り、毎月米俵一つをやる。随分と暮らしにゆとりが生まれるはずだが……」


「それは魅力的な提案だな。だが、俺に偽ユグドラー生産の全てを、放り投げる気じゃないだろうな?」

「もちろんそれには、俺も加勢する。水田の一部を、ゆぐどらーしるの木の栽培用の土地として提供しよう」


「おう、そうこなくっちゃ」

「では、ユグドラー崩壊の先で、覇者になろうではないか、寅次郎」

 と、青ゲコ丸は、ジメっとした粘着質の手を差し出す。


 それを、寅治郎は鉤爪を引っ込めた手で迎え……

「あぁ、お前とは良きパートナーになれそうだ、青ゲコ丸」

 

 二匹は、固い握手を交わした。



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——数年後。


 青ゲコ丸は獅子王ライアンの街頭演説の中で、フロッグスブロック体制の確立を宣言。

 寅次郎や水田領主仲間の蛙たちと一緒に、勝利の歌で宴を飾った。


 フロッグスブロック見つかって台頭!

 ファイトするもユグドラー状況がタイト!

 変えるの 媒介物?

 カエルの 時・代!

 チャイカが来てから

 追い風青ゲコ丸〜♪


 こうして、ふろんてぃあ島では、黄金に輝くフロッグスブロックを新たな媒介物とする経済が、築かれていったのであった。


    〈完〉



【補足】本作は、近年しばしば話題に上がるBRICSの台頭、BRICS通貨、金本位制、ペトロダラー体制の揺らぎ、などからインスピレーションを受けて執筆いたしました。

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信用創造主 たぬき・ザ・コン・マン 加賀倉 創作(かがくら そうさく) @sousakukagakura

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