第七話『ふろんてぃあ島の大恐慌』

 チャイカによるユグドラーの流出に不満を隠せないたぬきたち。彼らは当初チャイカの駆除も考えたが、もはや食料として一定の需要があり、繁殖力も申し分ないチャイカを島から消し去るのは、不可能だった。そこでたぬきちは、偽ユグドラーの撲滅に向けて、『ほんもの証明印しょうめいじるし』なるものを導入した。


「たぬきちユグドラー発行所以外で作られた偽ユグドラーは、決して許してはならない。そんなものをのさばらせておけば、ユグドラーの信用を損ないかねないからな」

 と、断固として偽ユグドラー製造に抗議するたぬきち。


「それで、ユグドラーに『ほんもの証明印』を入れるのね。でも懸念点があるわ。ユグドラーを偽造するくらいの連中は、印の偽装もしそうなものだけど、そこの対策はどうなのかしら?」

 と、すっかりユグドラーの専門家になっているたぬこ。


「そこはバッチリさ。『ゆぐどらー汁』の事業で培った、門外不出の熟練の技で、素人には真似できない精巧な刻印を、ユグドラーに入れた。虫眼鏡で見れば、それがほんものかどうかは、すぐにわかる」


「さすが! やっぱりあなたって天才ね!」


「ふふふ、そうだろう? 問題ない、これできっとうまく行くはず」


 ほんもの証明印に全幅の信頼を寄せる二匹だったが……


 なんと今度は、チャイカの『お肉』と『たまご』事業で儲けた寅治郎が、『たまご三十年ぶん』の報酬を提示して、たぬきの一族からたくさんの職人を引き抜いてしまった。そして、寅治郎のもとで、ほんものと遜色ないユグドラーを作られ始めた。


 証明印の技術も瞬く間に広がってしまい、寅治郎に追随する者も数多あまた現れたので、島中に、精巧な偽ユグドラーが蔓延るようになった。この事実は、不当な方法でユグドラーを得る悪党がいて狡い、とういう程度のことではなく、事態はもっと重大だった。


 偽ユグドラーに溢れたふろんてぃあ島の社会では、こんなやりとりが日常茶飯事になった。


 ある母子の会話。

「じゃあおつかい頼むわね」

「でもママ、このユグドラー、ほんもの? お店の人に断られたりしないかな?」

「でもぶつぶつ交換できるようなものはうちにはないし、それを持っていくしかないの」

「ママ、自分で行ってよ。お店のおじさんに怒られたらやだし……」

「ママは忙しいのよ! それに、子供が行った方が、拒否するのは可哀想だと思って、ユグドラーを受け取ってもらいやすいのよ」

 そんな、困る消費者の声。


 あるお店での会話。

「おいおっさん、このお釣りのユグドラーは、本物なんだろうな?」

「ええ、そうですとも、先日たぬきちさんのところでものと交換していたばかりですから……」

「本当か? それを証明してみろ!」

「そこにほんもの証明印があるじゃあないですか」

「こんなの今時信用ならねぇ、他の証明方法は? あるのか、ないのか!?」

「そんなぁ。こっちの身にもなってください、お会計の度にこんなことやっていたら、ものを売る前に日が暮れてしまいます!」

 と、事業者も困っている。


 もはやどうぶつたちは、自分の持っているユグドラーが果たして『ほんもの』なのかどうか、判断できなくなり、ユグドラーの信用は瞬く間に失墜した。


$*⭐︎*⭐︎*⭐︎$*⭐︎*⭐︎*⭐︎$*⭐︎*⭐︎*⭐︎$*⭐︎*⭐︎*⭐︎$


 そしてある日。

 島の大通りに集まる群衆。

 偽ユグドラー問題を受け、獅子王ライアンの街頭演説が行われるというのだ。

 どうぶつたちの中には、たぬきちの姿もある。

 が、ユグドラーの発行者としていたたまれない気持ちなのか、変装しており、今にも逃げ出しそうなほどびくついている。


 そして通りに現れた獅子王ライアン。

 彼は、護衛としてその周囲に、煌びやかな甲冑を纏った獅子の騎士たちを多数配置している。

「皆の者よ、偽ユグドラーの蔓延で、島中は大混乱だ。王として、この混乱をどうにか収束させたいと思う」

 と、王の声に謎の威厳はあるものの、言うだけなら簡単である。


「獅子王様! お言葉ですが、そのようなことが、可能なのですか?」

「そうです、どんな方法があると言うのですか?」

 と、混乱のあまり、王の言葉にさえ疑問を持つどうぶつたち。


「落ち着きたまえ。大恐慌の収束を担う、有能な者を見つけたのだ。間違いなく、皆にとって英雄になる者だ、前にでい!」

 と、獅子王ライアンが合図の声を送ると……

「はいっ! 獅子王ライアン様!」

 と、やけに張り切った、元気の良い返事が。


 その声の主は……

 

 水田領主の蛙、青ゲコ丸だった。

 青ゲコ丸は騎士の一団の中から堂々と姿を現し、獅子王ライアンの隣につく。

 彼は、以前の、緑青ろくしょうのついた青銅の鎧とは打って変わって、今は神々しい輝きを放つ、金色の鎧を纏っている。

 

 それを見たたぬきちが、つい、青ゲコ丸のいる側に飛び出して、こう叫んだ。

「なっ、なんでお前のような小汚い蛙が獅子王様の隣にいるんだ! しかもそんな豪奢な鎧を纏って、生意気な!」

 叫びではあるのだが、どこか弱々しい声。


 問いかけに対し、青ゲコ丸は、ゆっくりと、こう答えた。

「たぬきちよ、お前は詰めが甘かった。ゆぐどらーしるの木という虚構をまとった存在を、ユグドラーの支えにしてしまったのだからな。それは悪手だった」

 平然とした態度。


「くーっ! このボケガエルめっ!」


 そう罵るたぬきちだが、儚くもその声は、青ゲコ丸の金ピカの甲冑に弾かれたようで……


「私は、ユグドラー体制に代わる仕組みとして、『フロッグスブロック体制』を提案いたします!」

 と、青ゲコ丸は、大通りに勇ましい声を響かせた。


〈第八話『蛙の凱歌』に続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る