中編
魔物娘、という存在がいる。
人間を愛し、人間に愛されるべく産み落とされた、新しいカタチの女のみで構成された魔物達だ。
人のみで構成された現代社会とは違う時空から現代社会人を「自分たちの尺度で」幸せにするべく現れた過激派急進者の1団、名を「超常跋扈変革衆」と名乗った彼女達は密やかで過激な、それでいて穏やかな侵略を開始した。
即ち______現地住民の魔物化によって魔力量を確保し、集めきった魔力で首都を突然魔界化。都市機能をマヒさせた後に同時に正体を表し、政府との交渉に踏み切るのだと言う。
そんな計画を聞かされた時、あたしは「こんなのテロじゃないか。これの片棒を担がさせられるのか?」と呆れた。
でも同時に……酷く魅力的に感じてしまった。
やってやろうじゃないの。どうせあたしは何も残せないまま死んだんだ、死んだあとくらいやりたいことをやったっていいだろう。
そんなことを冷たいんだか熱いんだかよく分からない体で考えながら、あたしは病院を後にした。
………………集中治療室で不審火 患者が1人行方不明……なんてニュースを耳にしたのは、だいたい2日後だった。
それからあたしはしばらくM市をさまよった。あの火事から既に3週間経過していること、S区で突発的な謎の大災害が起きたが突如沈静化しなんの痕跡も残さずに消滅した謎の事故が起きたこと、そして何よりあの火事がニュースで扱われたのは2日程度だったことを今更ながら知った。
腹立たしい。結局あたしが全てをなげうっても2日間程度のものだったんだ。そしてその2日も簡単に消費されて忘れ去られていく。
腹立たしい。
なんの痕跡も残していない、ただの2時間程度の大暴れの方があたしの一生分よりも大きなニュースになっている。
腹立たしい。
これだけしても彼はあたしのことを振り向いてすらくれなかったこと。
全てに腹が立って……あたしはキレて、駅ビルの中で指輪の栓に指をかけた。
(燃やしたくなったら指輪の栓を引き抜きなさい?その瞬間に押さえつけられていた貴女の炎は爆発し……ウィル・オ・ウィスプとしての姿に戻れるわ。ごめんなさいね、本当ならこんなものを渡す必要も無い世界にするべきなのだけれど……まだ時間がかかるの。)
あたしを変えてくれた女……ゼバールとか言ったかの言葉を思い出しながらあたしは指輪の栓を勢いよく引き抜いた。
左手と両足が蒼く燃える。
突然発火する人間を見て、駅ビルがにわかに混沌に包まれ出す。
無責任な悲鳴と、優しさや責任感に溢れた心配する声を聞きながらあたしは炎に身を委ね、ウィル・オ・ウィスプとしての姿に戻った。
スプリンクラーが作動する。機会の分際であたしの憎悪にケチを付けるな。指を向けて炎を飛ばし、左手を握ってスプリンクラーを一斉に爆破した。
今のあたしは無敵だ。なにせなんだって燃やして笑えるんだから。
ようやく心の底から笑えるんだ。人の悲鳴とビルが燃える臭いの中で、あたしは高笑いしながら目に付いたムカつくものに火を付けていった。
あの服かわいいなぁ、腹が立つなぁ。燃やそう。
あの子、背が高くて綺麗だなぁ、ムカつくなぁ。燃やそう。
あの人、女の子を庇ってる。ヒーローみたいでカッコよくて……腹が立つなぁ。燃やそう。
幸せそうな家族だ。あたしより幸せなのかな?きっとそうに決まってる。だから……燃やそう。
そうやって火を付けて回って、飽きた頃には駅ビルは全焼。
ゼバールから聞いた話では、あたしの炎で人は殺せないし傷つけられないらしい。
でもそれでいいのだとゼバールは言った。腹立たしいが、こうしてものを燃やし、魔力をたっぷりこびりつかせることで最後の時に魔界化の進行が早まるらしい。
つまりどれだけやってもあたしの炎は無駄で、他人に利用されるだけでしかないということ。
ムカついてきた。次はあのマンションを燃やそうかな。
そうやってムカつくものを燃やして回って、だいたい2ヶ月がすぎた。すっかり夏真っ盛りで、あたしが火をつけてもないのに住民は暑がって汗を垂らしている。
当然あたしだって暑い。やる気すらも扇風機の前から動かなくなるような暑さの中で、あたしは思い浮かんだひとつの「いいこと」を実行に移そうとしていた。
ウィル・オ・ウィスプの能力は炎だけじゃない。檻を操り、ものを封じ込めることも出来る。
あたしがそれに気付いたのは、5回目だったか4回目だったか。
振り向いてくれなかったあの男。あたしと一緒の病院で、あたしの隣の病室で。彼は両手と声帯を焼かれたらしく、声も出せず字も書けない、全ての意思疎通の手段を失ってただ佇んでいるだけだった。
いい気味だ。そう思いながらあたしは病院に戻り……彼と面会して、派手にキレた。
あの男は……私を憐れんでいた。
「火をつけるだなんて可愛そうに。どうしてそんなに追い詰められてしまったんだろう。
きっと僕のせいだ。僕が彼女を見てあげられなかったからこうなってしまったんだ。」だとでも言わんばかりに、哀れみと悲しみの籠った目付きを向けてきた。
そういうところが………………
イラつくんだよ!!!!!!!
だから、燃やした。逃げようと駆け出したのを見て、あたしの檻を扱う能力が目覚めて彼を拘束してくれた。二度と舐めた目で人を見れないように。あたしを見なかった目に価値なんてないんだ。せいぜい私より優先した名前も知らない女にすがりつくだけの人生を送ればいいさ。
そう思いながらあたしは彼の両目を燃やし、病院をあとにした。
それから7回位は檻で1人ずつ拘束しながら燃やすのを繰り返していたから、檻の能力についてもわかってきた。
この檻は……街ひとつなら完全にカバーして全てをシャットアウトできる。
そのために街の四隅に熱で広がる特別な細くした檻を突き立てていた時、またゼバールが現れた。
「派手なことをするつもりのようね。もう少し大人しくしていて欲しかったのだけれど……好きにしろと言ったのは私。だから私が責任を取るわ。」
「好きにやりなさい?ああでもそうね……炎なんだから水には気を使わなくちゃダメよ?」
あたしが遊んできたゲームではだいたい炎は水に不利だった。でもあたしは違う。ただの炎じゃないんだ。相性不利なんか、「ムカつく」から覆してみせる。
そう言い返してやった。ゼバールはただ笑っているだけだった。
そして……その日が訪れた。
あたしは檻と一緒に刺した火種全てを同時に最大火力で動かした。こうすればM市は完全に檻で閉鎖され、あたしの炎で焼き尽くされるしかなくなるのだ。
僅かに焦げ臭くなった左手の異変を無視して、檻を広げる。
街が完全に閉鎖され、異変に気付く人がぼんやり出てきだしたところであたしは上空めがけて飛んでいく。
このまま最大火力のさらに上の……限界火力を街ひとつ燃やせる規模でぶつける。このために何回も燃やして確かめたのだ。今のあたしには「できる。」という確信だけがあった。
確信に疑念が差し込まれて肥大化するのは、一瞬の出来事だった。
突然浴びせられた冷水。あたしは集中を切らされ、一旦炎を引っ込めざるを得なかった。
「……何!!!!」
あたしは舌打ちしながら冷水が飛んできた方向……真下を睨む。
そこには白いコートに身を包み、青い剣を構える少年が1人。
「やっと出たな!!邪悪な魔物め!氷河皇剣ハイドロ・ビスマルクの使い手……ポセイド・リヴィアが相手だ!」
「………………ムカつく!!!焼けろ!!!!」
あたしは限界火力を邪魔された怒りから最大火力をポセイドに向けて飛ばした。
そして……炎が消えた。
「た、ただの水だと思うなよ……!ハイドロ・ビスマルクは氷河の剣!冷気も同時に操れるんだ!!!」
この時あたしは、そういえばゼバールが「私がここにたどり着いた時、邪魔が入ったような気がしていた」ようなことを喋っていたことを思い出した。
……相性が悪い!
あたしは憎々しげに爪を噛みながらとにかく炎を飛ばした。全て弾かれ、弱まった火力で建物にぶつかって爆発することも出来ずに散らばって燃えるか消えていく。
腹立たしいくらいに相性が悪いんだ。あの水に触れた瞬間こっちの炎は温度を奪われて消えていく。
そして向こうの水は……
「ジェット・カスケード!」
水の槍があたしの頬に掠る。思わず触れた頬はとても炎だとは思えないくらいに冷たくて、まるで死人のようで。
ムカついたあたしは小さな炎を7つ囲むように飛ばして、ポセイドの辺りまで飛んだのを見てから起爆させた。
爆発音が響く。
ポセイドは自らの周りを冷水で囲い、炎と爆風を無力化していた。
計画変更だ。あたしの頭が冷え渡り、冴えていく。
あたしは火力も方向もどうでもいいのでとにかく炎を飛ばしまくった。そのうち何発かが弾かれ、何発かが冷やされて消えていった。
でもこれでいい。何故なら"全ては消えなかった"から。
「な、なんで街を燃やそうとするんだ!お前が育った街だろう……!」
「説得?ヒーローらしくてムカつくわ……そういうの。」
突然攻撃の手を緩めて語りかけてくるポセイド。あたしはチャンスだと思い、ひとつの仕込みを入れた。
「そうね……強いて言うなら、あたしがここまで歪むまで何もしなかったからかしら。だから燃やすの。ちゃんとした理由でしょ?」
「だからって……!そんなの八つ当たりだろう!」
正論だ。ムカつく。
あたしは最大火力を用意して、わざとポセイドから逸らして撃った。
「……?!」
炎とあたしを2度見するポセイド。今がチャンスだ。あたしは畳み掛けるべく、飛びかかりながらポセイドに叫んだ。
「ヒーローなのに……ヴィランの八つ当たりから街を守りきれないのね。」
さっきの乱射の時にポセイドは自分しか守らなかった。だから街のあちらこちらで炎と爆発が発生し、あたしが限界火力をぶつけるまでもなく町は大混乱に包まれていたのだ。
その言葉にポセイドに一瞬迷いが生じた。ように見えた。
ように見えただけでも充分だ。あたしは仕込んでいた檻を起動させ、ポセイドの両足を拘束した。
そのまま顔面を掴み、地面に叩きつける。そして引きずり
「サレンダーなら受け付けるわよ?」
「……誰が!」
「満点!じゃあ死ね!!!」
顔面を掴む左手に魔力を集中させ、限界火力の爆発をぶつけた。
その拍子にポセイドのあの腹立たしい剣……ハイドロなんちゃらが弾け飛び、真ん中からふたつに折れて砕けた。
「残念ねヒーロー。」
地面に倒れたポセイドは何故か笑っていた。
「ハハ……剣も折れた。僕ももう戦えない。僕の……いや、僕達の負けだ、魔物め。」
「あんたはもう……最初に使おうとしていたでかい火を使えない!!!」
その言葉にあたしははっと思考を戻される。
確かに最大火力を10数発に限界火力を最低でも2発……あたしの魔力は底を尽き、左手の勢いも落ちていた。
遠くでガシャン、と大きな音が響く。あたしの檻が落ちて消えた音だと、考えるまでもなくわかってしまった。
あたしの負けだ。そんなことを考えながら指輪の栓を戻し、混沌に紛れながら街の裏路地に消えていくしかなかった。
その日からだった。あたしの炎に異変が起きたのは。
「炎が……弱まってる……?」
妄執と炎獄の結末 @satelitecommander
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